246 なりたいもの
いよいよ今日は戴冠式。蕁麻疹がでるからと逃げ回るディック様とアイファ兄さんを、オレの超回復魔法で納得させて雅やかな貴族一家の出来上がり。そして美しく飾り立てた馬車に乗って王城に向かう。
昨日までは大変だった。戴冠式後のパーティーのために貴族家ではやることがたくさんあって、四才のオレも有無を言わさず付き合わされた。オッ君と料理の打ち合わせや試食会。古代遺産からレシピ本がでてきたこともあって翻訳に右往左往だ。山ほどたまったディック様の書類仕事やクライス兄さんの報告書、オレ成分が不足しているとか訳の分からないことを言うサンやミルカやメイドさん達にお付き合いして、馬屋では待ち構えていた馬たちにベーロベロの歓迎を受けて。
夕刻近くには、キールさんとニコルがワイバーンに乗って帰還した。よくも置いていったなと、怒り心頭。ご機嫌取りにも一苦労だ。サンリオールはまだまだ混乱中だけど、幾つもの貴族家の失態が明るみになったから、後始末は軍に引き継いできたんだって。悪事が明るみになる原因を作ったオレやディック様がいないこともあり、一刻も早く報告せよとワイバーンを貸してくれたようだ。当然、ワイバーン部隊にもオレはベロベロのペロペロで、身体が粘っこくなっちゃったよ。お風呂には三回も入ったけれど、ねばねば、取れたかなぁ。ワイバーンを操ってきた騎士さんに城を崩壊させたこととか誘拐の全容とか、いっぱい聞かれたことも疲れた原因だ。
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「ねぇ、ディック様、本当にお着替えしてよかったの?」
「当たり前だ。いつまでも付き合ってられっかよ。それに、この方が俺らしいだろう?」
戴冠式を終えたオレ達は、今、王城のバルコニーから町の人達の様子を見下ろしている。王城にいるのに、ディック様はそうそうにお着替えをしてぼさぼさの髪に普段着だ。だけどオレはそんなディック様が大好きだから、誇らしく頬をすりすり。うふふ、チクチクして痛いよ。
午前中は受勲式やら戴冠式やらでとっても緊張した。受勲式ではオレと『砦の有志』を含めてエンデアベルト一家が勲章を受けたんだ。オットー王様が渡す最後の勲章になるからって『最後だから記念にしてよね勲章』なんて名前、酷いと思わない? 悪魔を倒したとか国を救ったとか、それに関連する名前かと予想したのに。アイファ兄さんなんて笑いすぎて、ご令嬢達から引かれていたよ。
戴冠式はそれはそれは盛大だった。国中のほとんどの貴族が参加して華やかだったよ。クライス兄さんはたくさんのご令嬢に囲まれてダンスのお誘いを受けていた。数人、男の人も混ざっていたけれど。ねぇ、ダンスって男の人が女の人を誘うものじゃない?
そうそう、ニコルのドレス姿を初めて見たよ。とっても似合っていた。綺麗だって言おうとしたら危険だから絶対に言うんじゃないって、知ってる人から知らない人にまで止められた。何でかなぁ?
午後からは、オレがお願いしていたパーティーだ。国を挙げての大イベントになった。悪魔に操られたり支配されたりした人達は貴族も多いけれど、ごく普通の平民達も多い。特に、教会の炊き出しに参加したスラムの人達は本当にたくさん亡くなってしまったんだ。だからね、今日は王様を始め貴族家が協力して町の人達に食事を振る舞うんだよ。ドレスや寝具、家具やお皿とか、安価に払い下げる市も開かれる。もう、町は平和だよって、前を向いてみんなで生きて行こうねって。
うふふ。王家やエンデアベルト家の食事処は行列ができていて、大繁盛。頑張った甲斐があったんだ。
サンドイッチにチーズを使ったカナッペ。色とりどりのピンチョスに一口サイズのフルーツのゼリー寄せ。少しだけれどチョコレートもあるよ。チョコレートはレイナさんの頑張りだ。王様以外には振る舞っていないので、町の人達が貴族より先に味わうことができるんだよ。みんなうっとりして嬉しそうだ。サンリオールから帰ってきてきてからは、パスタの開発をしたんだ。トマト味、チーズ味、ガーリック味にカレー味。いろいろな味のパスタをスプーンの上で巻き付けて振る舞っている。エンデアベルト家では、メイドさん達だけでなく王都で訓練に参加していたフォルテさんとか私軍の人達も総出で手伝ってくれている。
王家も負けていないよ。お肉の種類や飾り付け、そしてお酒なんかは量も質も最高だ。中でもお米から出来ているお酒はコイントスで三回連続で当てた人しか飲めない希少品。ちょっとしたアトラクションのようにみんな笑い合って楽しんでいる。そして、そしてね、カレーもあるんだ。しかもお米つき。エンデアベルト家でも大人気のカレーだけど、どうしても王家で振る舞いたいってオッ君が駄々をこねたから譲ってあげたの。そうしたら、いつの間にかお米を取り寄せてくれて! もちろん、オレ、たくさん食べたよ。せっかくのお衣装がカレーまみれになるくらい必死に。おいしかったぁ。そんなこんなで、オレのお祭り作戦は大人気。新しい王様の誕生と共に、この国も新しく前を向いていく。今は王都が変わろうとしているけれど、きっと少しずつ地方にも届くよ。そのための戴冠式なのだから。
わいのわいの、大賑わいの町の喧噪を遠くに感じて、オレはずっとディック様に抱かれている。お日様みたいな匂い、チクチクの頬ざわり、何があってもぐらつかないたくましい腕。一度手放してしまったからこそ、今、その大切さが分かる。何度目を合わせても、何度言葉を交わしても、オレの胸は温かな魔力に溢れている。ここにいれば、オレはずっと幸せだ。
夕暮れが迫る頃、貴族家の人々が王城に戻ってきた。振る舞いの後、わざわざお着替えをして
バルコニーに集まる。町の人達が怖がらないようにスカがマイクを持ち、ドラちゃんと王城の上で待機している。
「スカ、いいよ!」
王様と、ううん、セドリック新王と目を合わせたオレはスカにお願いをする。みんなを怖がらせないようにアナウンスをしてもらうんだ。だけど、その時、もの凄い速さで一本の剣が飛んできた。危ない!
ーーーーガシッ!
ゴム紐が手の中に戻るように、勇者の剣が兄さんの手に戻ってきた。サンリオールで城の地下に突き刺さったままの剣。一瞬、周囲がざわめいたけれど、アイファ兄さんが片手を挙げて大丈夫だと場を制した。だけど……。おやぁ?
緑と赤の魔石。赤の魔石にマメが閉じ込められている。中から外に向かって必死で拳を振るっているけれど、びくともしない。
「ま、マメ。大丈夫?」
「あ、主-! 助けてー! 助けてー!」
オレが手を伸ばすと、まるで氷が溶けるかのように魔石が液化してマメが出てきた。そして魔石は元通り。不思議だ。マメが言うには、しゅるしゅると悪意の煙を吸い込んでいる勇者の剣をじっと見ていて、剣が吸い込む前にその煙を吸い込んだら強くなれるかもしれないと思ったらしい。そして、煙と共に剣に吸い込まれたというわけだ。ふぅ、よかったよ。マメが悪意を吸い込まなくて。そして、剣から出てこられて。勇者の剣はすごいなぁ。だけど、アイファ兄さんにしか扱えない。もし、また、悪魔の気配がしたらアイファ兄さんに知らせないといけないね。
ということで、再びスカにアナウンスを頼む。キールさんや魔法研究者達が、いまかいまかと待っているよ。
「あー、王国の皆さん、私、女神の遣いのスカ様でございます。新しき王の誕生を祝って、華々しい祝いの華を送ります。大きな音と光が出ますが、大丈夫です。女神からの贈り物です。さぁ、うけとるのじゃぁあああ」
うん、後半、微妙なノリになったけれど、国に広く伝わったと思う。ドラちゃんが上空をゆっくり旋回し、王城の後ろの山に降りたところで大きな音がした。
ーーーーパァアアン。 ババアアアアン!
ーーーーーパァアアン。 ババアアアアン!
赤、青、黄色。色とりどりの魔法の華が空いっぱいに広がった。夜の帳が広がる空に美しく輝く。
前は、早朝、オレが合図につかった花火。人々をびっくりさせた花火が、今日は人々のため息と感嘆を生み出している。ゆっくりと空一面に広がって。魔法使いと魔石を駆使した花火は、今、盛大に王都の空を彩っている。
「お前、やり過ぎじゃないか?」
眉をひそめたディック様。オレはその肩で柔らかな薄茶の瞳を見下ろして言う。
「やり過ぎでいいんだよ。だって、オレ、エンデアベルトだから」
そう言うと、いったん見開いた大きな瞳が細く弧を描いた。
一つ、一つ。ゆっくりと感覚を開けて放たれる、大小色とりどりの花火は、きっと王都の人達の道標になる。お腹いっぱい食べて、大切な人と語り合って、美しい物を見て。そのどれか一つが、だれかの幸せな思い出になればいい。ううん、きっとなる。明日から頑張る力、今、生きていることを喜ぶ力に。
二人、同じ空を見上げて、互いの体温を感じるだけだ。ここに来てよかった。ディック様に会えてよかった。どうしようもなく辛いこともたくさんあるけれど、父様と母様がオレに見せたかった世界。きっとこんな世界なんだと迷いなく感じた。
「なぁ、コウタ。いろいろあって、考えたんだが……」
珍しく言葉を選ぶディック様。オレはもしゃもしゃの髪をそっと撫でて反応を示した。
「お前、オレと旅にでないか? 学校に上がるほんの一・二年の話だ」
思いもしない提案に驚いて言葉がでない。肩からずるとずり落ちて、精悍な顔を見上げる。
「まぁ、俺も人のことは言えんが……。普通ってものを知らん。だが、お前はそれ以上だ。だから、二人でちっとばかり世界を歩いて、普通ってものを知ろうと思う。それに……」
「それに?」
「俺達は、いや、俺はちゃんと親子になりたい。今でも親だと思っちゃいるぞ。だが、お前にも俺にも町は狭い。窮屈なんだよ、俺達には。だから、思い切り羽根を伸ばして、お前がお前らしくいられる場所を、その、親らしく、作ってやりてぇってのは、俺の我が儘か?」
「で、でも、領地は? 村は大丈夫なの?」
「はっは! やっぱ、ガキらしくねぇな、お前は。 クライスがいるだろう? アイツも間もなく卒業だ。領地運営くらいお手のものだ。今までだって、大半はアイツがやっている。それにセガもいる。何の問題も無い。あるとすれば、スライムの研究だ。だが、アレだって、ミユ達を中心に村んやつらが既に進めて軌道に乗っているらしい。たかが一年、二年じゃ揺らがんだろう。俺ん領地だ。そう思わんか?」
自身たっぷりのディック様の言葉に、オレはこくりと頷いた。ディック様と見る世界。すごい、すごい。楽しみでしかたがない。だけど、従魔達は?
「従魔はお前の仲間だろう。当然、連れて行く。マメなんか油断ならんからな。お前、目を離すなよ」
じゃりじゃりと顔を擦られる。わぁ、そんなにこすったら皮がむけちゃうよ。きゃぁきゃぁとひとしきり笑い合うと、ディック様は急に真顔でオレに尋ねた。
「なぁ、コウタ。お前は一体、どうなりたいんだ? 本を読んで知識を求めたり、かといえば冒険者になりたがったり。まぁ、まだガキだからな、自分の道を決める必要はないが、何でもできるからこそ、その、俺は、俺達は不安になるんだよ」
「不安に? オレなんかのことが?」
ことりと首を傾げる。なにもかもを手にしているのはディック様なのに? 地位も、名誉も、力もお金も。みんなが欲しいと思うものを全部持っているのに、不安なの?
そう思うと、オレが大切だから、守りたいから不安になるって教えてくれた。嬉しいのか、嬉しくないのか、オレの心はモヤモヤだ。大好きな人を不安にさせたくない。
「ねぇ、ディック様。オレ、なりたいものは決まっているよ」
きっぱり、はっきり伝えることにした。ディック様は意外だというように大好きな瞳にオレだけを写してくれた。
「ディック様、オレね、幸せになりたいの」
「なっ? はぁ? し、幸せに? なんだ? その、お前、俺とじゃ? いや、今は幸せじゃないってことで? あぁ、はぁ、そ、そうか?」
あれれ? 何だか混乱して撃沈気味? さっきまで余裕綽々だったのに、急に落ち着かなくなった。どうして? すると、ソラが羽根をぱたたとはためかせる。あぁ、そうか。
「ディック様、オレ、今もとっても幸せだよ。だけど、オレは自分が幸せになりたいんじゃなくて、自分が幸せになりたいの」
「はぁ? 幸せになりたいんじゃなくて、まだ幸せになりたいのか? わからん!」
もう、ディック様、全然分かってない。プウと頬を膨らませて、ついでにディック様の分からず屋の頬もぱちんと挟んでおく。
「えっと、クライス兄さんがオレのお腹をクンクンして、はぁ~しあわせ~ってするでしょう?」
「あ、ああ。するなぁ。すっげー、残念顔になって」
ああ、よかった。少し伝わった。
「アイファ兄さんがオレに悪戯をしようとすごく悪い顔をするでしょう? だけど最後はオレを抱っこして嬉しそうに笑うでしょう?」
「ああ。そうだな。アイツは捻くれてるからな」
宙を見てうんと頷く。いつの間にか花火は終わり、空はきらきらのお星様でいっぱいになっている。
「ディック様だって、オレをお腹にのせて寝ると幸せな気持ちになるでしょう? オレは大人になっても、そんな誰かの幸せになりたいの。オレを見て、オレと何かをして、楽しい、嬉しい、よかった、って思ってもらいたい。そういう人の幸せになりたいの。だけど、どうしたらそうなれるのか分からないの」
オレを瞳いっぱいに写したまま、ディック様は動かなくなってしまった。
「オレといて、よかったって! 幸せだって、そう思ってもらえる『幸せ』になりたいんだよ。いつか、オレがおじいさんになって、この世界からいなくなっても、オレのことを知ってる人でも知らない人でもいいのだけれど、陽の光が綺麗だとか、川のせせらぎが楽しいとか、空を渡る風が心地いいとか、そんな毎日の当たり前のことが素敵だなって、嬉しいなって感じてくれればいいの。そんな当たり前の『幸せ』に、オレはなりたい………ぐっ、ぐ、る、じ、い、よ?」
突然ぎゅっと抱きしめらた。大好きな匂い、大好きな鼓動に包まれて、絶対の安心感があるのに。精一杯伸ばした手が届いたのは、なんだ子どもみたいな大きくてたくましくて、だけど頼りなく震える背中だった。
「やっぱ、やっぱ、お前はすげーわ」
ぐじゅとすすった鼻が赤い。あれ? あれ? 不安になる。だけど。
「えっ? 凄い? 凄いのはディック様……、わわわ」
ぐんと空に突き上げられた身体。盛大なトンボになってオレは宙を舞う。再び抱きしめられ、突き上げられ・・・
「あはは、あはは。ディック様! もう、乱暴なんだから!」
「がはは、がはは、さすが俺の子だ! ほれ、もう一回だ。 ほれ、次は高いぞ~」
「きゃぁああ! あはっ、あはっ、下ろして~! ち、ちち、父上ってば! 父上ってば! もう、もう! だ~い好き!」
「俺もだ」
ぎゅっと固く抱きしめ合った親子。金に銀にと空いっぱいに瞬く星の中、ずっとずっと互いの幸せを誓い合った。
明日もきっと………
オレ達親子は、今このときの幸せを、全身で噛みしめた。




