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212 呪い


「ジロウ! ありがとう! ごめんね、オレのために」

「キュイーーン」


 風をまとったようにたなびいていた漆黒のもふもふが、シュンと勢いを失って、半分閉じた瞼が痛々しいジロウ。喉が焼けるような煙を吸い込んだから? それともソラすら痺れた薬のせい? それともそれとも、悪い奴らから受けた攻撃?

  

 オレが泣けば、ジロウはもっと悲しい顔をする。だから努めて明るく、柔らかく愛おしく笑った。


「一応、回復薬は使ったんだが……。今は上級の物が手に入りにくくてね。思ったような結果にならん」

 すまなそうなディック様に、オレは首を横に振る。オレの従魔だからオレが回復する。ごめんね、ジロウ。辛いよね?


 こくりと頷くように金の瞳と目を合わせて、オレはジロウの身体に手をあてて魔力を送る。オレの魔力が大好きなジロウ。思い切りぺろって魔力を食べてもいいよ。オレは今、心が満たされているから、ほら、たくさん溢れてくるでしょう?


 家族からの優しさと一緒に、周囲の魔素を集めて、そっとそっと魔力を送りながらジロウの身体を癒やしていく。酷い! えぐられた大きな痕が幾つも見つかって、歯を食いしばって落ちそうな滴を飲み込む。だけど、すぐ手に届く場所の重黒い煙が払えない。いつもみたいに、グンとオレの魔力を吸い込むんじゃないかって覚悟したのに。何だか複雑な編み目に阻まれてしまう。


「呪いだ! 主、気づかぬか?」

 芽小僧のマメがぴょんとジロウの鼻先に立ち上がって、オレと目を合わせた。


「呪い?」

「はぁ? 主、知らぬのか? なら、いい。諦めよ」

「ちょっと、待って! マメ、お願い、教えて! 諦めるなんて出来ない!」

 再び影に消えようとしたマメに懇願すると、オレの後ろから怖い気配。パキパキと指がなり、ゴゴゴゴゴて空気が震え、怖い威圧が幾重にも放たれて、オレの方が気絶しそうだ。


「じゃぁ、主。教えるから一つ、我の願いを叶えよ」

「うん、いいよ! だから教えて! でも……オレが叶えられる願いかなあ?」


「わたたたっ! 悪かった! 主、主! 願いはなくていい! だから、だから、この凶暴な奴を何とかせい!」

 ディック様に摘ままれたマメが慌てて取り消したので、オレは手の平にそっとマメを受け取った。


「コホン! 呪いっつーのは、人々の恨みや強烈な悪意のある願いの賜だ。我の大好ぶ……いや、何でも無い。とにかく、悪い心で作った魔法だから、神父の、そう、お前の父上みたいな賢者って奴にしか解けん。清く正しく美しくっていうだろう? 目に見えんが、魔力に影響するんだ。まぁ、光魔法の応用だ」

「光魔法なら、オレにも……」

 言いかけると、クライス兄さんが頭を抱えてうずくまった。アイファ兄さんはマメの胸ぐらを掴んで鼻先にぶら下げている。


「お、ま、え、は~」

「もう、また余計なことを! これ以上コウタに普通じゃないことを吹き込まないで!」


 あっちこっちで目の敵にされるマメに同情の視線を渡して、ゴクリとつばを飲み込んだ。悪い心で作った魔法。光魔法の応用で解ける。

 光魔法はいろんな魔法に変換できる、純粋な魔素そのものを放出するイメージ。だけど、ジロウはオレの金の魔力をたくさん浴びているのに、きっとたくさん吸い込んでいるのに、呪いは解けていない。オレの魔力が届かないのは、何だか細かで悪質な編み目に阻まれているから。だったらその編み目は解きほどけないだろうか? 悪意のある呪文か何かが絡まっているなら、清い魔法で溶かしながら編み目をほどいてみたらどう?


 魔法使いのキールさんに、この思いつきを確認したかったけれど、ちょっと目を合わせただけで困ったように頷いたから、まぁいいかと、やってみることにした。


 細かな編み目を見つけたら、()りをほぐすように魔力を絡めて………。む、難しい! ただでさえ繊細な魔力操作は苦手なのに、これは針の穴に糸を通し続けるような作業で、その穴が幾重にも複雑に絡んでいるからたちが悪い。

 つつと流れる汗をサーシャ様が拭うと、オレの助けになるようにとキールさんが手を重ねてくれた。

 凄い!


 キールさんが手を重ねてくれたとたん、急に視界がクリアになった。行きたい方に魔力が動き、溢れそうな魔力をぐっと絞ってくれる。これなら……!


 広いオレの部屋に、オレとキールさんの絞った呼吸だけが響く。吐いて、すって、吐いて、すって。時に息を止めて、時に深く吸い込んで。全てが終わった時には、オレとキールさんは立ち上がれないほど消耗し、オレは嬉しそうに尻尾を振ったジロウをぎゅっと抱きしめて、抱きしめて、抱きしめて。べろんと顔を舐められたら、もう、嬉しくて、ほっとして、どうしようもなく安心して。ワンワンワンワン泣いたんだ。


 ジロウの回復を喜ぶオレを見取って、レイはそっと館から姿を消した。そのことを後から教えて貰ったけれど、オレはレイを探して欲しいって言えなかった。だけど……。


 レイの心は深い悲しみとオレの知らない何かに囚われていることは分かる。そして、ディック様達もレイが危険だってことに囚われている。それはジロウが受けた呪いみたいで、思いと出来事と常識と経験とが複雑に絡み合った呪いだ。そのままにしておくととても苦しい。だから、オレは、やっぱり、どうしても。 レイをこの家の子にして欲しいって思った。



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