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020 おもてなし


 朝食の最後に、薄い紅茶を少しだけ残して、スプーンにたっぷりの蜂蜜をトロリと入れて貰う。甘くて、ほんのり渋くって、ほぅとなる。


「お前、美味そうに飲むなぁ。あぁ、そうだ、多分、今日だと思うが……、遊びに行くなら近くにしろよ。」


 執事さんと目配せし、ふふふと笑ったディック様にオレは興奮する。


「誰か来るの? お客様? ねぇ、オレが会ってもいい人ってことだよね!」


 思いがけない朗報に、オレは椅子の上に立ってディック様の体に向かってジャンプをすると、チクチクするお髭と頭をわしゃわしゃ撫で回す。

 だって、オレが会ってもいいって言われるお客様なんて初めてだもの!


「おいおい落ち着けって。止めろって」


 オレは沈黙の執事さんにガッチリと捕獲されてしまった。残念、もっと誰だか、ちゃんと聞きたかったのに。


 ここは領主館だから、人の出入りは多い。村の人とか兵士さんとか。でも、たいていは報告とかちょっとしたトラブルとかで、オレと会う暇なんてない。お前は邪魔だって叱られる。だけど今日は違う。オレが会ってもいい人が来るんだ!



 何をして待っていようかな。

 自室に戻ると、近くの客室にメイドさん達が出入りしている。もしかして、お客様はお泊まりするの? じゃあ明日まで一緒? 嬉しいなぁ。オレも何か手伝いたいと言ったけど、遊んでおいでと却下されてしまった。


 窓を開けて、お日様で少し温められた風を浴びながら考える。お泊まりのお客様。オレもおもてなししたいなぁ。素敵な所だねって思って欲しいなぁ。


 おもてなしなら、お花なんか素敵だよね。でも今の季節、花なんて見当たらない。タネさんとか葉っぱさんにお願いしたら咲いてくれる花はあるかもしれない。

 きょろきょろと見回せば遠くで作業をしていた庭師さんを見つけた。そうだ、相談してみよう。


 ととと、と階段を降りて裏に回る。

「庭師さん、お客様におもてなしがしたいの。どこかに花が咲いてない?」

「お客様? はて、何も聞いておらんが……」

 作業の手を止めて向き合ってくれたけど、お客様のこと聞いていないのかな? 不思議に思ってキョトンとしていると、ああと頷いてふふふと笑った。


「そんな気を遣う方ではないですよ。ですが、ふむ、坊ちゃんは何かしたいのですね。そう、とっておきの石でもお見せになってはいかがでしょう? 大丈夫な方でしょうから」


 ちぇっ、ぴかぴかの石もいいけど、それじゃぁ何だかおもてなしって感じじゃない。こう、派手っていうか、特別っていうか……、そんなことがしたいなぁ。



 そうだ! 歓迎の歌はどうだろう? 山に王様が来た時に歌ったやつ。嬉しいよ、仲良しだよって気持ちを表すなら、歌でもいいよね?


 ソラに聞いてみると、いい考えねって賛成してくれた。久しぶりだから練習しよう! ソラも一緒にね! 


 ピチチとさえずるソラに合わせて、オレはリンゴの木の下で歌を歌う。薄緑と赤いリンゴ。随分収穫されてしまったけど、日の光が当たってほかほかと上がる気温に艶めきがきらりと強くなる。

 隣の黄色い実は柑橘だ。酸っぱ甘い香りが温かな風で爽やかに色付いていく。とりどりの果物で美味しいおもてなしもできたらいいなぁ。マアマに頼んでみようかなぁ。


 オレは母様から教えて貰った歌を歌った。ソラが時々ピピと相の手を入れてくれる。我ながら気持ちがいい歌になったと自画自賛。最後にゆっくり一周回って礼をする。うん、いい感じだ! もう一度…………



 ふと上を見上げると無数の鳥達が集まり、ピチチパチチと拍手喝采。

 足元や木々の上、花壇のそこかしこでは幻獣達がのぞいている。

 わあ、かわいいお客様だと、小さく手を振り、オレは満足して部屋に戻ることにした。



「坊ちゃん……、何なさった?」


 つい今しがた収穫しただろう芋や根菜を足元に転がした庭師が神妙な顔で立っていた。


 何をしたかって、歌っただけ……。


 そう答えようとした時に、メイドさんがディック様を連れて走ってきた。


「こちらです! 裏庭一面に草が生えました。どんなに手入れをしても根を張らなかった草がこんなに!」


「いいえ、問題はこちらです! あと一月はかかるはずの柑橘が完熟して食べ頃です! 早く収穫してしまわないと傷んでしまいます」


「ええ? リンゴが? リンゴが新たに実っています! 鈴なりです! 先日あらかた収穫した木です」


「せ、先日のベリーがまた実っています。 早く早く! 幻獣に食べられてしまいます〜」



 面倒くさそうにメイドに連れてこられたディック様。オレの姿を見るなり顔をしかめて仁王立ちだ。


「コウタ! テメェ……何やりやがった!」



「・・・オレ、歌っただけなのに」

 余計なことはするなと盛大に叱られ、オレは裏庭で果物の収穫中だ。

 実ってしまったものは仕方ないって。でも、オレ、ほんとに歌っただけだよ?




「ねぇ、僕ぅ? ここの子?」

 不意に声をかけられて、振り返ると赤い髪の元気なお姉さんが話しかけて来た。

「ここの子じゃ無いけど、お世話になってます。……お姉さんがお客様?」


 何だかちょっと違う気がして聞いてみると盛大にガハハと笑って否定した。


「お客じゃないよ! 久しぶりに帰って来た所さ。マァマ、いるかい? ニコルだよ!」

 コックの夫婦に手を振ると、太っちょ料理長マァマとハグをして、ねっ、と目配せをする。それから馬屋の方に行き、オレに来い来いと合図をしたのでついて行った。


 ぎゅっ!


 突然の抱っこに目を見開くと、ニコルはオレンジの瞳でニカッと笑ってソラを見た。

「いい従魔連れてんじゃん。また後でね!」

 そう言うとニコルはオレを抱き下ろし、門の外へと走っていった。


 何だろう? 今の。

 キョトンとしたまま立ち尽くす。


「こんにちは! 君がここの子? 今日は世話になるよ。よろしくね」


 今度は切れ長の目のお兄さんが馬を引いてやって来た。今度こそお客様だ! 


 オレは嬉しくなって抱きつきにいく。


「こんにちは! ねぇねぇ、お客様? ほんとにお客様? オレ、コウタって言うの! あっ、馬はこっちでいいよ!」


 喜んで馬屋に案内すると、ありがとうとオレを馬に乗せてくれた。


 ニヤリ……。


 あれ? 一瞬、悪い顔をしたように見えたので、ハッと息を止めるとソラがお兄さんの前をパタタと横切る。


 ニッコリ。


 うん、さっきのは見間違い! お兄さんは優しい顔で手綱を縛ると、馬を労いオレを降ろしてくれた。


「後でね!」


 また後で? そうか、まずはディック様にご挨拶だね! そうだ! オレもちゃんとしたご挨拶をしなくちゃ! 慌てて館の中に戻ろうとすると


ーーーーガッシ!!


 後ろから誰かに掴まれ、口を塞がれる。


ーーーー誰? 何! 嫌だ!


ーーーーーードドン!


 うわぁ!

 

 ソラの雷撃を即座に交わした男が、オレを放り出して後ずさる。


ーードドン!

 旋回したソラが再び雷を放つ。


 ひらり!


「何だよこれ! 聞いてねぇぞ! おい、誰か、助けろ! うわぁ、あっぶねぇな!っとに」


 ソラの攻撃をひらりひらりと避けながら悪態をつく男。濃茶の瞳にディック様と同じ癖毛。この人ーーーー





 この星は次元を隔てた地球の兄弟星です。動植物は地球と類似しているので利便上、私たちの世界のものと同じ名前で表記しています。野菜や果物などは魔素の影響で地球のものより大きく育ちます。

 リンゴやベリー(コウタが好きなベリーはブルーベリーの形の苺) は、ほぼ同じ大きさですが、ニンジンは地球のダイコンの大きさです。

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