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210 入れ替わり


 ジロウ、ジロウ、どこ?

     ーーーーコウタ! 来ちゃ駄目だ!


 這いつくばってジロウを探す。真っ白な煙が目にしみて開けられない。喉も痛い。冷や汗も震えも止まらない。く、薬なの? なん……で……?


 背中が待ち上がったかと思うと、太い縄でぐるりと縛られた。鞄の中のプルちゃんが動いたからなのか、気味が悪いと遠くに蹴飛ばされたけれど、よかった。これでプルちゃんが潰されることはないとほっとした。


「ほぅ、きれいなガキだ。上玉だなぁ」

「こんくらいの奴ならスペアがいただろう? 髪を染めてそこらに転がしておけば足は付かねぇ。シスターに上手いことやっていただかねぇとな」

「馬鹿! ボスって言えと言われてるだろうが!」


 薄れゆく視界で浮き足立つ巨漢の男が見えた。

ーーーードガッ!


「おい、この犬コロををなんとかしろ」

「クサビだ! クサビを打ち込め!」

ーーーーガガッ! 

       ドガッ! 

 グルルとうなり声をあげて、ジロウが悪い奴らに何度も体当たりをしてくれる。その度にオレは宙に投げられ人から人へ。身体を引きずるような音に生臭い血の臭い。頬をかすめる嫌な風と鈍い音。お願い、ジロウ! オレのために傷つかないで! 必死に意識を保つけれど、あがなってもあがなっても遠い世界に運ばれる様で。ただただ、ジロウの無事を祈った。



■■■■


「おい! 起きろ!」

 瞼が重い。だけど、この声は聞き覚えがある。ごろごろする瞼ををそっと上げれば見慣れない天井。薄暗い部屋の片隅でレイがオレを揺さぶっていた。敷き藁の上で転がされていたオレは、レイに支えられて身体を起こした。

「レ、レイ!」

「シッ! 今から脱出させる。 余計なことを言うな」


 直ぐに口を塞がれたオレは、レイの瞳にコクリと頷いた。


「お前がいると計画が狂う。いいか? 俺は今からアイツを連れてここを出る。俺と奴らが話している間にお前は転移しろ。できるんだろう?」

 なぜ転移のことを? それにその子は? 疑問ばかりが浮かび、状況が把握できない。レイの隣で外を伺っているのは女の子だろう。オレが来ていた服を着せられ、シクシクと泣いている。代わりにオレは粗末な筒頭衣を着せられ太い紐がでぐるぐると巻かれて身動きが取れない。ここ薄暗くて髪の色が分からないけれど、あの子はオレとよく似た黒い髪。まるで入れ替わっているようだった。

 朧気に記憶をたぐる。そうだ!ジロウ!


 はっとした表情に、レイが再び口を塞いだ。

「詳しくは言えない。だけど、()()()()()は無事だ。既に家に帰した」

 本当だろうか? 無事ならよかった。でも、プルちゃんがいない。オレだけの転移でレイも女の子も一緒にいけるだろうか? 今度は新たな不安が心を覆った。


「行くのはお前だけだ。俺達は別の場所に向かう。お前は家に帰ったら、直ぐに旦那様に伝えるんだ。孤児院の子どもを保護してくれって」

 そうか、孤児院も襲われたのか。でも、だったら尚のこと。レイも一緒に行こう。きっと大丈夫、転移で帰ろう。そう伝えると、レイは首を横に振った。


「俺達には役割がある。多分、先生が上手く立ち回ってくれる。だから、急げ! ディック様に保護を頼むんだ」

 怖いくらいに真剣な瞳。オレはただ頷くしかなかった。けれどその時、部屋の扉がゆっくりと開き、()()が入ってきた。




「準備は出来たか?」

「あぁ、大丈夫だ。」

 レイにぐいと押されて、起こした身体が再び転がされる。オレは慌てて瞼を閉じた。


「ふぅん。手筈どおりだね。いいんじゃない? ちょっと外が騒がしいからさ、計画変更だよ。直ぐに出発する」

 オレの寝姿を確認した女が、値踏みするかのような言葉を吐き、男達に命令をした。黒くて長いドレス。背を見送れば、シスターの後ろ姿の様だった。まさか?

 ドキドキと心臓が高鳴る。チッとするレイの舌打ち。その意を汲んで、オレはしばらく寝入ったフリをしなければと覚悟を決めた。


 無作法にオレを掴んだ野太い手に、思わずうめき声を上げる。女の子も掴まれたようで、ヒクヒクとしゃくり上げて泣き出してしまった。すると、レイは励ますのではなく、冷たいささやきを放った。

「静かに。生かされる時間を延ばすには、声を上げないことだ」

「い、生かされる? い、いや! いや! いやぁあああ」

ーーーードッ!


 恐怖で泣き叫んびかけた女の子に、奴らの一人が攻撃したのだろう。鈍い音と共にぐったりと動かなくなった。さすがのオレも眠ってなどいられず、顔を上げてしまう。


「へへへ。気づいたか? へぇ、こんな瞳か? 明るいところで見りゃ、さぞ綺麗だろうよ」

 下品に舌を出して見下ろした男に背筋が凍る。すかざすレイが男に向かって布を差し出し、オレの口に噛ませるようにと言った。

「騒がれるとまずい。これを……」


 どうして? どうしてレイはその男の味方をするの? 訳も分からず涙が零れる。でも心のもう片方で、レイを信じるんだという自分がいた。


 オレは多分、馬車の座面に押し込まれたのだろう。狭い箱の中だ。ガタガタと大きな振動で頭が割れそうに痛い。座面には男達とレイが座っている様子だった。


「いいか? コイツが馬車でひき殺されたら、ちゃんと顔が潰れたかどうか見届けろよ。そうして、怪しまれないように孤児院に帰るんだ」

ーーーー!!!


 酷い! あの子は殺される。まさか、オレと入れ替わるため? オレと同じ服を着せられて顔が潰れていれば、ディック様達はオレが死んだと思うかも知れない。 じゃぁ、オレはどうなる? ううん、オレのことはどうだっていい。あの子を救わなくては! 

 真っ青になったオレを知ってか知らずか。馬車の振動とは違う座面をたたく小さな音。きっと転移しろってことだろう。でも、でも。どこに行くか分からなければ、オレは戻ってこれない。それにあの子はどうなってしまうの?

 オレはどうすることも出来ず、ただ混乱するばかりだった。



 

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