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213 ありがとう。 そしてーー


 今日()王様がやってきた。オレのお願いを実現するためだ。

 早朝から押しかけてきて、みんなと一緒に朝食を食べる。悪魔が教皇に成り代わっていたり、正教会系列の孤児院での不祥事が明るみになったりとディック様達の頭を悩ませる案件が多数あって、どうやら極秘会議の場所をエンデアベルト家の近くに設けているらしい。ついでだと、昨日もその前もオレの顔を見に来ている。


 オレと王様の秘密の約束。それはパーティーをして欲しいということ。そんなに大げさなもので無くていいのだけれど、人々の悲しみや辛い記憶を塗り替えるような、王都中が盛り上がるようなパーティーをしたいって頼んだ。学校区の工事が随分進んだから、その日は既に決まっていて、打ち合わせにも終わりが見えてきた。父様と母様と山で王様をもてなした記憶をフル活用して、たくさんのイルミネーションで王都の空を彩ってもらうんだ。打ち合わせは楽しいけれど、その日を終えたら『砦の有志』のアイファ兄さん達は旅にでる。うれしさとさみしさが同時進行だね。


 だけど、オレの心はちょっと揺れている。


 ねぇ? 幸せってどんなことだと思う?


 オレは父様と母様と別れて、ひとりぼっちになってディック様に拾われたけれど、不幸ではないと思っている。優しい人たちと巡り会って、たくさん守って貰って、大好きをたくさんたくさん見つけたんだもの。ジロウとの出会いも、プルちゃんとの出会いも、ドッコイとの出会いも。まぁ、スカとかマメとの出会いは()()だけど、それもまあ、よかったって心から思う。


 楽しいことも楽しくないことも、遊びだって勉強だって、それなりに大変なこともある。こんなこと、比べることじゃないことも分かっているけれど、オレは凄く恵まれていて、たくさんの幸せをあじわっている。だけど本当に幸せになるべき人が幸せになれているかっていうと、どうしようもなく泣きたくなる。


 レイの消息は、多分、ディック様が、ううん、ニコルがつかんでいて、息災であればいいなと心から願う。どうか、どうか、レイの心が悲しみと憎しみに染め上げられてしまいませんように。未練がましいって思われるかもしれない。どうしてレイだけ?って思われるかもしれない。だけど、一度燃え広がった炎が簡単には消えないのと同じで、心の中でくすぶっているのだもの。どうしようもない。だから、ごめんなさい。 オレ、決心したんだ。


「コウタ、この古代遺産なんだけど……」

 最近、クライス兄さんは古代語のこととか古代遺産のことをオレに尋ねるようになった。千年前と推察されるオレの知識が、兄さんの研究に役に立つんだって。マメだって知識はあるけれど、彼は気まぐれだし、下手にでて弱みを握られても困る。狡猾っていうのかな? そんな感じ。 そして、女神の遣いとして崇め奉られていたスカは、飽きたといってマメと共にオレの影に潜むことを覚えてしまった。大抵は寝ていて、都合よく起きてくる。スカが言うには、長寿の種族だから燃費が悪く、たくさんの睡眠が必要なんだって! 学校区で力仕事のお手伝いをしているドッコイも、半日は眠っているから納得なんだけれど。


 コツン。

 ペン尻でおでこをつついたクライス兄さんが、紅茶色の瞳をぐっと近づけてオレの顔をのぞき込んだ。

「コウタ、大丈夫? なんか最近、悩んでる? 元気がないよ?」

「な、なんでもないよ! オレ、元気いっぱい! ほら!」

 椅子に立ち上がって宙返りをして見せたのに、クライス兄さんはフーンと含み笑いをした。


 くしゃと髪をかき混ぜてから椅子に戻って、机上のキャラメルの包みを外して口に入れてくれた。そんなに見つめられると、決心が鈍る。見通されそうな瞳を誤魔化すように、空間収納からチェーリッシュの実を出して、兄さんに投げた。 口でキャッチして美味しそうにほおばると、さっきのキャラメルの包みに種を出す。子どもみたいだって、ふふと笑みを溢した。


「ねぇ、コウタ。冒険者になって、何がしたかったの? うん、まだ続けるとは思うんだけどね」

 突然の質問にどぎまぎ。強くなりたいなんて、こんなに強い人たちに言ったら笑われちゃうかもと言葉を選んでいると、突拍子もない言葉が続いた。

「お金、欲しかったの?」

「えっ? ええーー?!」


 そんなこと、考えたことなかった。確かに、レイと出会って、レイの暮らしがよくなるようにって、お金になることはないかなって石を売ってはみたけれど。でも、でも。冒険者になって、確かにオレはびっくりするような金額を稼いでしまったわけで。(貴族の生活からしたら端金だけれど)そういう考えもあるのかと、目を丸くする。


「ふふふ。ごめん。違ったみたい。でもね……」

 そう言って席を立った兄さんは、サロンの奥の棚から小さな袋を取り出して再び席に戻った。


ーーチャリン。

 音を立てて、オレの前に転がした一枚の金貨。

「あの、これは?」

 うわ目遣いで兄さんに聞くと、さらさらの髪を耳にかけたお得意の笑顔で不敵に笑った。


「コウタをべろんと舐めたあと、牛が出すミルクの増量分。たった一日分だけど、牛一頭につきだからね。村中で毎日って考えたらどう? すごい金額じゃない?」

 クライス兄さんの珍しいドヤ顔にオレはただ戸惑うばかり。

「それって、オレのせいって決まってないでしょう?」

ーーーーチャリン、チャリン。

  今度は大金貨が二枚。


「これなら、コウタのせい、ううん、おかげって言えるよね? キャラメルの発明。僕たちにはすっかりなじみだけど、王都で大流行の貴族の甘味だ。コウタには悪いけれど、みんなで相談させてもらってね、レシピを公開したんだ。一店舗のレシピ代がコレくらい。うーん、今は何店舗が扱っているか分からないけれど、地方にも広がっているからね。白金貨がどれくらいになっているかなぁ?」


 レシピはサンドイッチだったり、蜂蜜チーズのパン粥やお子様用の甘口カレーも公開されたんだって。チャリンチャリンと金貨を広げて、最後は袋が空っぽになってしまった。それでも余りあるくらい、オレが生み出したお金はあるから、欲しいものがあればいつだって買えるんだよと言われた。。しかもその利益は、オレ用にプールされ続けているらしい。領のために、みんなのために使って欲しいとお願いしたけれど、エンデアベルトでは魔物の素材販売やサーシャ様が起こした事業がたくさんあって、潤っているからとニンマリされてしまった。

 でも、だったら。


 とっても勝手なことだけれど、オレがいなくなってもその利益で、レイ一人くらい養っていけるよね?子どもの間のあと数年、レイが幸せに向かって歩き出すまでってお願いしても図々しくないよね?


■■■■


「みんな、準備はいい? じゃあ行くよ!」


 よく朝、お日様がそっと顔を出した時刻。 館のメイドさんのいつもの音を聞いたオレは従魔達を集めた。そして山に帰ると言ったドッコイを残して、シュンと転移した。


 置き手紙が一枚。

 ーーーーたくさん ありがと。 ごめんね。 レイを子どもに コウターーーー


 


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