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243 歓談


『お、おじく(お肉)、ぼくのおじく(お肉)、もう、食べらんないの?』

 潤んだ金の瞳から大粒の涙がぽたぽたと落ちてくる。震えながら肩を落とすグランは切なくキュー―ンと鼻を鳴らし、主の足もとに泣き伏せた。


「さ、サーシャちゃんに、こ、殺される? 」

「お、俺の雄姿は? はぁ? なにやっちゃってんの? マジで? これでおしまいってか?」

 わなわなと膝をつく英雄二人。そんなに戦いたかったの? って、サーシャ様に殺されるって冗談も酷いよ。

 

 さっきまでの殺気だった瞳が、マメのようにウルルンな瞳に変わり、オレを嬉しそうに眺めるドラゴン。その巨体を横たえつつ、ブンブンとジロウの様に尾を振っている。バッキバッキっと貴族館の外壁が壊されているけれど、そんなことは微塵も気にしてないようで。えーっと、もしかして、次の言葉を待ってる?


『そこの黒いの、ドラゴンのお肉が食べたいの? だったら獲ってこようか? アタシ、とっても強いよ』


「「 なっ?! どうなっていやがる? コイツまで念話を使うのか? 」」

 ディック様とアイファ兄さんが、分かりやすくひっくり返って驚いた。

『 当然よ! 主の神聖な魔力を貰ったんだもん! 伝説級の超ドラゴンになったんじゃない? どう? アタシ、イケてる? 』


 ひゅんと飛び起きて悩殺ポーズ。ガがガンと貴族館の一つが崩壊して、わぁと避難していた人々の声が聞こえた。


「あ、あの、動かないで! いろいろ、壊れちゃうから!」

 あわててなだめると、ドラゴンはチラと周りを見て、だったら壊しましょうとにっこり笑った。


「だ、駄目ーー! 壊さないで、その、だから、動かないで!」

『 じゃぁ、どうすりゃいいの? そうか! こうすればいいのね! 』

 大きな羽をぶわっと広げたドラゴンはポンと軽い音を立てて宙返り。オレの所に戻ってきたときには、プルちゃんくらいのハンディサイズ。パタタ、パタタと涼しい風を出してくるくると飛び回った。


『ねっ? これなら主サイズーー? ねぇ、早くアタシに名前をつけて! それよりドラゴンが先? 生きてるの? 死んでるの? 弱ってるって言うのは無理かも。言われりゃ頑張るけど、加減が難しいのよねー』

『 生きてるのーー! 』

『 よしきた! ちょっと待ってて! 今、獲ってくるから 』


 ひゅんと踵を返したドラゴンにぼんやり呆けていたら、あっという間に一回り小さなドラゴンを担いで戻ってきた。


「えっ? ええーー?! いや、駄目でしょう? 無理無理ーー」

 ゴクリと喉を鳴らしたジロウの上に飛び乗って、慌てて制止。 跳ね橋の向こうでオレ達の動向を見守っていた憲兵や冒険者達は再びのドラゴン登場で大パニック。右往左往に狂瀾怒濤。潮が引くように一気に撤退し始めた。


■■■■


「あははははは! す、凄い、凄い。さすがにそこまでは読めなかったよ。コ、コウタらしい!」

 大抵の人は遠慮しているのに、クライス兄さんは大爆笑。オレは何だか理不尽だと唇を尖らせる。


 アイファ兄さんとジロウが満面の笑みでドラゴンを堪能した後、オレ達はキールさんとニコルに後始末を押しつけて、王都の家に帰ってきた。クライス兄さんはディック様達がセントまで乗ってきたワイバーンで一足先に戻って、誘拐された子達を騎士団に引き渡して保護してもらっていたんだよ。

 王都の家ではメイドさんや使用人さん達が出迎えてくれて、オレの帰還を心から喜んでくれた。わんわん泣いてくれた人もいたし、サンとミルカは抱き合って倒れてしまった。本当に心配をかけたんだ。タイトさんからは厳しいお説教。勝手に家を出て行ったこともだけれど、誘拐犯のところに自分で戻ったことをめちゃくちゃ叱られた。 


「ドラちゃん! ほら、これ着てみて! 似合うわ~」

「ええ、コウタ様用のドレスですが、よくお似合いです」

「準備しておいてよかったですわ」

 サーシャ様達! おかしいから! どうしてオレのドレスがあるのかな? だけどドラちゃんはフリフリのドレスが着られて大喜び。宝石をあしらったリボンがお気に入りで、首にかけてうっとりしている。

だけど、それ、魔法が付与されていないから、大きくなったら千切れちゃうからね! 気をつけて!


 そうそう、ドラちゃんの名前なんだけれど、名前をせがまれたオレが、ドラゴン、ドラゴンなんて呟いていただけなのに、それだー――なんて自分で即決して決めてしまった。ふぅ、何でもよかったのかな?だけど、サンリオールから王都まで、大きなドラちゃんの背中に乗せてもらったらあっという間だった。


 もちろん、王都も大パニックだったから、ワイバーンの演習場に着陸して事情を話し、その日のうちに王様にも報告をしたから、忙しかったよ。

 だけど、今は、サロンでごろごろしながらおしゃべりタイム。使用人さんたちもメイドさんもひしめき合うようにして、みんなでおやつを食べているんだ。こんなざっくばらんな所も、エンデアベルト家の良さだよね。閣下とか、お館様の所とか、少しだけれど貴族の館を体験したオレは、本当にこの家でよかったと、嬉しさと喜びでいっぱいだ。もちろん、マリンさんたちもカッチコチに固まりつつも一緒にお茶を飲んでいるよ。


「ああああ、ああ、あの、あの、あ、あたしたち、ば、場違いなので」

「ええええ、ええええええ、ええ、ええ、そう、で、す。このへんで」

「し、し、しししししし、しつ、失礼しようかなぁ、なんて」


 不思議な言い方で退散しようとしている。レイが素っ気なく此方へと、自室に脱出させていた。夕飯は一緒に食べるんだよね? うふふ、エンデアベルト家のお料理、美味しいもんね! ディーナーさんが早々に厨房に戻ったから、きっとご馳走だよ。あぁ、嬉しくてほっぺがニマニマだぁ!


「あぁー、で、コウタ。レイリッチのことだが……」

 改めて、ディック様の前に立たされたオレは神妙な面持ちでこくりと頷く。今回の騒動の原因だ。オレは出て行くから代わりにレイをなんて、うぬぼれもいいところだったと心から反省をする。レイどころか、オレだって追い出されても文句は言えない。みんなの様子から、近くには居させてはもらえるとは思うけれど。


「結論だ。まず、レイリッチは俺の養子にはできん。エンデアベルト家に迎え入れることはない」

 当然だ。うんうんと頷くサーシャ様に兄さん達。仕方がない。オレは眉毛を下げたけれど、こくりと頷いた。

「俺の子にはできんがーー、まぁ、お前の従者にはできる。都合のいいことに、そこそこの教育も進んでいるし。お前も貴族なんだ、早いうちから主と従者の関係に慣れるのは悪くない。ということで、お前の自由にしていいぞ」

 

 従者? あれ? 孤児院ではなく、従者? それって、使用人っていうこと? 訳が分からずタイトさんとイチマツさんの顔を見る。


「コウタ様、従者というのは使用人ではありますが、主人に深く仕える、いわば将来の執事ということです。主を支え、ときには主と共に経験を積み、そうですね、ディック様とセガ様との関係、とでも言えば分かりやすいですか? 主人と使用人以上の関係になれる存在です。本当の関係は、実際、付き合ってみなければ分かりません。大人になって別の道を歩みたいと思うかも知れませんし」

 タイトさんの説明に、オレは自分が誘拐犯と同じになってしまったのではないかと、心がざわざわした。


「お、オレ、と、友達がいいの! 主人と従者とかじゃなくて、レイとは友達でいたいの。それに、従者って、オレがレイを買うってことでしょう? 嫌だ! そんなの、そんなのは嫌だ」

 レイとは一緒に居たい。レイにも幸せになって欲しい。なのに、その自由を奪うなんて! レイを自分のものにするなんて、耐えられない! 離ればなれになっても仕方がないとまで思ったのに! オレはとんでもないことになったと涙が溢れてきた。


「なら、友達でいいんじゃねぇ? 大人になって再び選択肢を渡せばいい。だが、このまま外にほっぽり出すわけにはいかねーだろう? どっかのだれかに悪事を仕込まれても知らねーぜ?」

「先生からは見限られました。役立たずと……」

「そ、そんな……」


 悪事を仕込まれるなんて駄目だ。だけど、オレにはどうすることもできなくて、従者でなくこのままここにいることはできないかと食い下がる。


「俺を、無能の居候にする気か? 馬鹿にするな! だったら一人で○○○○○・・・」

「「「「 わーーーーー ! 」」」」

 慌てたみんながレイの言葉を遮った。


 おきまりの金髪を耳にかけてから、クライス兄さんが真顔でオレに微笑んで言った。

「前にも言ったよね、コウタ。 君にはさ、なんだかんだでそれなりの収入が入ってくるんだよ。給金はその一部を使うことにするんだ。そうすれば、レイの主は、()()()ではなくなる。()()の使用人でないなら、僕らはアイファ兄さんのパーティの仲間と同じように付き合うことができるんだよ。二人の関係が主従らしいか、なんて、二人さえ良ければ、僕たちには関係ない。そういうことなんだ」


 ため息をついたイチマツさんが、そっとオレの背に手を当てた。

「コウタ様。私はメイドですので、当然、お給金は頂いています。お仕事をいたします。ですが、お金で繋がっているとは思っていませんよ。なんといっても、アイファ様もクライス様を私が育て上げましたから。その矜持は誰にも負けません。 ですから、給金が発生することに罪悪感を抱かず、貴方のよりどころになさればよろしい。従者の呼び方が気にいらなければ、親友とでも何とでも、ご自分で言ってしまえば、それでいいのですよ」

 

 そこまで言われてやっと気がついた。レイはこの家の子どもではないけれど、みんなはオレと同等に、それに近い扱いで居させてくれるということだ。オレ達は子どもだもの。教えて貰うことがたくさんあるし、保護者としてみんなに助けてもらうこともある。それを、みんなは、オレごとレイまで面倒を見てくれるって言っている。


「レ、レイ! レイはいいの? それでいいの?」

「はぁ? 俺に選択肢なんかねーよ。 いいんじゃねぇ?」

 ぶっきらぼうな態度に心配になる。

「正直に言って! オレ、レイを傅かせようなんて思ってないの。レイが嫌なら、嫌なら………」

 涙で言葉が詰まる。オレはいい。でも、レイを縛ることはしたくない。


「チッ! メンド―なご主人様だ。腹が膨れて、屋根付きの寝床があればどこでもいいってこと。仕事なら尚、いいってことだよ。だけど、おめーのションベンの片付けまでは嫌だかんな」

 ぷいっと遠くを向いたレイに、タイトさんがゴツンと拳骨を落とした。周りのメイドさんたちがきゃぁきゃぁと、私がやりますぅ~って手を振っているけれど。それはそれで嫌だ。


「はははは。まぁ、執事として、適宜、躾、いや、教授させていただきますが、よかったですね、コウタ様」

 オレの前でうやうやしく礼をしたタイトさんに、再び大粒の涙がぽとり、ぽとりと落ちてきた。


「み、みんな、あいやとー。あいやとー。うえしいよー」

 久しぶりの安堵感。オレはしばらくワンワンと幸せの涙をたくさん流したのだった。従魔達が金の魔力シャワーに大喜びをして飛び跳ねたなんて光景は、残念ながらオレの瞳には全く映っていなかった。



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