234 隠れ家
「「「 なんだこりゃぁ? 」」」
雄々しいコーベダ山の麓の一角。リオールの町からキティに入る街道を見下ろす古小屋。息を潜ませて隠れる男三人。額を寄せ集めて悩んでいる。
手の平に収まる大きさのカードのメッセージ。上質なクレヨンで描かれていたのは串焼きとたくさんの丸。もう一面には人族らしき顔が二つとバツ印、そして不可思議な図形だ。
「あー、多分、ゴブリンじゃね? ゴブリンとなんだこれ? 赤と緑の山?」
「 バツってなんだ? ゴブリンを殺れってことか?」
「いんや。すでに殺ったってことだ。赤と緑の魔石の山に葬ったんじゃね?」
「お前ら馬鹿だなぁ。殺っちまった奴の情報なんかいらんだろう? 殺れってことだよ」
カードの主の真意は全くもって伝わっていない。が、そんなことはお構いなし。コウタ奪還計画は粛々と進められている。
冒険者プレートの追跡魔法がサンリオール領に向いた時から、彼らの腹は決まっている。ディックはクロームがとうとう尻尾を出したと、はやる気持ちを抑えきれないでいた。
父と兄夫婦が賊に襲われて亡くなったのは、帝国絡みの案件だった。ディック並の力を持つ父が、賊に襲われたくらいで殺られる筈がない。
国からの依頼であったこともあり、軍を駆使しての大調査を行った。……が、近領として調査に加わったサンリオール領の不自然なまでの活躍と報告ぶりに、ディック達は不信感を募らせた。
確たる証拠を掴むため、決死の覚悟でキティアを訪問したこともあったが、クロームの執拗なまでの執着と異質な趣味趣向に耐えることが出来ず、あと一歩のところで証拠が揃わず臍を噛んだ。
だが、今回は違う。
コウタを人質としたことで、誘拐または略奪は、まごうことなき事実である。おそらく主犯はクローム。だが、そこに直接辿り着くことは出来なくてもいいのだ。大規模な人身売買組織の捜索と言う形で、領を公に調べることができる。掴んだ尻尾は離さない。大なり小なり、クロームの悪事を見つけて裁いてやる!と、エンデアベルト家は息巻いていた。
「まぁ、いい。やることは一つだ」
「突進」
「突進」
そう呟いて剣に手をかける。
バキーーン! ドガーーン!
「って! 痛いって! 何をするニコル?!」
「キール! テメー、頭を冷やせ!」
どこからともなる取り出された怒りの鉄槌を食らった二人は、キールとニコルを睨みつける。
「偵察から帰ってきたらこれだ! 何が突進なんだか? 計画を立てただろう? ここは手足も少ないんだから、ちゃんとしてくんなきゃ不味いって。何回言ったら分かるんだよ」
たった今、隠れ家に戻ってきたばかりのニコルがオレンジの髪を整えつつ、苛立ちながら窘める。
キールも負けてはいない。
「冷やすのはお前だ! これだから脳筋は! 突進はドラゴンを刺激するから却下だ! 計画通りに出来なきゃ帰って貰う約束だろう? たとえそれがディック様でもだ!」
「「 ひゃい・・・」」
そう、キールは苛立っていた。
コウタ奪還のため、クライスとレイリッチを送り込んだ転移スライムのプル。しかし、主であるコウタと離れたせいで回復が思うように行かない。そこで、オッ君こと国王の力を私的に借りて、ワイバーンを投入。セントまでたった一日で詰めた。そこからは道なき道を突き進み、コウタの要請に応じていつでも対応出来るようにニコルが用意した隠れ家に潜む。
サンリオール領は閉鎖的と言われるだけあって得られる情報が少ない。穏やかで善政が続いている領からは胡散臭い噂の一つも出てこない。これは情報が統制されているということ。ニコルが潜めない居心地の悪さは、町中に監視の目があるということ。キールの経験が近づくなと警鐘を鳴らしている。
領に入れば、おそらく直ちに、何らかの理由をつけてディックとアイファは拘束されるだろう。(もちろん拘束される準備を万全に整えているのだが)そして、彼らごとコウタを奪還するのは至難の業なのだ。下手な攻撃や魔法はドラゴンを刺激するから使えない。狡猾なクロームは民達を完全に制御している。内戦に発展させる訳にはいかないのだから、援軍も使えない。城外の戦力はたったの二人だ。主人ら二人のように人外の強行策をとれない普通の魔法使いであるキールにとって、クライスとタイトが立てた作戦こそが命綱である。ささいな綻びすら、心中穏やかでいられない。
そして、事態は一刻を争う。トリが届けたメッセージ。分からないことが多すぎるが分かったことがある。幾重にも仕掛けられた罠。ディックらを捉えるだけの準備があるということ。そしてーーーー。凄惨な現場にコウタが連れられていること。
(カードの裏面の ”コウタは城にいる”と明示した絵が串刺しにされた人々を連想させたようだ。たくさんの丸と古代文字は助けを求める犠牲者だと。古代文字と閣下が目立つように、気を利かせたコウタが赤やオレンジ、紫で表したことがアダとなる。エンデアベルトメッセージは全く通じていないのだった)
もう一人、偵察から戻ってきたニコルも苛立っていた。
組織の長から退いたのはもう随分前のこと。以来、頼みもしないのにニコルを崇拝する輩が、自主的に、見返りを求めず、まるでニコルの手足のように情報を寄越して、ニコルの期待に応えてきたのだ。だが、ここ、サンクレール領は、今までと勝手が違う。自称、手足となる輩はいるにはいるが、口が固い。他の領なら喜んで飛びつくほどの見返りをチラつかせても頭を掻くばかり。
十数年前、駆け足だった『砦の有志』は、全ての地域を回ってハクをつけるという、くだらない目的でキティアを訪れた。まだDランクにすら届かない頃だ。ただ、エンデアベルト代々のパーティ名を引き継いだこともあり知名度はそこそこ。だが、サンリオール領に入って間もなく、領主からの面会命令を受ける。ディックや執事から気をつけるようにとクギをさされていたことで、ギルド内の短時間という条件で面会を受けた。
歯の浮くような台詞に策を仕込んだ護衛依頼。すぐさま胡散臭さを感じ取り、ディックの名を使って早々に引き上げてきた。当然、依頼などは受けるはずも無く。思惑通り、帰路では魔物の群れや盗賊の襲撃が不自然なほどに重なり合う。まだ未熟だったパーティは、ありったけのポーションを使い果たすことになった。苦い思い出だ。その時から、ニコルはこっそり報酬を渡して数人の手足を潜ませる。たまに領主の動向が報告されるも、ただそれだけ。だが、十数年、定期報告が途絶えることがなかった。その意味をニコルは重く受け止める。
十数年、顔を合わせることも無く忠実に約束のみを守るなんてあり得ない。(盗賊崩れの手足なのだから)ならば、敢えて、縁を切らせない意図を感じる。裏切らないぎりぎりのところで、奴らはアイツの手足にもなっている。つまり、こちらの情報は既に敵の手中にある。
らしくないエンデアベルトメッセージに目を落とし、持てる手数を頭に思い浮かべる。最悪のシナリオとただ溺愛である幼子の顔を思い浮かべて。
「全てはアタシの出来次第」
至極小声で独りごちた台詞を、聞き逃さなかった馬鹿男達をキッと睨み付ける。彼らが揶揄ろうと言葉を発する前に、手足に見せるオレンジの眼を向けた。
「「「 ひっ! お、おっしゃるとおりで 」」」




