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244 賑やかな食卓


「な、なんでここにいる?」

「いやぁ~、ディッ君。さっきぶりじゃなぁ。ほれほれ、早く座れ。悪いが、先に始めさせてもらっておる」

 

 今日の夕食は大人数だ。サンリオールに置いてきたニコルとキールさんがいないけれど、マリンさん、ルビーさん、ジルさんたちがおめかしをしてオレの席の前に居る。ディック様の隣には、なんと王様と王妃様。どう言う訳か、その隣にはお毒味係さんもいて、うふふ、嬉しいね。みんなで食べるご飯はきっと格別だよ!


「だってー、ディッ君てば、直ぐに帰っちゃったからのう。儂はもっと話したかったのに……」

「ほらほら、エンデアベルト家の美食は最近、有名でしょ? この人ったら今日は絶対にご馳走だからって、慌てて仕事を片付けて、こうして参ったんだけれど、ご迷惑だったかしら?」

 迷惑でも、迷惑って言えるはずもなく、唇の端を引きつらせるサーシャ様達。


「ほっほっほっ。じゃが、来て正解だったじゃろう? ほれ、今日は何とドラゴン料理まで出ている。馳走と言えば、肉を焼く、大きさを変えて焼く、種類を変えて焼く、スパイスを振って焼く、ってもんが定番じゃが、見よ、この見事なまでのレパートリー。野菜との組み合わせ、肉なのに何故かあっさりとして、巻いたりスープに浸ったり、チーズにつけたりと、美味い! ほれ、ほれ! 皆、遠慮なく食え!」

 既に顔一面をソースに浸したオッ君が、誰より先に食らいついている。エンデアベルトのお料理が美味しいのは、小食のオレのためにディーナ―さんやマアマがたくさん工夫をしてくれたから。もちろん、時には母様達のレシピを伝えたこともあったけれど、オレへの愛情の証だ。


「うふふ。この花形お野菜、かわいらしいわ。こっちは何の形かしら? ほら、あなたたちも食べなさい」

「あ、あの、王妃様。我々、毒味係でして。我々の前に召し上がるのはお止めくださいませ」

 あーあ、毒味係さんが困ってしまっている。いくら毒味係さんでも、よその家の主(つまりディック様)が飲み物にすら手をつけていないのに、いの一番に食べるなんて、図々しくて出来ないよね。


 呆れながらもディック様が乾杯の合図をして、食事会は始まった。マナーの練習になるからとレイも一緒に食卓を囲む。うふふ、うふふ、嬉しい。ねぇ、美味しいね。ドラちゃんが連れて来てくれたドラゴンには申し訳ないけれど、お肉が柔らかくてほどよい脂身で濃厚なうまみが詰まっている。ドラちゃんもまるで人みたいにカトラリーを操って食べているよ。これって共食いだよね~。

 (ドラちゃんが言うには、ドラゴンは群れを作らないので、共食いもよくあること、気にしないんだって。むしろ、暴れん坊だったり気難しかったりして人里に危害を加えそうなドラゴンは積極的に狩らないと世界の秩序が乱れるらしい。ドラゴンの世界も大変だね)


「はぁ、今日は幸せだわ! 可愛いコウちゃんがいるだけでも嬉しいのに、ほら、こんな雅なお嬢様方が来てくれて。どう? ちゃんと食べられている? 王様なんて気にしなくてもいいのよ。そこらの石ころだとお思いなさい」

「そうよ! こんな人のことなんて、石ころよ、石ころ。ああ、ごめんなさい。駄目よ、サーちゃん。マリンちゃんにルビーちゃんにジルちゃんでしたっけ。みんなみんな、高級な宝石のお名前よ。貴方たちに失礼でしたわ。ごめんなさいね。木の枝! そう、くさった木の枝とか、枯れ葉とか、それにしましょう! なんだかぴったりだわ」

「まぁ、王妃様ったら。本当にぴったり。おほほほほほ」


 女性陣の話は怖い。普通だったら不敬だって言われちゃうでしょう? ほらほら、マリンさんたち、全然、笑えなくて顔面蒼白だよ。だけど、さすがオレの家の人達でしょう? オレのこと、友達のこと、大事に思ってくれるのが伝わっているといいな。


「お前達、戴冠式の馳走の参考にもするのだぞ? よいと思ったアイディアはメモをせよ。使用人に聞け。レシピなんざ、全部買い占めりゃいい。分かったな」

 ご満悦な王様が、ふんがふんがとお肉を頬張りながら、お毒味係さんに命令をする。お毒味係さんは慌ててメモを出して、盛り付けやソースの材料を聞いている。気に入ってくれたのは嬉しいけれど、戴冠式って?


「ねぇ、王様、戴冠式ってなに?」

 柑橘ドレッシングで甘く染められた葉野菜が鼻に抜ける香りを放つ。すりおろしたにんじんが甘くてほっぺがウニウニと踊ってしまう。


 すると、少しだけ眉を寄せた王様がお行儀悪くフォークを向けて、オレの目の前のドラゴンのローストを三枚まとめてかっ攫っていった。

「ほれ、前に祭りをしたいと言っていただろう? どうせなら、戴冠式にしようと決めたときには、坊は家出中だったからなぁ。間に合うかどうか随分ヤキモキしたぞい」

「あ、あの、ごめんなさい。だけど、どうして戴冠式? そんなに大きなお祭りにしなくてもって言ったよね」


 戴冠式だなんて。お祭りを通り過ぎて国を挙げての大儀式だ。ことり、首を傾げると、ディック様が肩眉を上げて怪訝そうな目をした。オッ君はそんなディック様を気にすることなく、口いっぱいにお肉を頬張ってふんがふんがと話し始めた。


「お前さん、王が祭りをするって約束をしたんだぞ? 国を挙げてのイベントにするに決まっとるじゃろう。ついでに、先の、ほら、悪魔の一件だ。ケリをつけるには良い機会だからな。あー、ディッ君とアイちゃんの再びの受勲式に加えて、坊のお披露目じゃろう? そんでもって、儂は全ての責任をとって引退。息子が後を継いで新王となるってシナリオだ。なぁ、ディッ君」

 受勲式ときいて、うちの人達はあーと額を押さえ、とっても嫌そうな顔をした。無くてもいいのにと思ったけれど、それはどうやら難しいらしくて、オレもちょっと苦笑い。


「あっ、オレのお披露目って?」

 すると、王様より先にクライス兄さんがニンマリ笑って言った。


「ふふふ。コウタはこの歳で魔法が使えるって、方々(ほうぼう)から目撃されちゃってるからね。家の養子ってことを、大々的に知ってもらうのさ。まあ、難しいことは何もしないんだけどね。僕の弟として、他の奴らめ、もう手を出すんじゃねーぞ! 手を出すつーなら、エンデアベルト家に宣戦布告するってことだ、って紹介するんだ。うふふ、楽しみ~。内外共に公認の、僕の弟だよ!」

 かっこいい顔をとろけさせて宙を見ながら微笑むクライス兄さん。かなり残念なお顔だ。


「オレのせい? 王様、王様は王様じゃいられなくなっちゃうの?」

 フォークを下ろして王様を見上げる。王妃様がふんわりと笑って、大丈夫よと言ってくれた。


「フン! コイツは昔から勉強嫌い、仕事嫌いなんだよ。いいチャンスだと、王太子に地位を譲っただけだ。お前が気にすることじゃねぇ」

 そう言ってオッ君のお皿から、ドラゴンの肉片を奪い取ったディック様。仕事嫌いはどっちだよとか、ずるいとかずるくないとか喧嘩を始めてしまった。王様が引退しようと決めたのは、随分前のことみたいで、国内外に御触が出されたのは悪魔騒動の直後。国中の貴族が集まれるように多少の時間をとったけれど、オレがいろいろ事件に巻き込まれているうちに三日後に迫っている。(悪魔騒動で国の重鎮達の再編成もあったから、混乱する貴族家に配慮して、出席は強制ではないみたい。代わりに、年末年始には挨拶会みたいなものがあるんだって)


 

 机に並べられた大小色とりどりのご馳走がなくなっては補充され、宴はただいま最高潮。そうそうにお腹がいっぱいになったオレは、みんなより一足早くアイスクリームを出してもらった。

 ソラは、とろとろとしながら、ミルクやスープを思い出したようについばんでいる。早く元気になってねと、アイスクリームをとろり垂らして、ニンマリ笑い合う。ジロウもプルちゃんもドラちゃんも仲良く美味しく大きなお肉にむしゃぶりついているし、マメとスカは王様と王妃様につやつやとした果物を渡してもらってご満悦。


 ああ、だけど、オレ、そろそろ限界だ。うつらうつらと夢の中に引きずり込まれていく。アイスクリームのスプーンをくわえて、レイにもたれかかる。あぁ気持ちいい。お腹も満たされて、大好きな人の気配を感じて、オレはどっぷりと幸せに包まれていた。



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