021 誘拐されかけた?
ーーーーこの人。
ーーーーそうだ!
明るい日差しを浴びて金に染まった栗毛色の髪の青年。オレは即座に跪く。
「お初にお目にかかります。コウタと申します。ディック・エンデアベルト様のご子息とお見受けします。ディック様には危ないところを助けていただき、感謝申し上げます。不詳者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
ぷぷぷ、ククク、ヒヒヒ、ハッハッハッ!
盛大な笑い声に顔を上げると、声も無くパクパクと宙を噛む青年と、お腹を押さえてしゃがみ込むお姉さんとお兄さん。
肩を震わす執事さんに、思いっきり腹を抱えて笑うディック様がいた。
サロンに集まったお客様ご一行はお茶会を始めた。でも、オレは今、ディック様から貰った毛布を頭から被り、ラビの腹の下に潜って拗ねている。
だって、だって……。
渾身の挨拶を笑われたたんだもの。しかも初対面のお兄さんやお客様にオレを紹介する時に言う? こんなこと?
「これがコウタだ。多分、お嬢じゃねぇ。面白れぇから色々探せ。」
多分? お嬢? 面白い? 普通は元気な子、とか、いい子とか、かっこいいとか? いいところを伝えるでしょう? なのに、なのに……!
栗毛のお兄さんは、不機嫌そうに辺りを見回して言った。
「あの挨拶、誰が仕込んだ? 親父にゃ無理だよな? だって出来ねぇもん。セガさんのわけねぇし。どう言うつもりだ?」
「コウタ様の賢さの一端に過ぎません。アイファ様もお出来になるはずですから、手本となって頂きたいものです」
メリルさんが紅茶を出しながらピシャリと言う。
「コウタ様はお食事も美しい所作で召し上がりますし、使用人達にもお優しくご立派に接されます。身嗜みもきちんとしておられますが……、ええ、何よりこんなにお可愛らしくてお小さいですから。お兄様、お姉様方、どうぞ色々教えて差し上げてくださいませ」
メリルさんのニッコリ笑顔に引き攣った若者達が、そそくさと話題を変える。
「えっと、ちびっ子、アタシがニコルね。旦那様に拾われたから、一応、ここに部屋も貰ってるの。よろしくね」
そういうとニョロニョロっと小さな灰色の蛇を見せてくれた。
「コイツが相棒のヘビ。モグリヘビって魔物だけど、大人しい奴だよ。草食だから木の実とか葉っぱを食べる。噛ませないけど毒持ちだから気をつけてね」
わあ、お姉さん、従魔術士だったんだ! 触っていいかを聞くとディック様もニコルも頷いてくれたので、ラビから脱出してそっと頭を撫でた。ソラにするように指で擦ると目を細めて喜んでいた。
可愛いなぁ!
オレの機嫌はニコニコの方に一気に傾いた。
ラビはオレから解放されてホッとしたのか、扉の前まで逃げていった。
「俺はキール。アイファとは学生時代の仲間だ。魔法使いだが、ここにいる間は剣の腕を磨きたいと思っている。さすがにディック様には畏れ多いが兵をお借りできたらと思う」
切れ長の目のお兄さんは、ふうと長い前髪を吹き上げて、優しそうな口調で話した。
「何だよ。遠慮するな。いつでも誘え! 俺だって一戦交えたいんだ。仲間外れは辛えよなっ?」
オレの同意を求めながらディック様は乗り気だ。でも執事さんのこめかみがピクピクしてる。何なら今から手合わせしようぜって勢いだったけど、キールさんは魔法使いだからディック様は勘弁して欲しいとお断りをしていた。
「それにしてもさ、この子、かなりまずいね。可愛すぎるし、無防備だ」
「そうだねぇ。 簡単に信用するし……。ほら、気付いてもいないよね?」
ニコルとキールさんがオレの方を見て、意味深な顔をする。ディック様は既に両手で顔を覆っている。
何のこと?
全く心当たりがなくキョトンとするオレに、アイファ兄さんがずいと近寄り、紅茶に添えたスプーンをオレに向けてとびきり悪い顔をした。
「いいか、よく聞け! お前は今日、誘拐されかけたんだぜ? しかも三度も! 分かってるか?」
誘拐? 何それ?
そんな怖いことになったら誰だって気がつくし、逃げるよ? 訳が分からず首を傾げる。
「いくら、使用人と知り合いだからって初対面の相手に身体を預けて抱っこされるのはどう? アタシがあんたを抱っこして、そのまま馬車に乗せたって、あんたついて来たでしょう? まぁ、その鳥がヤバそうだから辞めたけど……」
ニコルが呆れたように言う。
「お前、馬にも平気で乗ったよな? 俺が向きを変えて馬を走らせたら、わぁ凄い、気持ちいい、なんて言いそうな態度だったけど、違うか?」
……うっ、そ、その通りです。
「その鳥が邪魔したから辞めたけど、馬鹿な悪い奴なら、あっという間に街道まで連れて行くよ?」
そうなんだ。ソラ、守ってくれてありがとう。オレ、誘拐されちゃう所だった。
「っで、三回目は俺。口を塞がれても抵抗しなかったろう? まずは暴れろ! 音を出せ。人形のようにブラりんじゃ、あっという間に鞄の中だぜ?」
「お前はソラに阻止されたじゃねぇか」
ディック様が突っ込む。
「鳥のことなんて聞いてねえぜ? 卑怯じゃねぇか」
反論するアイファにニヤニヤするキールさん。
ニコルが笑う。
「まぁ、アイファは気配に疎い、真っ直ぐ馬鹿だもん! だからちびっ子、あんた、助かったんだよ」
ニコルにワシワシと頭を撫でられる。う……、嬉しく無い。
「何にしろ、来てくれて助かるぜ。しかし、普通に帰って来れないのか? 言いたいことは色々あるが……、詳しいことはアイツらが来てからになる。とりあえず、こいつを頼む」
全然フォローをしてくれないディック様にオレは頬をぷうと膨らます。
バチン!!
膨らんだ頬を両手で潰されたオレは涙目だ。
「いひゃい……」
「ククク、その顔! ずっとそうしてりゃ、可愛らしさも随分マシじゃねぇ? あはははは!!」
オレは口の悪いアイファ兄さんとは仲良くなれないと思った。