227 ごめん。戻ります。
特大のライトで進路を照らす。けれど周囲は深い森。ジロウは慎重に馬車を走らせる。岩や木々の葉が馬車を擦る度に身体が宙を舞う。マリンさんたちがオレや子ども達を抱きしめて転げ落ちないようにしてくれているけれど、気を抜くと上下が分からなくなる。
そして、この道は奴らの手の中にある。逃げれば逃げるほどに、改めて実感させられる。後ろから横から、小さな槍やナイフが帆を突き抜ける。ガシャンガキンと兄さんが剣を交えて足止めされることもしばしばだ。相手はプロなのだ。幾つもの罠や仕掛けがあり、仲間が隠れている。ジロウの行く道を照らすオレ達は動く的だ。汗を垂らす兄さんと馬に金の魔力で元気づけて、ジロウにもたっぷりオレの魔力を降り注ぐ。
お願い! お願い! みんなをこのまま! 逃げ切らせて!
前方に見えたかがり火が徐々にはっきりとしてきた。兄さんは敵ではないと言ったけれど不安だ。
「あそこだ!」
「見えたぞー、油断するな-」
「隊列を崩すな! 夜の森だ! 確実に、だが、急げ――」
先頭で馬を走らせる人を見て、オレはぎょっと目を見開いた。そして、嬉しくて、ほっとして、だけど訳が分からなくって、頬をゆるゆると溶かしながら涙を流した。
「め、め、めいゆさぁあああん」
誘拐犯のごとく、馬車の帆の間からオレを引っ張り出したメリルさんが、メイド服そのままのエプロンの中にオレを連れ込んでぎゅっと抱きしめた。ああ、よかった。もう大丈夫。ここにもあった、絶対の安心感。オレの居場所。オレが帰る場所。
そんなオレ達を見て、美しく着飾った兄さんは、本物の淑女顔負けの美しさでふふと笑った。
「子らは取り戻したーー! そのまま突き進めーー! 壊滅させるんだ!」
「「「「 うおおおおおおおおおおおーーーーーーー」」」」
迎えに来てくれたのは、何とエンデアベルト軍。ディック様の私軍だ。ディック様が領にいなくなったのをいいことに、権力者達が嫌がらせや牽制をかけてきていたんだけれど、それは執事さんの指示で軍がでるほどでもなく終わっている。けれど、おそらく、帰路でもオレやディック様が何かをやらかすだろうからと、隣のトートナリック領で軍の演習を行っていたんだって。だから、伝達鳥からの知らせで直ぐに動いてくれたんだ。間に合ってよかったよ。
メリルさんはそこで指揮をとっていたんだよ。メリルさんは戦闘メイド選手権で殿堂入りを果たした強者。通常の戦闘だけでなく、隠密行動や騎士学などにも精通しているそうで、慣れ親しんでいる私軍の指揮くらいならお手のものなんだって! ちなみに王都でサンが館にいなかったのも、第二のメリルさんを目指して戦闘メイドの訓練を受けていたんだ。たまたま訓練の一環で潜っていた正教会で悪魔事件が起こったんだ。
オレ達は軍に保護されてランドに向かうことになった。ここはセントよりも遙か北西の地でコーベダ山脈に向かう深い森の中らしい。協定を結んでいるトートナリック領だからこそ、軍が在中でき、そこに犯人達が向かってくれたことで軍を動かすことができた。話を聞いてほっとしたけれど、オレにはまだまだやることがある。
「はぁー。コウタ様、お久しぶりでございますぅ。ああ、コウタ様の魔力が心地よくって! ええ、もちろん、他のお子様もお可愛らしいですし、きちんとお世話をさせていただきますけれど。ですが、まずは存分にコウタ様成分を補充させていただきますわね」
うちのメイドさんたちは時々おかしくなるけれど、大切にされるのは嬉しいことだね。オレはほっぺをぎゅうぎゅうくっつけられながら困ったように笑った。
保護された子達と一緒に軽食を食べ、追っ手は排除したとの報告を受ける。空はすっかり明るい日差しを取り戻してきた時刻だ。オレは重い腰を上げてクライス兄さんの前に歩みよる。
「に、兄さん。ごめんなさい。オレ、戻ります」
反対されると思ったのに、兄さんはオレに目線を合わせて屈むと、さらさらの金髪を耳にかけてから静かに頷いた。
「い、いいの?」
びっくりしたので思わず聞き返す。兄さんはふうとため息をついて、オレを痛いくらいぎゅーーーーっと抱きしめた。
「良いわけないよ。良くない。駄目だって言いたい。でも、ここからはコウタで無いと出来ないことだからね。父上達との約束だし。仕方なく、だよ! それに、僕の責任でもある。ごめん、ソラを連れて来られなくて」
苦々しそうな兄さんの顔。王都の暴動があった後だから、やり過ぎないという理由でクライス兄さんが来てくれた。けれど相手はずっと大きな組織だったし、予想外のことが起きて、思うような結果にならなかったと唇を噛みしめた。
ううん。兄さんのおかげで、オレ達は助かった。軍とも合流できたし。だけど、下っ端ばかりを叩いたって悪いことは無くならない。根本を叩かなくては。
子ども達を奴隷にして買おうとした組織はどこなのか? オレは本当はどこに売られる予定だったのか? オレはたくさんの人に狙われる、利用される存在なのは分かった。悪い人がいなくならないのも分かった。だけど、今、目の前で悲しくて辛い思いをする子ども達が、再び危険な目に遭うのは嫌だ。その原因を少しでも無くしたい。
だから、オレはソラのもとに戻る。オレを売ろうとする組織を倒すために。オレは誰に、何のために、利用されようとしていたのか。悪魔みたいに魔力を集めて人々から悪い気持ちを溢れさせるためだったら嫌だ。なにかの正義のためだったら、少しは力になってもいいのかな? ううん。こんな強引な方法をとる人なら嫌だな。もっと他のやり方がないか、提案してみよう。
甘いと言われるかもしれない。また身体を拘束されるかも知れない。でも、何が正しくて何が悪なのか、きちんと見極めたい。そんな気持ちが確かにあった。
オレは胸の冒険者プレートを取り出して、にっこり笑った。
そして、ソラのもとにシュンと転移した。




