229 慣れ?
のどかな麦畑の中の一本道にさしかかったところで馬車がゆるりと止まった。どうやら前方で憲兵による検問があるみたい。クライス兄さん達が伝達をしたのかな? でも、それだとオレは売って貰えなくなる。
「け、検問? だったらオレが居たら不味いよね?」
少しだけ慌ててボストさんの手を引っ張る。ボスもボストさんも不自然に戸惑っているけれど、そんなことに構っている暇は無い。ボストさんを立たせて座面に手をかければ、思った通り、座席の下が空洞になっていた。でも……。
「もう! こんなところに荷物を入れちゃ駄目でしょう? オレ、入れないじゃん。はい、これ、持って!不自然でないように座席に積んでおいてよ」
中の荷物をいくらか出して、空洞に身体をねじ込んだ。もちろんソラも一緒だ。
「お、おい。何してやがる?」
「大丈夫。オレ、動いたり声を出したりしないからね。うまくやり過ごしてよ。だけど、早くここから出してくれると嬉しいなぁ」
そういってパタンと上蓋(座面)を戻した。そうだ。蓋を開けられたらオレは丸見えだ。板も痛いからお布団をかぶろう。ごそごそと布団にくるまって、オレはじっと周囲の様子に耳を傾けた。
「「なんだアイツ? やけに慣れてるじゃねぇか?」」
「悪いな。検問に協力してくれ」
憲兵の声が聞こえる。間に合ってよかったよ。
「おい、お前、商人だろう? 荷はどうした?」
「へ、へい。鉱山跡の森で野盗に襲われまして。命からがら逃げて来たんでございます。馬も荷も失いましたが、何とか我らだけが生き延びまして」
「そうか。それは大樹林休憩所を越えた辺りか?」
「へ、へい。そうです。組織的な盗賊団でして」
「やはりな。だが、よくぞ生きて帰った。荷は残念だが、生きていりゃいくらでもやり直しができる。最近、あいつらの被害が多くて、警戒しているのだよ。街まであと一時間だ。こっからは安心して進むがいい」
ボス達は巧みに口裏を合わせて、荷の無い商人の馬車を、盗賊に襲われた後の馬車にしてしまった。これなら馬が一頭しかいないのも頷けるし、護衛のボストさんが馬車の中に居ることも説明がつく。さすが、悪賢い人だと感心してしまった。
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「おい、起きろ! いつまで寝てやがる!」
眠い目を擦ってショボショボと起き上がると、そこは簡素な一室だった。石畳の上に小さな机が一つ。質素な木扉が二つあるだけ。燭台もシャンデリアも無く、御者さんがボンヤリと小さなライトの魔法を灯していた。
「……ん。ついたの?」
お布団の上でくねくねと身体をしならせてうーんと伸びをした。
「緊張感のねぇやつだなぁ」
トイレに行くと言うと、再び呑気な奴だと笑われて一つ目の扉を開けた。
「く、臭い!」
しばらく進むと鼻がひん曲がりそうな悪臭がした。夜のように暗い通路。よく見ると幾つもの牢があり、奥に座った人がじっとりとした瞳でこちらを見ていた。そして、牢の前に置かれた臭い壺で用を足せと言う。こんなところで? すごくすごく嫌だったけれど、我慢ができないから仕方なくそこで用を足す。せめてものマイクロバブルで周囲を洗浄しておいた。
再びさっきの部屋に戻される。今度はもう一つの扉を開ける。長い通路の先には階段。そこを上って行くと、じきにライトの灯りが要らないくらい周囲が照らされてきて、絨毯敷きの廊下に出た。すると、いかにもな雰囲気のおじさん達が数人。オレの身体を攫っていった。
「大事な商品だ。丁寧に扱え」
遠くでボスの声が聞こえたころには、オレは裸にされてお風呂の泡の中だ。ゴシゴシゴシゴシと乱暴に擦られたけれど、ディック様の力も強いから大丈夫。アイファ兄さんのお風呂は丁寧なのになぁっと思い出す。ふわふわのタオルで拭いて貰ったので、きちんとお礼を言って、髪の毛はお得意のドライヤー魔法。 着てきた服を再び身につけて空間収納から特製のミルクを出して飲む。あれれ? おじさん達、びっくりしているけれど普通でしょ?
「おめー、なにやってる?」
ありゃりゃの既視感。このくだり、必要? 特製ミルクはあげないよ。ソラと分け合ってこくりと飲み干し、急いで収納にしまった。
「お、おとなしく来やがれ」
乱暴に腕を引っ張られたけれど、オレ、大人しいよ、暴れないもの。そう言うと首を傾げられ、ボスの居る豪奢な部屋に連れて行かれた。普通じゃないだ、おかしいだ、と告げ口もされたけれど、そもそもオレ、高値で売れる子でしょう? 普通だったら普通のお値段じゃ無い?と言う。いかにもの人たちは口を開けたままぽかーんとしていた。
「おじさん、はい!」
両手を突き出すときょとんとされたので、手を縛らないのかと聞いてみる。多分この後、オレを売る人に会うんじゃないかな? だったらオレが自由になっていると不味いでしょ?
「お、お前、これからどうなるか分かってんのか?」
「うん、分かってるよ。売られるんだよね? 高く売れるように、頑張っていい子にするね! あっ、そうそう、魔石が無いよ! あれ、大事なんでしょう? ほらほら、首にかけてよ」
ボスや仲間の人達は何だかやりにくいと呟いている。そんなはずはないよね? だってオレ、こんなに協力的だよ! 絶対高く売って貰えるようにするから!
「普通はな、普通のガキは嫌だとか怖いとか泣くもんなんだが……」
「こう、協力されっと、悪いことしているみたいな……」
「おい! しっかりするんだ! 俺たちゃ悪い奴なんだよ! 混乱すんな」
「へ、へい。そうっスよね。ですが……。あの坊、何だか喜んでいやがるっス」
「確かに。うーん、こっちの手順を知られているみたいダス」
「そういやぁ、馬車でも随分手慣れていたなぁ」
納得していない仲間同士で混乱していると、豪奢な部屋の中央の扉が開かれた。いかにもな人達は慌てて壁にへばりついて頭を絨毯に擦りつける。オレもボスに小突かれたから片足をついて傅いた。
「ほう。作法は分かるのか。頭をあげよ」
聞いたことのない声だ。ディック様より少しだけ若い気がするけれど、顔を上げると大きなお腹の髪の薄い男だった。ちょびひげを生やし、太い葉巻を持ったまま、中央の椅子に鎮座する。
「名乗りをお許しいただけますか?」
「ほう。許す。小さいのに高尚なことだ」
ちょっとだけ見開いた細い瞳はニコルみたいなオレンジ色だった。
「お初にお目にかかります。コウタ・エンデアベルトです。お見知りおきください」
背筋を伸ばして、丁寧に礼をする。王様への敬礼。それと同等にうやうやしくやってみると男の人は嬉しそうに笑った。
「わははははは。面白い。教育済みか? おい、商人! どのように言いくるめて連れてきた」
ボスは傅いたままオレを引き寄せ、再び頭を下げさせた。
「はっ、もったいないお言葉でございます。 あの、その、いろいろありまして……。ただ、売ると伝えてございます」
汗をかきかき、尻込みするような言葉だ。ボスさん、それじゃぁ駄目だよ。オレのこと、高く買ってくれないよ! 対等な取り引きでは、下手にでたら負けなんだってウルさんが言っていたよ。だから、オレはずいと前に出たんだ。
「そうなの。オレ、誘拐されて、売られることになったの。おじさん、お名前、教えて貰える? そうじゃないとお話できないでしょう?」
「はははは。愉快な奴じゃ。本当に売られに来たとは。儂の名は言えん。賢いなら分かるだろう?」
「じゃあ、買い主さん、って呼んじゃうよ。でも、それだと悪いことしたってバレちゃうでしょう? オレ、おじさんのこと、なんて呼んだらいいの?」
話の途中で何度もボスがオレを制したけれど、伝えたいことをしっかり言い切った。けっきょくおじさんは「お館様」と呼ぶようにと言った。チェッ! 家名が知りたかったのに残念だ。
「おじさん、オレのこと、いくらで買うの?」
「こ、これ! ぶしつけだぞ。 ガキは黙ってろ!」
ぴくり、動いた眉毛。この話題、今は嫌みたいだ。だけど、オレには時間がないもの。ぶしつけだって何だって、オレのペースで進めさせて貰うんだ。
「面白い坊主だ。お前はいくらで買われたいのだ?」
「うーん、普通はいくらなのか分からないけど。あんまり安くても嫌だし、高いのはプレッシャーだよ?」
「ほう。なぜだ? 高ければ高いだけ、いいだろう?」
「うーん。だって、高いとそのお値段に見合った成果っていうのがいるでしょう? オレ、ただの四歳のガキだもん。成果って難しいよ。それに、どんなに高くたって儲けるのはこっちのおじさんでしょう? 悪いことに使われるなら、お金を渡して欲しくないなぁ」
「おい、お前! 約束が違う。高く売られるんじゃなかったのか?!」
「あっ、そうだった! お館様? やっぱり高く買ってください。 オレ、他の子ども達を逃がしちゃったから。あの子達を自由にしてあげて! 追いかけるなんてことはしないって約束して欲しいの」
オレ達のやりとりを後ろのいかにもの人達が肩を振るわせて聞いている。そんなにおかしいのかしら? 最終的にはお館様が崇拝する「閣下」と呼ぶ人が値段を決めることになるらしい。ということは、お館様も本命ではないってことだ。
オレは凄くがっかりしたけれど、美味しいご馳走を食べさせてくれると聞いたのでウキウキしながら再び馬車に乗り込んだのだった。




