024 乳搾り会( Aifa )
読みにくいかもしれませんが、お話によって視点が変わります。
今回はアイファがの視点で。
ディックの視点と似てしまうのであえて名前を入れました。
「お前らが見ててくれりゃ安心だ。特にアイファには弟子って奴もいるからな。うまくやれよ」
あのクソ親父! 俺達は子守じゃねぇぞ! 面倒見させやがって!!
今日は村の子供達が牧場に集められて乳搾りの練習会。牛なら楽勝の奴もいるが、ブルのは別格。身体の大きさは二倍以上。迫力満点のブルの乳搾り会だ。
ここにいるのはヤサブル。
魔物だが、特別な餌で暫く育てると野生味が抜けて大人しくなるブル。エンデアベルトで独自に開発した飼育法。たった二頭だがすでに二年の飼育実績がある。
ブルは子育て中でなくても一年中乳を出す。雄でもだ。しかも濃くて味が良く、さらに日持ちがいい。
但し、野生味を失ったブルの肉は不味く、魔石も取れない。ヤサブルは数が少なく捕獲が難しいのだ。だが最近、うちの兵が新たに二頭も捕獲してきた。これでこの村のブルは四頭になり、いよいよ繁殖が目指せるって方向だ。
そんな経緯と、コウタに友達をという親父の魂胆で、今日は村中の子供達が村長の牧場に集合した。
そのお守り役に俺たち『砦の有志』が押し付けられた形だ。
「わあ、改めて見ると大きいね」
俺がブルを連れてくると、コウタは一番にトテトテと走ってきた。
「危ねぇからまとわりつくんじゃねぇ」
邪険に扱ってもコイツは怖がらない。むしろオレにくっつき、ブルの顔を横でまじまじと見つめる。
親父に聞いたが、コイツがいた山には子供がいなかったらしい。集まった子供の近くにいるよりも慣れた大人と一緒の方が安心するのだろう。
だが、今日はコイツのお披露目会でもあるからな。下り坂に入ったところでちょっと強めに背中を押せば、おぼつかないコイツの足なら前進したまま止まれねぇはず。
「わぁ、兄さんてば! 急に押さないで! 止まんない。転んじゃうよ」
案の定、ツツと前のめりに転がりそうになり、腕を回して必死の形相だ。
くくく、こういうのは悪くないぜ。
かろうじて転ぶことを免れたヤツは、集まった子供らの前に躍り出た。ちょうどいいからとっとと始めよう。
村の十歳以下の子供は全部で八人。成人は十五歳だが、六歳で学校に上がるやつは寮に入って居ないし、十歳くらいになれば家業を手伝うなど少しずつ自立していく。子どもらしい年齢って言うと十歳が上限だ。
子供の中でも六歳以下のチビ組がコウタを含めて四人。六歳のリリアと五歳のミュウが女。五歳のドンクが男で、俺の弟子を勝手に名乗っている。
コウタくらいの頃、生意気だったドンクをちょっと痛めつけてやってから俺を尊敬し、弟子を名乗っている。まぁ、いいけど……。
この村にはしばらく子供が生まれなかったから、ちびっ子トリオはいつまでも妹弟気分で随分甘やかされている。こいつらよりちっこいコウタは、いい遊び相手だ。
大きい組の子供達は十歳のシブーストがリーダー格だ。私兵への入隊を目指しているだけあって頼もしい。ついで八歳組が二人、七歳が一人。
「はぁい、ちびっ子達! 集合!」
ニコルが慣れた呼び込みで近くに寄せる。
「この子がコウタだよ。一応男ね〜! 三歳ね〜。 ディック様のところの子だから、特別に仲良くしてよ〜」
コウタは顔を真っ赤にして地団駄をふんでいる。自分で言えるって言ってたのにニコルのやつが紹介しちまったからな。
「みんなはブルは初めて? 今日は兄ちゃん達が見てるから安心してね〜。怖くないよ〜。でもね、後ろに回るのとしっぽを引っ張るのは駄目だよ。気をつけて!」
キールも卒なくこなす。コウタに教えてからか、あいつ、なかなか様になってるぞ。
さすが酪農の村。子供達も見慣れているせいか大きなブルでも物怖じしない。
大きい組は普段から牛の乳搾りをしているし力もあるため問題なく一人一杯の小さな手桶を満たすことができた。
問題は小さい組だ。ニコルが反対側から手を添えて手伝う。うん。さすが牧場育ちの子らだ。そこそこできる。ついでコウタの番だ。
ブルは落ち着きをなくし、コウタの顔を舐めたがる。
「あはは、辞めてってば! お乳搾らせて! もうってば」
コウタが乳に手を伸ばすとブルが鼻でコウタを追う。キールと男達がブルを押さえるが、ブルの力の方が強い。
ぐるぐるぐるぐる。
ブルとコウタの追いかけっこだ。仕方なくコウタが立ち止まり、しばらくブルに顔を舐めさせると、やっとブルが大人しくなる。
「じゃぁ、行くよ」
掛け声と共にコウタがブルの乳を握る。慣れた手付きだ。山ヤギの乳を搾ってたと言っていたからな。
ビュ、ビュ、ビュビューーーー!!
盛大に乳が吹き出し、まるでミルクのシャワーを浴びたようだ。
手桶にはミルクが溢れ……、いや、そんなもんじゃなく、俺たちはガッツリとミルクを浴びた。
その溢れたミルクにつられて、ブルも牛も馬までも周囲に集まり草やコウタ、果ては子供たちまでもペロペロペロペロ舐め回される。
「うわ、やめろ、舐めんな」
「きゃぁ、よだれでベッタベタ」
「助けて〜」
わいわい、きゃあきゃあ。 喜んでるのか困ってるんだか。いずれにしてもプチパニックだ。
誰だ! こんなクソ企画を考えた奴は?
本当はこの後、みんなでバターやシチューを作って歓談をする予定だったが、予定変更。
やってられっか!
ミルクだらけに我慢ならんと、さっさとシチューだけ喰って終わらせることになり、俺たち大人組はシチュー作りに取り掛かる。
コウタから目を離すのは心配だが、ソラもいるし、まぁ大丈夫だろう。
少し離れた牧草の上。牛達から解放されたちびっ子が転がったり、草を摘んだり、きゃっきゃきゃっきゃと話に花を咲かせていた。
「おい、お前、親分のなんだ?!」
自称アイファの弟子が大きな身体を前面に物申す。
ちびっ子剣士ドンクだ。わんぱく盛りのちびっ子らしく腰に木剣をつけている。背中にはためくスカーフはもしやマントのつもりだろうか。
「オレ? コウタだよ。親分ってアイファ兄さんのこと?」
コウタがキョトンとして答えると、奴は真っ赤な顔で怒り出した。
「お前、卑怯だぞ! 兄さんって兄さんってなんだ! 親分の弟はクライス様だけだぞ! お前、後から来たくせに、弟なんかじゃないくせに! 親分と一緒にいるなんて、いるなんて……」
( そうか、君、アイファ兄さんのことが好きなんだね。 オレが仲良くしていたから、羨ましくなっちゃったのかな? )
そんなことを考えつつ、小さく首を傾けた幼子は漆黒の瞳をパチパチと瞬かせた。
( オレよりちょっとお兄ちゃんだと思うけど、真っ赤な顔が可愛いいな。この子とっても一途なんだ。素敵だなぁ)
初めての体験についうっかりと、くすくす笑ってしまったコウタ。
何せ生まれてたった三年で、過酷な運命が待っていた煌めく魂だ。少しでも生存の可能性をあげようと女神が精神的な発達に手心を加えているからこその思考。
自分のことは棚に上げて、ちっこい坊主が可愛くって仕方がない。
「な、何で笑う? 何が可笑しい? き、気に入らねぇ! 馬鹿にしやがって! こうなったら決闘だー!」
えぇぇーーーー?!
ど、ど、どうして? 一体全体、どういうこと?
コウタは初めての子供同士の会話で、決闘を申し込まれてしまった!
( でも……、決闘ってなあに?)
ぱちぱちぱち。
日の光を映した漆黒の瞳が幾度と瞬き、小さな口を尖らせた幼子は、腕白坊主に向き合って、聞いていいのか、いけないのかとドキドキしながら立ち尽くすのだった。
今日も読んでくださってありがとうございます!