209 再会
畑仕事を終えたオレ達は食堂に向かった。次の仕事は食堂の手伝い。とは言っても幼児に出来ることは少なく机を拭いたり、椅子をしまったり。お料理はトレーにのせて各自が運ぶシステムだから、お水やパンのお代わりを運んだり、食べ終わった食器を厨房まで運んだりする程度だ。
ーーーーぐぅ
「お前、腹減ってんのか? 俺もだ」
「あたしも。 でも、こういうとき、どうすればいいか、あたし、知ってるの」
集まったチビちゃんズが何やら相談している。汚れたパンは食べないからとか、運び始めるときにこっそりとか、うん、絶対よくないことだよね。
早朝から荷車に乗せられ、畑仕事をしたんだもの。お腹がすくのは当たり前だ。しかも貧しい家の子が多いみたいだから、当然で、それを解決するために何やらよからぬことを考えている予感。オレはギルド員の一番偉そうな人に相談に行った。全部でなくてもいいから、少しだけでも子ども達のお腹に食べ物を入れてから仕事をさせてってお願いした。ギルド員さんと厨房の偉い人が相談をして、パンとスープだけお先に食べさせて貰えることになった。ふぅ、トラブル回避でナイスだ。
お肉は全部の仕事が終わってからだと言われたから、それもあってか、みんなのやる気に火が付いた。食堂には従魔は入れてはいけないと言われた。でも、ジロウやプルちゃんがいなくても困ることなくオレも普通にお仕事ができたよ。暑い日だったから窓の外でジロウが冷たい空気を食堂に送ってくれたけれど、誰にも気づかれなかった。どろどろに汚れていた身体はマイクロバブルと、プルちゃんの水魔法と、ジロウの風魔法できれいにしたけれど、それはお手伝いする前のことだから平気だよね? うふふ! 普通っていいな。小さい子がどれくらい動けるかってことも見せてもらったから、本当に本当に、次こそは個室に連れていかれないからね!
「おう、チビども、なかなか助かったぜ! 兵らも今日は大人しく食ってくれたし。子どもってのはいいもんなのかね? よく分からんが、こんなにトラブル無く食事が終わるなんざ珍しい。さぁ、残りの肉だ! 腹一杯食って行けよ」
仕事が終わると厨房の偉い人から褒められて、みんなにっこにこ。トラブル無く終わる日が珍しいなんて不思議だけれど、それってジロウの涼しい風のおかげかな? お水にこっそり混ぜた回復のせいかな? 誰にも不思議がられなくてよかった。ご機嫌にお肉をごちそうになっていると、奥から聞き覚えのある声がした。この声って……? オレは咀嚼を止めて耳を澄ます。
「はい、串が三箱だな。うーん、もっと形が揃うといいんだが。まぁいいさ。次の材料は届いてるね。ああ、今、ロウソクの燃え残りを持ってくるから」
「はい。それで……」
厨房の下働きさんが慌ただしく扉を開けると、その先に、会いたかった人がいた。レイだ! 遠目に目が合ったのでにっこり笑いかける。レイはさっと顔色を変えて俯いた。
「お待たせ。その荷台に載せ……」
オレは椅子から飛び降りて、まっすぐにレイの所まで駆けていく。
「レイ! レイ! 元気だった? あれっ? ちょっと痩せた? 先生には会えた?」
言いたいこと、聞きたいことはたくさんある。あぁ、でも、会えてよかった。レイも冒険者になったのかしら? 今って依頼の途中かな? だったら邪魔をしちゃいけないよね。
別れてからまだそんなに経っていないけれど、よく見たいと思って覗きあげる。けれど、レイは仏頂面のまま身体をよじって目をそらす。
「かかわるな」
レイは荷物を小さな荷台の付いた引き車に載せて、慌ただしく帰っていった。下働きさんが、腕を組んでオレを見下ろし、レイの境遇を教えてくれた。
「お前、アイツの知り合いか? 無愛想な奴だよな。まぁ、あの孤児院じゃこき使われるくせに、飯も碌に食わせて貰えない。串焼き用の串と引き換えにロウソクの燃え残りを渡してやるんだよ。ロウソクは溶かして型に入れて作り替えられる。そうだ、慈善事業って奴に近い。孤児の大抵は、遠くの貴族や金持ちに下働きとして引き取られていくが、アイツは難しそうだなぁ」
「えぇ?! 孤児院の子は遠くに行っちゃうの?」
「ああ。あの孤児院はツテがあるのか、みんな長居しないんだよ。そういやぁ、独立する奴も見たことがないなぁ。まぁ、影では奴隷にされるとか売られるとか、そんな噂もあるが……。正教会の庇護下だから噂だけだろう」
反省会を終え、ギルドに帰る際にオレはジロウがいるからと宿舎で別れた。よかった。サーシャ様達はいない。特別な接待を受けているのか、どこかの視察に行ったのか分からないけれど、夕方まではまだ時間がある。ジロウの鼻を頼りに、あの孤児院を探す。ううん、レイの足跡をたどっていく。
裏通りを抜けて、雑多に壊れた建物が肩を寄せ合うように建ち並んでいる。レイが前に住んでいたスラムに近い雰囲気の道を通ると、間もなく教会の高い屋根が見えた。孤児院は簡易の柵に囲まれていて、裏庭には小さな畑や作業小屋があり、その一角にレイは座っていた。何か作業をしているみたい。細い路地だからジロウに背を守ってもらい、建物の角に隠れながらそっと見ている。
『コウタ! 気、気をつけ……て』
肩で休んでいたソラが突然力尽きたようにずり落ちた。ソラ! どうしたの? あれ? 何だかくぐもった嫌な香り。
ーーーーパン!
乾いた音が響くと、辺りは真っ白に染め上げられていく。グルルとうなったジロウが、キャンと鳴いて飛び退いたのが分かった。ジロウ!!
叫ぼうとして白い煙を吸い込んだ。く、苦しい! 喉が焼けるように痛くて声が出なかった。くたり倒れたソラを握って、プルちゃんの鞄に押し込む。
ソラ、プルちゃん! 出てきちゃ駄目だ! ジロウ、ジロウ! どうなってしまったのか、確認しなくては………!




