221 普通の旅は難しい
『起きて! コウタ! ジャイアントビーの巣があるよ』
初めの休憩所で、堅めのパンと果実水で腹を満たしたオレは、プルちゃんを枕にうとうとしていたところをジロウに起こされた。
「う……ん? ジャイアントビー?」
『そう! 採ってきてもいい? いい匂いだよ。 僕、もう待てない! 』
嬉しそうに見開いた金の瞳にオレの頭も覚醒する。蜂蜜! 蜂蜜だ! こっくり頷いたけれど、今は団体行動の馬車の旅。リーダーのコウザさんに報告して許可を貰うよ。
「な、なにぃ? ジャイアントビーの巣だと?!」
クワッと開いた瞳に、オレは両手を握りしめて期待した。まだ出発まで時間がある。すぐそこだから、大丈夫、間に合うよ! そう思ったのに、すぐに背をつかまれて馬車の中に固定される。あれれ?
「みんな! 悪いがすぐに出発する。 未確認だがジャイアントビーの巣の報告があった。真偽を確かめる危険は冒せん。 静かに、気取られないように支度をして馬車に乗れ!」
ちょっと、待って! 蜂蜜! 蜂蜜だってば! オレとジロウで行けるから! つけられたベルトを急いで外し、大丈夫だと訴えるけれど、みんな顔面蒼白で怯えている。 たかがジャイアントビーだよ? 大きいハチだからまとめてザクって一凪だし、オレとジロウなら氷魔法で一瞬なんだってば! オレが回収された姿を見たジロウは、素早い判断で単独行動。一瞬にして巣を氷漬けにして持ってきてくれた。
「あ、ありがとう! ジロウ! じゃあ溶かすよ!」
巣ごと、ううん、巣と周辺の木々と攻撃するジャイアントビーを巨大の一塊の氷山にして、引きずってきたジロウ。さすがの馬車ほどの大きさに、悲鳴が響き渡ったけれど。うふふ、そんなに褒められちゃうと照れるよね? ジロウの爪で一振りすれば、巣と魔物と木が上手に割れた。ジャイアントビーはプルちゃんに突っ込む。スライムだもの、なんでも食べるその身体は、針や素材だけペッと吐き出してご満悦。凍った蜂の巣は酒樽ほどの大きさ。たっぷり蜜を蓄えている。ジロウにざくりと割って貰って、卵や蜂の子は素材になるから凍ったままで収納に。蜂蜜は今食べる分だけ細かくして、さあ、みんなもどうぞ!
「はぁ? えっ? い、いいの?」
溶けかけた蜂蜜はとろり甘くてアイスのようだね。馬車に乗り込んだみんなは遠慮がちに一口ずつ。護衛の皆さんも商隊の皆さんも、さぁ、どうぞ。ジロウにはご褒美にたっぷりだよ!
「す、素晴らしい! 凍った蜂蜜が、このように美味いとは。それに、凍っても柔らかい。発見じゃ!」
たわわに髭を蓄えたおじさんは、ハンジョウ商会の大旦那さん。冷却魔石付きの箱を持っているから、凍った蜂蜜や素材を買いたいと申し出てくれた。でも、箱はそんなに大きくないから三分の一くらいしか入らなくって。まぁ、結構、お金もいただけてホクホクだ。
出発にはまだ早いけれど、みんな準備が出来てしまったからと出発だ。護衛さんたちは交代で、『きらきら流れ星』のメンバーも御者横と帆の上で警備にあたる。
しばらくすると口笛の音だ。さほど、遠くない場所で魔獣がでたから止まれとのこと。対応はCランクの『夢の志士』。どんな魔獣かな? ジロウが反応しないから、たいした魔獣でないのかな?
「す、凄いわ! 私たちもあんな風になれるのかしら?」
帆の上で様子を見守るマリンさんたちが興奮している。開けた草原だからオレの場所からもよく見える。ワジワジだ。前にニコルに教えて貰ったとおり、足を一本ずつ切る戦法で危なげない。えーと、さすがCランク? あれれ? 思ったよりも時間がかかるなぁ。 ニコルは蹴っ飛ばして瞬殺だったけど。 それがランクの違いかなぁ?
道中はいたって順調。幾つかの休憩を経て、最後の野営の場所に到着した。簡易の柵と結界石の杭がある大きな休憩所。この前、アイファ兄さんとオレがやらかして更地にした場所だ。すっかり夏めいて下草が生えてきたし、立派の炉やベンチもあって、しっかり整備されている。中央付近に商隊の馬車、そこを避けるように乗合馬車が陣取る。他の街道からきた馬車が幾つかある。賑わっている様子を見て、オレ達のやらかしも悪いことばかりじゃ無いと頬が緩んだ。
「コウタ君、こっちよ! コウタ君、迷子になったら大変でしょう? ほら、隣にテントを建てていいわよ」
ルビーさんが誘ってくれたから、喜んで隣にテントを建てる。すると、ルビーさんが頬を寄せて内緒話だ。
「うふふ。コウタ君のおかげで、私たちもほら! 収納袋が買えたの。だから見て! かっこいいテントでしょう?」
オレのテントより少し大きい、床敷がふかふかしたテントだ。よかったね! でも、収納袋のことは秘密なんだ。 秘密の共有は嬉しいね。じゃあ、そろそろご飯にしよう。 早く食べないと、オレ、寝ちゃうから。
休憩所に備え付けてある炉は商隊が使うので、オレは土魔法で炉を作る。その炉にジャイアントビーを狩ったときにジロウが持ってきてくれた木を魔法で乾燥。ほら、ちょうどいい薪だね。土を固めて作った小鍋を乗せて、お水をとぽとぽ。魔法って便利だ。
『コウタ! お肉、お肉焼いて!』
『プルルン、ピン』
ジロウとプルちゃんが持ってきたのはスースだ。どこで獲ってきたのか? ほどよく肉塊になっているから、小骨は鍋でスープにしよう。お肉を焼く、石板も作らなきゃね。
「ちょっ! コウタ君、何してるの? 火、火なんて……あ、危ない」
うん? マリンさん、泳ぐ目線と言葉が合っていないような?
「大丈夫! オレ、初めてじゃないから。ねぇ、一緒に食べよう!」
スープにポトン、入れたのは保存食。固められた雑穀がスープを吸って柔らかくなっていく。隣の炉ではお肉を丸ごと焼いてみるけど、スースの脂がしたたってパチパチと弾けている。
「あっ! アチッ、アチチ」
「「「きゃっ! 美味しそうだけど、熱い。ねぇ、ひっくり返さなくっちゃ」」」
しまった! トングもフォークも持っていない。土魔法で作っても、丸ごとスースは重くて折れてしまいそう。香ばしい匂いが、どんどん濃くなって、ジロウがよだれを垂らしながらハラハラしている。ど、どうしよう?! 木の棒じゃぁ、燃えちゃうし。
茶色の煤が出始めたところで、長剣で持ち上げられたお肉。『夢の志士』のメンバーの一人だった。
「ここは広い休憩所だけど、焦がすのはよくないなぁ。外に匂いが飛ぶと魔物が寄ってくる。でも、可愛い子ばかりのキャンプだ。まぁ、それも許せちゃうけどね」
ウイルさんと名乗った青年は、長剣を器用に使って薪を掻き出して火を弱め、焦げた肉を薄くスライスして食べやすくしてくれた。ほどよく火が通った部分を鉄板に上に。中心の火の通りが弱いところをジロウに。ウイルさんが投げると、ジロウは大喜びで飛びついた。
「一枚もらうよ」
そう言って、美味しそうにスースの肉を食べる。
「あ、ありがとう。一緒にどう?」
マリンさんが声をかけると、ウイルさんは嬉しそうに頷いて座り込んだ。
「ごめん。助かった。実は声をかけて欲しくてさ」
照れたように頭を掻いたウィルさんは、懐から魔石の付いた水筒を取り出した。どうぞと差し出されたので、コップの水を飲み干して注いでもらう。白い液体。これって、これって?! 見上げると、お目が高いと目を細めた。ブルのミルク。懐かしい濃いミルクにオレはうっとり。ソラも呼んでみんなで美味しくいただいたよ。
セントの町はモルケル村に近い。ここに来る前にウイルさんは村に寄っていたんだ。ウイルさんはCランクパーティの『夢の志士』メンバーだけれど、考え方や戦闘スタイルの違いで仲間と上手くいっていないと恥ずかしそうに打ち明けてくれた。だから、どこかで一緒に食事をとってくれる人を探していたんだって。
ウイルさんの保存食もスープに追加して美味しく分け合った。ウイルさんの冒険の話は面白くって、特に急流を下った話やワジワジに囲まれたときの話がおかしくって、たくさん笑った。マリンさんたちも柔らかなウイルさんの物腰に安心したのか、たくさん質問をして、いつしかオレ達はそのままぐっすりと眠ってしまっていたんだ。




