222 拘束
がたんたがん。
規則正しい馬車の揺れに少しずつ覚醒していく。
あれ? もう出発したの? オレ、いつの間に寝ちゃってたの?
寝返りを打とうとしたけれど、打てない。狭い場所。天井が迫っている。だけど隣には、この服装はマリンさん。あれ? 後ろにも誰か寝ている。 ルビーさんともジルさんとも違う。子ども?
おかしい!
はっと目を覚ますと手足が縛られ、口には布が噛まされていた。ジロウは? ソラは? プルちゃんは? そう思ったところで、マメがオレの前に座った。
「主、静かに! よく聞け!」
低い響きに、緊張が走る。大きな馬車の音。床板の隙間から漏れ入る薄明かりがどんどん後ろに流れていく。
「上玉がはいったからな。追いつかれる訳にはいかん」
「大丈夫ッス。 指導を受ける冒険者が抜けるってことはよくありやす。しかも、商隊に気に入られたと伝えてありやすから。まさか奴らも商隊の馬車を覗くことはありますまい」
「そうそう。あのガキは、蜂蜜を売っていたっスから。別の商隊に気に入られたって言っても、納得されてたっスよ。追手なんて来ません」
「なら、いいが。今回の取引は大きくなる。お前ら、しくじるなよ」
「もちろんっス」
まさか?! まさか?!
誘拐? オレ、誘拐されたの。マリンさんたちも? ここにいる他の子も?
マメの頷きに確証を得ると、急に不安が襲ってきた。 どうなる? どうなる? ううん、オレはいい。一人だもの。だけど、マリンさんたちは? この子たちは? どうなるの? どうしたらいい? 助けなければ。 でも、どこに? 安全な場所はどこ? どうすればいい? どうしよう、どうしよう。
ふがふがともがいていると、マリンさんが足でオレをつついた。目を合わせ、無事を確認する。ううん、無事じゃ無いけれど、とりあえず大きな怪我は無いみたい。白々と夜が明けていくのだろう。少しずつ明るくなる視界に入ってきたのは、うつろな目をしたオレくらいの歳の汚れた子ども達が五人。そして拘束されている『きらきら流れ星』。森に入ったのか漏れ入る光がまだらに陰っている。
『ソラ、ソラ! 大丈夫? どこにいる?』
友情で、魔法でつながっているソラの気配を探ると、すぐ近くに弱々しい気配。ソラは無事だ。でも、魔力や生命力が吸い取られていくようで力が出ない。オレだけでも脱出するようにって言った。
『ジロウ! ジロウ! 聞こえる? ジロウは大丈夫?』
ソラの方が繋がりが強いのだけれど、ジロウからはすぐに反応がある。
『コウタ! おはよう! 今日もいい天気だよ。 僕、ちゃんと新しい馬車を守っているから安心してね』
『あ、新しい馬車? どういうこと?』
誘拐犯はオレ達の事情に詳しいようだ。薬で眠らせたオレ達を馬車に運んだ後、ジロウには行き先を変更したと伝えたらしい。ジロウはそんなものかと思って、昨日同様、馬車の護衛をしている。オレ達が拘束されていることも知らずに。誘拐された、拘束されていると伝えたら、すぐに馬車を破壊して助けると言ってくれたけれど、子ども達やマリンさんが怪我をしたら駄目だ。それに、ソラの状態も心配だし。そもそも、こんな人数を運び出すことは難しい。しばらくは知らんぷりをして犯人の言うことを聞くように伝えた。
間もなく馬車が止まると、オレ達は一人ずつ外に担ぎ出された。一切れの果物が口に放り込まれて、そしてトイレに行けと指示される。既に失敗している子は臭うからと水を浴びせられた。そしてまた馬車の荷台に載せられる。
馬車は底が二重になっていて、男達はオレ達を狭い底板に押しつけると、上から大きな板をかぶせ、さらに重い荷物を載せた。二重底の馬車。身動きが取れない訳だ。果物を口に入れたということは、到着までに時間がかかり、生きた状態で運びたいということだろう。子ども達の瞳に生気がないから、随分長く閉じ込められているのだろう。馬車はどこに向かっているのだろう。
「あんた達! こんなことして無事でいられると思ってるの?」
「うっせー! 大人しく寝てやがれ!」
マリンさんの激しい怒号が聞こえた。でもその後、ドカン、ガシャンと乱暴な音がして、気を失った少女がオレの横に転がされた。
「へへへ。悪く思うなよ。お前達は大事な商品だからよぅ。娼館に売ったら高値がつく。お前達も勝手に手ェ出すんじゃねぇぞ! 値が下がる」
「へ、へい!」
ぞくりとする気配を残して、馬車は再び走り出した。このまま運ばれたら不味い。それだけは確信している。どうすればいい? どうすればいい? 考えれば考えるほど、出た答えは一つ。オレでは無理だと言うこと。そして、いつだってどんなときだって、無条件にオレを助けてくれる人の顔を思い出す。
『スカ! マメ! ソラを、ソラを探して! 』
馬車の暗闇に乗じて自由に行き来しているマメは、既にソラを見つけていた。御者の後ろ。荷車の前に据えられた小さな馬車の中の鳥籠だ。マメが言うには不思議な魔石が取り付けられていて、それが魔力を吸い続けている。まるで悪魔の首飾りの時のように。魔力を持つ美しい鳥だから貴族が喜んで高値をつけると首謀者がうっとりと眺めているそうだ。
魔力!
魔力を吸い取られているから、ソラは動けない。しかも常に見張られている。オレは諦めてスカとマメに影に潜んで見張るように頼んだ。マメは悪意が満ちあふれる場所だから嬉しいと大喜びけど、スカは可ガチガチと歯を鳴らして怖いと言ってオレの影に潜った。
『プルちゃん、お願い! 一緒に来て!』
プルちゃんに頼んで、助けを求めに転移することにした。幸い、プルちゃんはオレの鞄の中で小さくなって震えていて、オレは肩にかけた鞄ごと縛られていた。助かった。行くよ!
でも、でも! あれ? 変だ!
転移できない! 魔力が、魔力が、吸い取られる!
プルちゃんと力を合わせても、魔力が手元に吸い取られていく。オレと一緒にプルちゃんの一人と一匹の魔力が丸ごと。後ろ手に縛られた手でまさぐると、拘束の縄に石が巻き付けられているみたい。これがきっと魔力を吸うんだ。そして、オレと一緒にプルちゃんの分まで吸っている。すごく強力だ。
どうしよう! 転移が、転移もできない!
このまま、悪い奴の言いなりになるの? みんなで売られていくの? 売られた先で子ども達はどうなる? 不当な扱いを受けることは決まっている。駄目だ! 嫌だ! そんなのは許せない!
「主、落ち着け! この石は、たいした大きさじゃ無い。コイツは魔力を貯めちゃいない。吸い込んで周囲に放出しているだけだ。 主とプルで壊れるまで魔力を放出してみろ。 吸い込める限界量を超えれば、こういう奴は外れるんじゃないか?」
さすが、マメ!
きっとそう。
とにかく今の状況を変える!
たとえ魔力が尽きたって、誰かが知らせに行かないと助からない! 馬車はまだ走り出したばかり。きっとしばらくはこのままだ。だから、だから今がチャンス!
オレとプルちゃんは大きく息を吸うと、全速力で走るかのように背の石に向かって魔力を注ぎ込む。どうかどうか、オレの身体があの人のところに届きますように!




