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223 金の魔力の作り方


ーーーー来るか?


 どんな?と言われても説明はできない。だが、僅かにアイツの気配。思っていたよりも早い。さぁ、どんなやっかいごとだ?

 明け方にやっと微睡んだディックが気怠そうに体制を変えると、思った通り大きな魔力が飛び込んできて爆発をした。


ーーーーガガガッ! ドッカーーン!!


「きゃぁ!」

「……クッ」


 真っ白な光にツルンとしたスライムの肌触り。周囲に飛び散る魔石が天蓋ごとベッドを吹き飛ばし、飛ばされた破片でドアや窓がバキバキに砕けた。瞬時に反応したサーシャは布団を被り何を逃れたが、飛び込んできた幼子を抱きしめたディックは身体中に切り傷を負った。


「お、おい。ちっとは加減し……!?」


 それでも、嬉しそうに口角を上げたディックは、後ろ手に縛られ、猿轡をかまされた幼子の姿に慌てた。あまりの慌てぶりに拘束を解くどころか、破いたシーツでぐるぐるに自身もくるまってしまう始末。


「どうした? お、親父?! コ、コウターー?」

「えっ? コ、コウちゃん!」

 父親を足蹴りし、破られた布団と羽毛からコウタを掘り出したアイファが自慢の馬鹿力でフンッと拘束を解くと、真っ青な顔をした愛しい弟が漆黒の瞳からぼたぼたと涙を流してすがりついてきた。


「ご、ごめなさい。ごめなさい。 オ、オレ、ごめさいだけど、た、助けてく……だ、さ、い。た、助、けて。マリン、さん、と、子ども、子ども。お願い! ごめさいだけど、お願い!」


 息も絶え絶えに呟くと、くらりと背をそらせて気を失った。スライムのプルも、潤んだ透明の柔らかい肌に干涸らびたような白筋を幾つか浮き上がらせ、コウタと共に弾んだかと思うと、身体を預けて動かなくなった。


 爆音を聞いて駆けつけてきた家族は、想定外の深刻な事態に顔を見合わせた。そしてマメを呼び出そうとしたが、出てきたのはガタガタと震えるスカだった。



■■■■


 はっ! オレ、オレ寝ちゃってった!


 不味い! その感覚だけで身体を起こすと、視線の先には大好きな人達が集まって深刻な表情で話し合っている。再び会えた喜びと、自分勝手に出て行った申し訳なさ、そして、きっと今、自分のために動こうとしてくれる気持ちに涙が溢れてきた。


「おっ、目覚めたか。案外早かったな。まずこれを飲め」

 分厚い大きな手の平で支えられ、うずきながら小瓶の液体を飲む。甘い、酸っぱい、辛い、苦い。決して美味しくは無いけれど、じんわりと身体に染み渡り光を帯びた様な気がした。


「よかった。痛くはない? 大丈夫? 寝ていた時間は十分程度よ。きっとまだ大丈夫」

 サーシャ様に抱き上げられて、思ったよりも時間が経過していなくてホッとした。だけど、一刻の猶予も無い。オレがいなくなったことが犯人達に見つかったらと思うと、いても立ってもいられない。力が入らない手足を精一杯にバタつかせて、事態を説明しようと口を動かすけれど、もつれてもつれて、上手く話せない。


「レイリッチ。頼めるか?」

「………。」

 オレの顔をちらりと眺めたレイが、オレと似たような服装で立っていた。そして、レイの髪が炭をかぶったように黒光りを帯びている。


「猶予がないのは承知。だが、お前にはきちんと説明がしたい。しばらくレイがお前の代わりを務める。だが……」

 何を言っているのか? オレのピンチが伝わったのか伝わっていないのか、分からない。ただそこにいるレイがオレの代わりを務めようとしている。オレの? 掴まったオレの代わり?


「だ、駄目! 危険だよ! オレの代わりなんか駄目だ」

 するとレイが厳しい顔をしてオレに食ってかかる。


「俺はお前の下僕だ。主人の代わりに行くのは当然だろう? そんなに嫌なら、なぜ下僕にした! お前が勝手に、俺の気も知らずに売ったんだ。嫌でも行かせてもらうからな!」

「う、売るなんて……。そんな、そんなつもりじゃ」

 うろたえたところで、キールさんがストップをかけた。


「今は争っている時間は無い。そうだろう? コウタ。 俺達が知りたいのは、プルが何回、転移できるかってことだ。連絡ひとつ取るにしたって遠すぎる。プルの体調も悪そうだ。慎重に確実に教えてくれ」


 プルちゃんの体調が悪い? 

 言われて気づいた。さっきオレと一緒に全力で魔力を込めたからだ。全力の魔力で魔石を壊してここに来た。じゃぁ、プルちゃんは魔力切れ?

 スライムの魔力なんて考えたことが無かった。だけど確かに転移は大きな魔力が動く。今までは回数なんて考えたことは無かったけれど、オレの腕の中で弱々しくプルルンとしているプルちゃんは、いつもより透明感が無くて、白く硬い筋がひび割れのように蔓延っている。


「プルちゃん! 待ってて! 回復す……」

「駄目だ!」

 伸ばした両手を持ち上げたのはクライス兄さんで、その目には怒りの炎が宿っていた。さっき飲んだのは魔力回復薬。ナンブルタルで回復薬を飲んだオレが酷く痛がっていたのを思い出し、飲ませようかどうか随分迷ったらしい。でも、例え痛がったとしても魔力が底をついた状態よりはいいだろうとの判断だった。そんな状況のオレが魔力を使うことを反対しての行動。でも、でも、それじゃぁ、今のプルちゃんでは転移は無理だ。


『プ、プル、プルル……』

 プルちゃんは健気にソラやマリンさん達のために頑張るって言ってくれたけれど、こんな状態のプルちゃんでは、もしかして消えてしまうんじゃないかと不安になる。すると、ディック様達が囲んでいた机の中心から生き生きとしたスカが飛び出してきて教えてくれた。


「主! プルは俺様と一緒だぜ。主の金の魔力さえあればいくらでも元気になるし、何度だって転移が出来る。そうだろう?」

『プ、プルンル!』

 きらん、と一瞬だけ。オレにすり寄ったプルちゃんが水色の身体を光らせた。


「だ、駄目よ! コウちゃんだって魔力切れなの! そんなコウちゃんの魔力をあげるなんて無理よ! あなた! 作戦は変更! こうなったらワイバーンのブレスで辺り一帯を焼いてしまえば解決よ」

 うろたえたサーシャ様がとんでもないことを言い出した。焼いちゃえばって……。それじゃ、誰も助からない。でも、でも、オレを、こんなオレをまだ大事にしてくれるんだ。サーシャ様の深い愛情を感じてオレの身体がじゅわわと温かくなった。


 うん。オレは知っている。金の魔力を満ちあふれさせる方法を。オレの魔力漏れが無くならないのも、オレがいつもやらかしちゃうのも、オレがオレらしくいられる場所があるから。


 オレはサーシャ様にぎゅっと抱きついて、みんなの方を振り返った。そして、そして。溢れる涙をそのままに思い切り笑った。


「金の魔力ならすぐに溜まるよ。ねぇ、サーシャ様。ちょっとだけ、恥ずかしいけど、許して貰える?」

「えっ? あの、ええ。 コウちゃんの恥ずかしいこと? ええ、いいわ! ちょっとだけなんて言わなくて、うんとうんと、甘えていいのよ」

 みんなの前でするのは凄く恥ずかしいけれど、サーシャ様のお胸の谷間にオレはちょっとだけ手を入れて顔を埋めた。母様と一緒。甘くて柔らかくて、心臓の鼓動が感じられて安心する。ほら、恥ずかしいけれど金の魔力、溢れてきたでしょう?



「クラ兄! アレやって! いつもの」

 そう言って万歳をすると、クライス兄さんは意を汲んでオレを持ち上げた。オレのお腹に顔を埋めてすうはぁすると、うふふ、くすぐったいよ。オレは身体をよじってきゃぁと笑う。


ーーーーふわふわ きらららら

「「「「 お、おお……。す、すげーな 」」」」

 みんなにも見えるのかな? 周囲に広がる魔力にディック様達が目を見開いた。


 次はアイファ兄さんに飛びつく。アイファ兄さんは長い手足を使ってオレを捕まえようとするけれど、オレは簡単には掴まらない。走って、飛んで、抱きついて! ほら、ほら、アイ兄の身体鬼ごっこは全身でぶつかれるから楽しい! ぎゅっと抱きついて、ぺたりと頬をくっつけて。

ーーーーふわふわ、きららららら

『プキー、プルルルン、プル~! 』


 溢れ出た魔力でほら、プルちゃんがつやつやに光り出した。もっともっとオレの魔力を浴びていいよ。たっくさんたっくさん食べていいよ。だって、オレ、こんなに嬉しい。涙と同じくらい、嬉しいと安心と大好きが溢れているから!


 キールさんもニコルも、タイトさんもイチマツさんも、サンもミユカも。

 みんな、みんなと抱っこして、頬をくっつけてきゃっきゃっと笑えば、ほら、執務室なんか簡単にきらきらで溢れちゃう。


「コウタ、俺には、その、俺んとこには来んのか?」

 しびれを切らしたディック様が、太い指をくねくねと折り曲げて、オレが抱きついてくるのを待ち構えている。行くよ、もちろん。だって、だって、そこが一番行きたい場所だから。


「ディ、ディック様。ごめさい。ごめさい。オレ、ディック様、ううん、父上が好きなの。やっぱり、やっぱり父上が、父上のところがいいの。子どもで無くてもいいから、オレのこと嫌いでもいいから……。ごめさい、ごめさい。オレ、帰ってきてもいいですか?」

「お、お前って奴は。まだまだガキだなぁ。大事なことを言おうとすると言葉が抜ける。だがな、オレがお前を嫌いになることなんかない。半身なんだよ。お前は。言っただろう。お前は俺ん子だって。アイファとクライスとコウタ。誰がどんな邪魔をしたって、たとえ誰かが悪魔になったって、俺の子だ。愛しい。大事なんだよ」

 

 伸ばされた手に、思い切り身体を預けた。ほら、痛いくらい抱きしめられても、その手は温かで優しくて絶対の安心感。泣いて泣いて泣いて。おひげがチクチクして、くせっ毛が涙でくっついて、漢っぽい臭いに鼻がつんとなるけれど。嬉しくて嬉しくて、幸せで安心する。


 ほら、ほら! 

 プルちゃん、いっぱいいっぱい取り込んで! 

 オレの金の魔力を。

 オレの幸せの証を。 

 お腹いっぱい食べていいよ!



 いつもどおりに、ううん、いつもよりピッカピカの透明な水色に艶めいたプルちゃんは、レイを飲み込んでシュンと転移した。そして、間もなく嬉しそうに弾みながらオレの手の中に戻ってきたんだ。



 





 

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