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226 事態は動いた




「シィ。絶対に声を出すな! みんなも……」

 低くかすれた声。子ども達もマリンさんたちも真剣な顔で頷いた。オレはバスケットを出すように言われて、後ろ手のまま空間収納から取り出した。レイはサンドイッチやフルーツを1つずつ取って子ども達の口に押し込んでいく。その間に一人一人に小さな声で逃げる算段を伝える。


 迎えがくるには時間がかかること。合図があるまでは計画を悟られないように、目の光を消してぼんやりとやり過ごすように。その時が来たら合図をするからマリンさんについて行くこと。一人でも調和を乱す人が出たら、全員が危険になるから、命がとられること以外では絶対に犯人に逆らわないこと。


 レイは無表情のまま、音を立てずに子ども達の間を飛び回っている。咽せそうな子には水を与え、落としそうなサンドイッチを咥え直させ。観察力が凄い。立ち居振る舞いが凄い。こんなことができるなんてと、オレは嬉しかったけれど知らない人のようで怖くもあった。



 急ぎ足で走り続ける馬車は、ディック様達が予想した方向とは少し違っていた。夜には街道を使い、他の馬車に紛れて過ごすのだと言われていたが、ライトの明かりをつけたまま暗い森をひた走っている。帆が木の枝に擦られてときどきめくれあがるとドキリとする。本来ならば馬車が通るような道では無いことが、激しい揺れと転がり合う岩の音で分かる。離れていた護衛達が馬車の近くを守るようになってきたので、レイは黙って拘束具を身につけた。



 激しく揺れる馬車は随分と体力を使う。拘束されたせいでバランスが取れずに身体中が打ちつけられて痛い。この魔石だけでも外して欲しい。でも、レイは首を縦に振ってはくれなかった。エンデアベルト家で欠片を調べたら、マメが言ったとおり、この魔石は魔力を吸収するのではなく放出するもの。とっても珍しい物みたいだ。犯人達に魔石がないことが見つかると、別の対処をされてしまう。その対処法が想定外のものだったら不味いというのが理由だ。救出作戦は確実に進められている。だから、オレ一人の我が儘を通すわけにはいかない。


 馬車の揺れが緩やかになって静かに止まった。護衛の人たちが慌ただしく動いて前方で揺らめく火灯りが感じられる。きっとここで野営をするのだ。再びトイレに下ろされたら、みんな揃って晩ご飯にしようかな? それとも犯人が寝静まるまで動けないかな? そんなことを考え始めた。

 しばらくすると別の道から馬車が一台、カラコロと到着した。普通の馬車なのか、それとも仲間なのか。声を潜めて気配をさぐる。帆が邪魔で外の様子がほんの僅かしか見えない。ご婦人がうやうやしく礼をする仕草が遠巻きに見えた。


 レイと一緒にきたご婦人。サーシャ様かサン?それともミユカ? ニコルやイチマツさんでは無さそうだけれど、危険じゃないのかな? 周囲の様子は分からない。でも、まだ深い森の中だ。救助が来たって逃げられるような場所じゃ無い。オレは子ども達の様子が気がかりになってきた。


 サンドイッチを食べたからだろう。レイが自在に動く姿を見せてしまったからかもしれない。子ども達の虚ろな瞳に光が宿っている。それだけならいいけれど、緊張感が緩む。ふわりと柔らかな表情が、オレには危険を伝えていた。


 間もなくオレ達は全員そろって馬車から降ろされた。縄でつながれたまま一列になって歩かされる。小さな焚き火だけが視界を照らし、真っ黒な闇の中で男達の瞳がぎらぎらとしていた。


 怖い。


 オレが甘ったれだからかもしれない。ぞくりと背筋が凍り、相手は全てが死に神みたいに思えて足がすくんでしまう。他の子ども達も同じなんだろう。互いに肩を寄せ合って震えている。マリンさんもジルさんもルビーさんも。


 男達は一様にマントをまとい、同じような格好をしていた。大きな武器でなんとなく役割を判断する。大鎌や大剣もちは剣士なのだろう。杖は魔法使い。袋を持つ人、一歩下がって傅く人は下っ端だ。


ーーーー組織だな。プロの組織。やっかいなのはどこに通じているかだ。裏か貴族か。外国の軍なんかだと手を出しにくい。まぁ、さすがにその可能性は低いだろう。

ーーーーいや、そうとも言えない。セントから隣のトートナリック領につながる大森林を抜けると帝国に向かう船が出せる。コーベダ山を越える必要があるが、あそこは監視が薄い。ドラゴンが住むからな。

ーーーーこんな魔石が用意できるなんて、目的をもった組織だ。そうじゃなきゃ利益があわん。魔力持ちの奴隷が必要なのか? それとも……?


 ディック様達の言葉が思い出される。たいまつでじっとりと顔を見られ、熱とまぶしさでできない。何をするのか? そう思ったとき、事態は動いた。



「おい、どういうつもりだ?」

「約束だったろう? こいつは俺が貰っていく」

「手を出すなって言っただろう」

「ジュ、ジュドー、あんたなの? あたし達を売ったのね!」


 マントをかぶった男の一人がマリンさんの腕をつかんでいた。屈強な男達が周囲を固め、制止しようとしている。ふわりとマントが外れると、町で見た噴水頭だ。どうせ売るのだからいいだろうとか、ぬけがけだとか、商品が傷つくとか。マリンさんを手元に置きたい人と、そのまま人質にしたい人とが怒鳴り合って揉めている。そして、そんな男達の隙をついて一人の子が走ったのだ。


「駄目だ! 夜だ! 行くな! 」

 レイの叫び声で、男達が一斉に注目した。

「おい、逃げたぞ! 追え!」


 聞き覚えのある声に、オレは叫んだ男を見た。ウイルさん! 休憩所で一緒に食事を摂ったウイルさんだ。まさか、まさか。あのとき!


 いろいろな点が一つにつながった。優しい人だと思ったのに! 初めから計画してオレ達に近づいた。ジュドーって人とグルだった。じゃぁ町から?! オレ達を狙って?


 ぐるぐる渦巻きが起きるようにオレの頭の中は混乱している。だけど、今、そんな場合じゃ無い。


「く、くそっ! レイ! コウタ! 逃げるぞ!」

 ご婦人が振り返って走り出した。ドレスの下から長剣を取り出して、子どもを追う男の背に掴みかかり、跳び蹴りをする。反動を生かして向かってくる剣をなぎ払い、魔法使いの杖をバキッと折った。

 レイも負けてはいない。ジルさん、ルビーさん、みんなの縄をナイフで切り裂く。そして硬直している子ども達を荷台に放り込んだ。前の馬車との連結を外して口笛を吹くと、茂みの中からジロウが飛び出してくる。


「マリンさん、乗ったか?」

「ええ! みんな乗ったわ!」


 ジルさんとルビーさんが手綱を調節し、ジロウを舵に結わえ付ける。ジロウは慎重に車輪を気にしながら馬車を曳いて走り出した。ご婦人が、ううん、ご婦人に変装したクライス兄さんが馬を奪う。一人、二人、続けざまに雷をまとわせた剣でなぎ払い、ボスのような男も、蹴り飛ばして男達の中心に放り投げる。凄い! あっけに取られていると、張りのある声で進路を示す。


「ジロウ! そのまま進め! 道なりだ! 見つかっても構わん。魔法使いは進路を照らせ」

 はっとしたオレは、得意のライトでばぁっと周囲を照らす。見つかってもいいならお手の物だ。魔道具も外されて、気分は全快。



 しばらくいくと、遠くに幾つものかがり火が見えた。まだまだ森は続いている。なのに速くは無いけれど数十人規模の大群が行く手に見え、此方に進んで来るようだった。


「に、兄さん! 前方に敵だ! どうする?」

 馬車の後ろから兄さんに話しかけると、兄さんはドレスのまま爽やかに金の髪をなびかせて笑った。


「大丈夫! 敵じゃ無い。 あの光まで突き進むんだ」




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