245 報酬のない依頼
「コウタ様ー! ついでにクライス様、おっはようございまぁす!」
「「 おはようございます! 」」
じゃじゃーんと隊列を組んでオレ達を起こしに来たメイドさん達。一人がシャッとカーテンを開いて朝の光を入れる。サンのほっぺがすべすべとオレにくっついて、お熱はありませんねーなんて言いながら、蒸しタオルで顔を擦られる。かいがいしく部屋を回って、朝のお支度セットを装備。ぎゃぁーという兄さんの叫び声が聞こえた? オレ達二人はスッポンポンにされ、あっという間に今日の洋服を着せられた。もちろんリボンとフリルたっぷりのボリュームの一枚。くるくると編み込もうとする手を制して、髪のリボンだけは丁寧にお断り。
「お、おはよう。あのね、オレ、今日はちょっとシンプルなお洋服がいいんだけど……」
滅多に文句は言わないけれど、このふりふりはサンリオールを思い出すから嫌なんだ。クライス兄さんなんか、枕をもって二度寝しようとしている間に、お花が三つと頬紅までつけられている。
「「「 酷いです! コウタ様! サンリオールではお可愛らしくしていたと聞きました。コウタ様がいなくて淋しかったんです。そんな私たちを癒やすために、此方でもお可愛らしくしていただいてもいいでしょう? お出かけのときには、また、何回でもお着替えさせていただきますので! 」」」
なにも泣かなくても……。仕方なく愛想笑いをして、従魔達を確認。ジロウよし、プルちゃんよし、ドラりゃんよし、スカは教会に連れられていったし、そういえばマメは見ていない。繋がりがあるから無事ではあるのだけれど。そしてソラは、一足早く高い高い空の上。うふふ、随分、元気になった。よかった!
歩くと言うのに、どうしてもと聞かないクライス兄さん。しぶしぶ抱かれて食堂に向かう。食堂ではいつものメンバーにたくさんのメイドさん達も勢揃い。うふふ、嬉しい。随分と長い間、ここを離れていたみたいに懐かしい。
「コウちゃん。今日は戴冠式のお衣装の打ち合わせをするから、一緒にお出かけするわよ」
嬉しそうなサーシャ様。サーシャ様はギガイルの店でドレスの新しいデザインを考案している。今日は新作の打ち合わせのついでにマリンさん達のドレスも新調するんだよ。ひらひらのお衣装は嫌だけれど、マリンさん達が綺麗に着飾るのはちょっと楽しみ。
「わ、私たちのドレスまで? いいです。大丈夫です。そんな……」
「あ、あの、今だって十分すぎるほどにもてなされていて。その、申し訳ないです」
「む、無理です。あの、その、帰ります。一刻も早く、帰ります~」
あーあ。マリンさん達、恐縮しすぎて机の下に潜っていってしまった。セントの町でオレがお世話になったからって、この家で引き留められているけれど、本当のところは、可愛いものに飢えているサーシャ様がおもちゃを手に入れたかのように喜んでいるだけだったりする。オレの救出作戦に参加したかったけれど、万が一、クローム閣下と鉢合わせると、事態がこじれることが予想されたから、クライス兄さんやディック様達を思う存分着飾らせることで我慢してもらったんだって。今はその反動。後遺症って感じかな?
「そうそう、アイちゃんとクラちゃんのお衣装も新調するのよ」
にっこり笑ったサーシャ様と同時にメイドさんが煌びやかなジャケットを掲げて見せた。
ーーーープツ、プツ、プププププツ!
「げっ! 何だよ、そのひらひら! うわっ! これ、後遺症だ! トラウマだよ、トラウマ! じんましんだ。 痒い! たまらん!」
お顔にも腕にも赤いプツプツが出来て全身を身もだえさせて痒がるアイファ兄さん。オレは慌てて回復をかけに走る。もしかして、クローム閣下のところでお美しくしていたから? そんなんでトラウマになるのかなぁと首を傾げると、目が合ったディック様が盛大に噴き出して笑っていた。
「くそっ! 肌に合わねぇことをしたからだ! もう二度とやんねぇからな! なぁ、デイジー!」
「うわっ! てめぇ、なんちゅーこと、言うんだ。うげっ! こっちも蕁麻疹じゃねぇか! 二度とその言葉、口に出すな」
ありゃりゃ、ディック様まで蕁麻疹。そんな無理をしてまで、オレを助けに来てくれたんだね。ハテナマークをいっぱい掲げる面々にふわりと笑顔を向けて、オレは二人にありがとうの気持ちを込めて回復の魔法を飛ばしたんだ。
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「やっぱりいいわね、女の子って。こんなにわくわくしたのは久しぶりよ」
ご機嫌なサーシャ様。マリンさん達も初めは遠慮をしていたけれど、やっぱり女の子だね。瞳の色に合わせてドレスを選ぶのは楽しかった。冒険者をしていたら、いつかは貴族との繋がりができるかもしれないからって説得されて、しぶしぶ頷いていたけれど、エンデアベルト家だって立派な貴族だから。もう繋がりはもっちゃったね!
ドレスを買ったオレ達は、マリンさん達が王都を楽しめるようにギルドの近くまで道を下って、庶民的なレストランでお昼ご飯をいただいた。本当は町を散策したいところだけど、サーシャ様の予定に合わせてとりあえず家に帰る。だけど……。
「あっ! 待って! あれ、アイファ兄さん?」
雑多な人々が行き交う中で、アイファ兄さんの姿を見た気がした。特徴的な装備は確かに兄さんだけれど、その佇まいに違和感がある。
「ねぇ! 怪我、怪我してるよ! 兄さん、アイファ兄さ………フガッ」
とっても強いアイファ兄さん。その兄さんが顔を腫らしている。そんなことがあるなんて! 一体どうしたんだろう。 だけど、きっと、兄さんに間違いない。 窓を開けて叫ぼうとすると、サーシャ様がオレの口を塞ぎ、一度馬車を止めかけた御者さんに進んでと命令をした。 えっ?! どうして?
「コウちゃん、ごめんなさいね。でも、そっとしておいてあげて。ねっ?」
悲しそうな憂いを帯びた瞳。不安に駆られてサーシャ様を見上げると、サーシャ様は柔らかく笑って深くため息をついた。
「そうね、マリンちゃんたちも冒険者だものね。少しだけ、お話しようかしら……」
みんなの顔を見渡したサーシャ様が、普段見せない顔をして外の景色に視線を移した。オレ達は互いに顔を見合って、サーシャ様の声を聞き漏らさないように必死で聞いた。
「報酬のない依頼って聞いたことがある?」
サーシャ様の問いに、ジルさんがこくりと頷いた。
「あの、えっと、ギルドから信頼を得た証の依頼があるって聞いたことがあります。だけど、私たち、まだまだランクが低いから、内容までは……」
柔らかく口角を上げたサーシャ様が細い指を組んで、ぎゅっと手を握った。
ある程度長く冒険者をしていると、必ず仲間の死に出会う。それは依頼先だったり、道中だったり。中には町に戻ってきたもののそこで力尽きて、ということも珍しくない。報酬のない依頼とは、志半ばで非業の死を遂げた仲間の遺品を、故郷の家族に届けることなんだそうだ。冒険者の行き先が、偶然に遺品の持ち主の村や町だ、ということは希なので、幾度もギルドを経ながら故郷に戻っていく。ギルドからギルドに繋ぐ、その行為を含めて報酬のない依頼なのである。
街道にも魔物が現れるこの世界。遺品が残る状態ということが珍しい。さらにその遺品から身元が判明することは希だ。だからこそ、ギルドは遺品を故郷に帰してやりたいと願う。けれど、よほどの事情が無い限り、危険を伴う旅をしてまで遺品を届けようという冒険者は少ない。また、依頼者がいないのだから報酬を支払うことが難しく、その達成に関しても確認がままならない。
時々、いくらかの財を家族に届けようと準備している者もいるが、その財を冒険者が自分の物にして遺品を届けるのを止めてしまっても、依頼者は亡くなっているのだし、途中で盗賊に遭って失ったと言われればそれまでのこと。咎める証拠が見つからないのだ。
さらに、苦労して家族のもとに遺品が届いても、感謝されるとは限らない。本当に死んでしまったのか、どのような死に様だったのかと、届けた冒険者を問い詰める家族がいれば、混乱の余りにお前が死なせたんだろうと罵る輩もいる。家族とのトラブルを抱えていた冒険者だったりすると、またそこで問題が起こることもあり、だからこそギルドは遺品を届ける冒険者を吟味するのだそうだ。
「アイちゃんたちの ” 有志 " っていうのは、そういう意味も込めての有志なの。報酬のない依頼も志願して受けますっていう。あの子達の旅は、冒険者の想いを届ける旅なのよ。だから、きっと。さっきも辛いご遺族と対面したあとじゃないかしら……。」
知らなかった。冒険には危険が付きものって言うのは理解していたけれど、そんな悲しい依頼もあるんだ。ありがとう、なら受け入れることができるけれど、なんで?どうしてっ? って混乱する家族と対面するのは気が重い。兄さんはそんな辛いこともやっているんだ。 凄いけれど、なんだか胸がいっぱいになる。
「この前の悪魔の一件で、あの子は幾人も知人を殺ってしまったの。顔が腫れていたってことは、家族の元に行って、その悲しみを受け止めたのよ、きっと。昔から悪魔に呑まれた人は、いずれアンデットになって多くの人々を呑み込むと言われているわ。あの子は友人がそうならないために、新たな輪廻に戻れますようにって考えたのよ。とても辛い選択だと思う。そして、今も……」
ポロポロとこぼれ落ちる涙を誰も隠そうとしない。大好きな人が背負っている悲しみを知って、だけどどうすることも出来なくて、だからこそ、心も身体も強くありたいと願うしかなくて。 オレ達はしばらく馬車の中で、ただ天井を見上げて、ただ底板を見下ろして泣き合った。どうか、どうか、哀しい冒険者が少しでも減りますようにと祈って……。
「くあーー! 疲っかれたー。 キールとニコルはまだ戻らんのか? ギルドの手続き、めんどくせーんだけど」
不機嫌に帰ってきたアイファ兄さんは、いつもと同じ、ちょっと悪い顔。オレに心配をかけないようにと回復薬をつかったんだね。
「ああん? 何を見てる? そうだ、コウタ、これやるよ。扱い悪くて壊れちゃったから要らねーんだ」
そう言って投げ出した袋を受け取って中を見る。カラフルなクレヨン。箱がひしゃけて何本かは折れていた。オレは何にも知らない顔をして喜んであげた。いつもみたいにメイドさんに頼んで紙を出してもらう。さっそくお絵かきだ。
うふふ、今日のお買い物の様子だよ。これがマリンさんで、ジルさん。ルビーさんは刺繍のリボンが気に入ってね、凄く綺麗だったんだ。
「あー、おい、コウタ。それ、ゴブリンの雌か? お前、ちょっと下手くそ過ぎるぞ。お前からのメッセージ、なんも分からんかった」
出された紅茶をズズッとすすった兄さんに、オレは頬を膨らませる。
「ゴブリンじゃないよ! マリンさんと、ジルさんとルビーさん! よく見て! ちゃんとお化粧をしているし、髪の色だっていっしょでしょ」
「「「 えっ? それ、私たち? てっきり串焼きかと・・・」」」
ちょっと! みんな酷いよ! なんて串焼きになるの? そんなの人じゃないでしょう? ゴブリンはこう! 憤慨しつつゴブリンの絵を描いて見せた。
「 プ、プププ! こ、これ、親父そっくり」
「「「 い、いや、駄目ですってば、アイファ様。プ、プププ。いえ、あの、ぜんぜん、アイファ様には似てません 」」」
「だ、駄目よ! アイちゃん。 うふふふふ。 こ、子どもは褒めて育てるものよ。だ、だけど、ご、ゴブちゃん? あの人じゃなくって? おほほほほ」
「 あははははは。父上でも兄さんでもどっちでもいいよ。二人、そっくり! で、こっちの三つが串刺し?」
「ち、違ーーう!」
わいのわいの、みんなにたくさん突っ込まれて、ほっぺプンプンのオレだけれど、今日は何だか本気で怒れなかった。アイファ兄さんは、いつも通り、たっくさん悪態をついて紅茶を飲んで、お砂糖がいっぱいついた固いパンをパキリと囓った。そして、サーシャ様の顔を見て、すっごくすっごく小さな声で「ありがとう」って言ったんだ。
オレ、知ってるんだ。エンデアベルト家では、哀しい気持ちを慰めるとき、お砂糖をまぶした固いパンを食べる。オレもこの家に来た頃、たっくさんお砂糖パンを出してもらったもの。きっとサーシャ様がディーナ―さんに頼んで作ってもらったんだね。
オレ、ちゃんと知らない振りができるよ。そしていつも通り、アイファ兄さんを甘やかすの。いっしょにお風呂に入って、ドライヤーをかけて、一緒にお布団に入る。
明日はーーーー
キールさんとニコルが戻ってきたらいいな。




