237 美味い食事
ニコルの情報通り、奴はコウタを連れて町を回っていたらしい。俺はクロームを抱き、帆のない豪華な馬車に乗り込む。見取った筋骨隆々のたくましい御者が城に向かって走らせる。俺達はクロームの機嫌をとりながら注意深く町を観察していく。
憲兵の態度で、おそらく奴らも取り込まれていることに危機感をもつ。我らの馬車に手を振る町の人々の瞳は親しみが込められている。が、時に影や憂いを帯びるようで感情を掴むのが難しい。情報統制もあながち間違っちゃいない。
案内された城は王城ほどの広さはなくても十分に財が施された真っ白な城。以前来たときよりも美しく塗り替えられたいて、領の税収と釣り合わない疑念を抱かせる。しかし自領のみで自給自足が出来、かつ、帝国からの恩恵を強く受けていると説明されれば分からなくもない。ただ、ここはエンデアベルトとは違って自治領ではない。領主の収支は全て王に報告する義務がある。王都からの監査が十分に入っていないか、買収が行われているか、疑う余地は残っている。
閉鎖的な領ではあるが、クロームと繋がりが強い貴族が城下に屋敷を構えている。どの家も十分な広さとクローム好みの可憐で美しい館だ。中でもクロームの城と隣接している館は公私にわたって癒着が強いと見受けられる。跳ね上げ橋が設置されているところを見ても確信が持てる。手札が少ない俺達が相手にするには、やっかい勢力だ。
城の中もまたしかり。
急な来城であったとはいえ、俺達を完全に拘束できると自負しているのだろう。ふんどしとエプロン姿の使用人ばかり。体裁を繕ろっちゃいない。だれもかれもクローム好みに化粧をし、鍛え上げられたバッキバキの筋肉を自慢げに晒している。それらはお飾りでなく、十分な戦闘力。怪力の奴もいれば、おそらく剣や槍に自信を持つ者。あいつは走るのが得意か。鍛えられた者同士、筋肉の付き方でそのスペックは大体推し量れる。俺には及ばなくともアイファならいい勝負か? 案内されるまま周囲に花を飛ばしつつ、城の構造や逃走経路にアタリをつけていく。さて、コウタはどこだ?
『懐に入ったら、とっととコウタを外に解き放つ。ニコルが潜み待つのは不可能だが、城外に出しさえすれば、ソラとトリでなんとかなる。アイファは他の被害者を探し、一緒に脱出。あとは任せた』
クロームは俺達の目的を承知で受け入れている。のらりくらりとコウタの存在は明かさない。
オレンジの狐か?
どういう腹づもりか?
ニコルは仕事が早い。やきもきしながら待っているだろうと想像すれば、ククと笑みがこぼれ落ちる。
夕食の時間だ。アイファと俺でクロームを挟み、甘ったるく歯の浮くような台詞で思考を混乱させる。サーシャの可愛い物好きで多少の耐性があるとはいえ、精神的に随分削られてきた。アイファなんかは鳥肌が立つ二の腕にぷつぷつと赤い発疹。
「どうだい? デイジー。サンリオールの食事は口に合うかい?」
とぽとぽと深紅のワインが芳醇な香りを引き立たせる。ゴクリ。美味そうに喉を鳴らすクロームに俺の本能は購えない。
「あぁ、ローズ。突然の来訪なのにこれほどの雅な食事を準備してくれるとは。どれこれも美しい。そして君のもてなしの心が嬉しいよ」
ブッさした肉片をアイツの口に運んでやる。あいつも大ぶりに切ったスパイス香る肉塊を俺の口に突っ込んでくる。睡眠薬か神経毒か? ヘビが反応を示すから、差し出された食べ物を飲み込まずにこっそり処分する。多少のものなら耐性があるから大事には至らないか。こちらが隙を見せないことにはクロームは動かないだろう。
「さあ、アイリスもどうだ? 若い者は大いに食べたまえ」
「ローズ様、お気遣い感謝いたします。では、まず俺の一匙を、その蜜で潤んだ唇に収めてください」
花びらのごとく盛り付けられた肉を奴の口に押し込み、続けざまに差し出されたワインをグビリ飲み干す。おいおい、大丈夫か? ちゃんと目的を果たせよな? そう危惧しつつ、美味いもんでも食わねば、壊れかけた精神は立て直せそうにない。
まぁ、いいか。こういう仕事はアイファが得意だ。艶やかな肉に珍しい肉。こちらの好物ばかりなのだからと、途中で作戦を変更して美味しくいただくことにした。うん、酒も美味い。上質だ。
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「くっ。頭が痛てぇ。此処はどこだ?」
目覚めると趣味が悪い煌びやかな部屋だ。隣の天蓋付きのベッドでアイファもガーガーと眠っている。しまった! 油断した。アイファの奴がいるからと美味い飯に身体を預けたが、まさかアイツも同じ事を考えていたのか? がっちりとはめられた拘束具に後悔が募る。気がついた俺に水を飲ませたエプロン男が重い扉を開けて出て行った。クロームを呼びに行くのだろう。くそっ! 当然ながら扉は重く、体当たりしてもびくともしない。
「お、親父! どう言うことだよ!」
「おう、アイファ。今頃起きたか? お前、なにやってんだ? アイツの思う壺じゃねぇか?」
気嫌悪く愚痴を言えば、寝起きの奴も黙っちゃいない。
「はぁーー? 親父がちゃんとしねぇからだろう? で、コウタの居場所は分かったのかよ。俺が身体を張って気を引いたんだ。ちゃんと自分の役割をやれってんだ」
「はーー? テメーこそ、俺をサポートすんのが仕事じゃねぇ? まんまと奴の策にハマリやがって! こっからどうすっか、考えろ」
お前が悪い、お前のせいだと互いに罵りあう。計画はどこで狂った? 俺達まで拘束されてどうするんだよと肘で小突き合う。
しばらくすると大扉が開いた。だが、扉の向こうには太い鉄格子。クロームとエプロン男達が口角を上げて俺達を見ている。
「クローム。たいそうなもてなしだな。どういうことだ?」
威圧を込めて奴を睨む。奴は愉快そうに高笑いをすると、びっちりと宝石と魔石で飾り付けられた大きな箱を格子の前に置いた。
「デイジー、アイリス。茶番を楽しんでいただけたようでなにより。君らには多少、退屈な日々であろうが、彩りは用意がある。見るかい?」
「「 ま、まさか?!」」
足枷のごろりとぶつけ合い、格子の前でかがみ込む。蓋が開けられたそこには、くたりとしたコウタの姿があった。
「「 !!!! テメー、コウタに何をしやがった! 」」
恫喝するアイファを嬉しそうに眺めたクロームはエプロン男からくたりとした幼児を受け取ると、ぐっしょりと濡れた髪をおでこから剥がすようにして言った。
「 心配には及ばん。まだ殺しはしないよ。 ちょっと魔力を吸い過ぎただけだ。君たちを見れば、すぐに満ちてくるだろう。どんな味か。ふふふふ。楽しみだ。 」
「こ、この野ろ……」
言いかけたアイファの声を飲み込むように、背を向けたクロームは低く呟いた。
「言葉に気をつけたまえ。全ては私の手中にある。有能なガキも役に立たねば次を探すさ。君たちも、永遠になるのならそれも一興。なぁ、デイジー。私は随分待った。勝手に妻を娶った兄上を君たちの永遠にしてあげたんだよ。なのに、感謝一つ示さない。こうして分かり合えたと思っても、所詮君の心はガキにある。だが、心配はいらない。長く長く待った時間を全て費やして、私好みに書き換えてあげるから。当分は退屈しないよ。お気に入りの坊やが美しく彩る様を報告してあげるから。では、よい一夜を」
再び閉じられた重い扉。俺達は怒りで煮えたぎる拳を枷にぶつけ合った。だが、びくともしない枷に全ては対策済みなのだと改めて思い知らされる。作戦は失敗。いや……。俺達のことを知ったアイツがどうでるか。二人ギリと歯ぎしりをして、無駄に豪奢なベッドで身体を横たえる。




