023 それも魔法だ
部屋を明るくする時は、母様はいつも何かのスイッチを押すようにポチッとする。
すると、ぱぁと家中が明るくなったよ。母様のご機嫌がいい時はイルミネーション。チカチカ点滅したり、カラフルになったり。でも、特別じゃないよ。普通のこと。
魔法はね、身体の中の魔力を使うから、ある程度成長しないと負担が大きいんだって。それにすぐに魔力がなくなるから十分に練習が出来ないでしょう? だから、魔法が使える年齢って決まってるんだよ?
テーブルに突っ伏したニコルがぎゅっと拳に力を込め、ブルブル震えながら言う。
「他に……、他に……、アンタは何ができる?」
ええっ、怒ってる? 何で? オレ、そんなに変なことをした?
頭の中に盛大なハテナを浮かべながら狼狽える。
えーと、えーと、ここにきて変だって指摘されたのは……?
オレは指を折って思い出す。そんなにたくさんはないはずだ。
「えっとぉ、ジュオンって硬い藁を柔らかくするのでしょう? 石をピカピカにするのと、ブオって髪の毛を乾かすやつ。 噴水のぴゅう? あっ、ラビをジュワジュワって綺麗にしちゃったやつも、飛んできた洗濯物を集めたのも魔法なの? 馬さんにホワンとしたのもベリーにお願いしたのは……」
いつの間にか片手の指じゃ足りなくて、あれもこれもと思いついたことを挙げてみた。
「おい、色々と聞いてねぇことが混ざってるんだが……?」
ーーーードキッ!!
隣の扉から聞こえる低い声。ここって執務室と繋がってたんだっけ?!
ギィとゆっくり扉が開けば、虚な目をしたディック様と額に手を当てる執事さん。
「あはははは……。でも、これって魔法じゃないし……。ほら、誰でもできるでしょ?」
ギラギラした大人達の目にビビりながら、力無く笑う。
うん、母様も父様も、山のおばあもできた。あれ? アックスさんとか、熊爺はできなかったかな? そういえば家にきた冒険者さん達も……?
「ほ、ほら、杖とか指輪とかないし、グルってならないから。 うん、出来ないって人もコツを掴めばできるようになるんじゃないかな……?」
慌ててその場を取り繕おうとするもの、悪い顔のアイファ兄さんが許してくれない。
「へぇ、じゃぁ、俺ができるように教えてくれっかなぁ? コ・ウ・タ・ちゃん?」
こ、怖い! えぇ?
オレ、つけてって言われて明かりをつけただけだよね? 何でみんな怒ってんの?
オレはだんだんと怖くなって、ぶるると椅子の背に捕まった。
に、逃げたい、でも逃げられない!
ふっと伸びてきたのは華奢な腕。ふわりとオレを抱っこしてほっぺとほっぺをくっつけた。
「皆様、大人気ないですよ。コウタ様が怯えておいでです。コウタ様に常識をお教えするのが目的でいらしたのでしょう? それもこれも全部魔法だと教えて差し上げれば済むことです。お可哀想に……。怖かったですねぇ。」
一同に一喝しつつ、サラサラの前髪をトントンと撫でるメリルさん。 いつもの三倍、オレにすりすりしてるけど……。助けてくれてありがとう。
コホンと気を取り直したキールさんが冷めた紅茶を口に含んで飲み干した。そして机の上で指を組み、すうはぁと深呼吸。
「ごめん、ごめん。ちょっと驚いちゃってさ……」
そう言うと再び深いため息をついて、自身を落ち着かせながらゆっくり話す。
「いいかい? まず、三歳の君がこともなげに魔法を使うことが驚きなんだ。変?って言うと言葉が悪いけど、常識的に考えらないってこと」
うん。そうかも。こくりこくりと頷く。
今のみんなの反応で分かった。オレ、知らない間に魔法を使ってたのか。そりゃ驚くよね、変だよね。 オレもビックリしてる。 気をつけよう。
「二つ目は詠唱ね。 アンタ、ポチっとか、なんか言ってるけど、それ、詠唱じゃないから。 詠唱はね、身体の中と外の魔素を繋いで魔法陣に魔力を載せるものなの。キール、見せてやって! 」
うんと頷いたキールさん。空のカップを目の前に置き、杖を持つ。
「大いなる自然の叡智より我に力を授けたまえ。流れ行く水よ、集い結びて万象の源となる アクエル・ウォーター」
杖の先がジュワリと光り、小さな魔法陣がカップの上に作られた。その上にキラリと光を反射する水球ができたかと思えばポチャリ、カップに飛び込んだ。
す、すごい! なんかかっこいい!
「ゆっくりやるとこんな感じ。今のが詠唱ね。慣れて来ると無詠唱もできるけど、すんごく努力がいるのよ。なのにアンタときたら、アンタときたら……」
テーブルクロスを握ってワナワナと震えるニコル。
そうか、ニコルが怒っていたのは詠唱がなかったからだ。だって魔法だと思ってなかったからね。詠唱なんて知らないし……。ニコルの言い分に納得したオレはホウと言う顔をして頷く。
「そしてですね。コウタ様の魔法は杖も指輪もなく、魔法陣も生まれない不思議さがあるのです。使われているのはご自身の魔力ですか? でしたらもっと魔素の力を感じるのですが、それも御座いません」
執事さんは、メリルさんの手からオレを受け取ると、優しく髪を撫でて椅子に座らせた。
そして、棚からクッキーが入った箱と小さな瓶を取り出すと、熱い紅茶を淹れ直す。
「何にせよ、お小さいうちは、人前で魔法はお使いにならない方が賢明です。皆様、今のように冷静ではいられなくなりますので」
ぽちゃり。
ベリーの蜜漬けを落として、ぐるりとかき混ぜたスプーンと一緒にホットミルクを渡してくれた。オレの喉はこくりと音を出す。
ふぅ、ふぅーーーー熱い!!
恐怖と興奮。思考も身体も火照ったオレに、今日のミルクはちょっと熱い。だけど、カラと干上がった喉は甘いピンクのミルクを欲してる。大丈夫、こんな時は……。
底に沈んだベリーをスプーンですくってキンと凍らせミルクに戻す。ほどほどにくるりとかき混ぜれば温度も下がるし、ベリーは冷たいシャーベット。
うん、ちょうどいい。 ベリーの芯がシャクリと冷たく、熱いミルクと相性抜群。至極の味覚に笑みが溢れ、ほぅと顔を上げるとオレを見つめる視線が痛い。
あれ? みんなどうしたの?
ミルクに心を奪われた幼児はキョトンと皆と目を合わせた。
「「「「「それも魔法だ!」」」」
懲りてない! またもや皆にお説教を喰らい、勉強会はお開きになった。
……だから、何が魔法か分かんないんだってば!!!
毎日たくさんの方が読みにきてくださり、本当に嬉しいです。ありがとうございます。
サクサクと進めたいと思いつつ、日記ですから。
本当にスローペースで申し訳ないです。
物語ストックはいくらか作ってありますが先日の閑話のように上手く入れ込めなかった話もありまして。ご意向が伺えるといいかな、なんて思っています。
図々しいお願いですが、よかったら反応などいただけると、有り難いです。
でも、本当に読んでいただけるだけで、チラッとでものぞいていただけるだけで嬉しいです。
今日も素敵な一日をお過ごしください。