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208  強制指導


 さわさわとそよ風がそよぐ晴天。朝からギラつくお日様に、今日は暑くなりそうだと真っ青な空を見上げる。気持ちよさそうにピピララと空に溶けようとするソラに、まだまだ魔力が戻ってないなと心を曇らせた。


 ガタンゴトンと進む荷車はギルドが出してくれた。オレ達は強制指導と言う名の下に憲兵の寄宿舎に向かう。指導を受けるのはオレを含めて五人で、HランクとFランクの冒険者見習いだ。いずれもギルドの査定に不満をもって突っかかったり、最後まで依頼を完遂することができずに問題児とされている子ども。指導をしてくれるギルド員さんは三人。実際に出されている依頼を受けて、その仕事ぶりにアドバイスをしてくれる。臨時の乗合馬車だと言われたけれど、板を張っただけの荷車は、座るところなんかないので、腰板をしっかり持って不規則な揺れに翻弄されながら、居心地悪く揺られていく。みんな平気な顔をしているけれど、兄さん達と乗った乗り合い馬車とは比較にならない酷い乗り心地に吐きそうで。こっそり回復魔法を使っている。

 そしてーー


 心が重いのは、後ろの人たち。荷車の後ろに妙に豪華な貴族馬車があって「がんばれー」とか「かわいいー」とか、黄色い声が飛んで恥ずかしい。今日のために仕事を片付けてきたとかなんか言っているけれど、馬車の後ろにはさらに数台の小さな馬車があって、書類を出したり、指で数字を示したりしているから、まだまだお仕事が終わっていないはず。道の至る所では使用人さんとかメイドさんとか見知った顔が見えて。みんな、どうしてオレを待ち伏せているのかなぁ? 深いため息がまた出てしまう。



「今日は、憲兵の宿舎の畑で芋の収穫をして貰う。その後、食堂の手伝いをし、食事をしたら反省会だ。依頼料は出ないが、食事が振る舞われるから相殺と思って欲しい。そして、希望があれば明日から数日は同じ依頼を受けることができるし、自信が持てたら新しい依頼を受けることができる」

 丁寧な説明を受けても、問題児だらけの荷車の子供達は怠そうにしている子と不安げな子とに分かれている。オレはもちろん不安げで。この指導を受ける意味を考えていた。



「きゃぁ、コウちゃん! かっこいいわぁ! スコップ持って、はいポーズ」

 い、嫌だ。恥ずかしいから。やりにくそうな人たちにぺこりと謝罪のお辞儀をして、オレは芋の収穫を始めた。任された畝は一つだけで、ただ芋を掘って籠に入れる。指導もなにも、さすがのオレも問題なくできる。


「おい、芋は掘るんだ! そんな勢いでスコップを入れたら芋が傷つく」

「畝を踏んだら駄目だ! 止めろ、茎や葉を蹴散らしてどうする?」

「そっちの畑を触るな! おい、お前、いまトマトを食っただろう! ペナルティーだ」


 みんなは何だか大変そうだ。

 茎の根の下に手を入れて、そっと畝を崩せば、ほら、お芋が顔を出す。ふかふかの手入れの行き届いた畑だから、スコップを使うことなくお芋が掘れて、深いところもオレがにっこり笑えば、何もしなくてもお芋が顔を出す。ほうとギルド員さんが感心してくれて、オレは大丈夫そうだと手がかかる子供達の所に行った。案外たくさんお芋が掘れるから、面白くなってずんずん掘り進む。

 茎葉は乾燥させて堆肥にするって言ったから、プルちゃんとジロウに頼んで小さく刻んで貰った。近くに生えていた雑草はいらないそうで、プルちゃんが食べてくれるって言ったからお願いする。

 そうそう、掘り起こした畝の後にはあっちの堆肥を混ぜておこう。新しい畝が出来ていたら、直ぐに次の作物が育つよね? ジロウが畝跡を掘り起こして堆肥を混ぜ、プルちゃんが嬉しそうにピュッピュッと水をまく。ぽとりと垂れた汗に気持ちがよくって、ルラルラと鼻歌が漏れてしまった。


「 フングッ! 」

「そこまでよ、コウちゃん! 既にやり過ぎ!」


 口を塞いでオレの動きを静止したサーシャ様。隣にあった小さな芽だった作物がぐんと成長していて、花をつけていた。うっかり、うっかり。あのままだったら実がついちゃうところだったよ。随分とれたお芋をジロウに運ばせてギルド員さんに報告すると、みんなはまだ半分も出来ていない。困惑したギルド員さんが休憩していてと言ったから、オレはサーシャ様達とひとときのお茶会をして待っていた。


■■■■


 国家から独立したギルド職員は平民にとって花形の仕事だ。私は学生の頃からそこそこの腕っ節があったが、不安定な冒険者職より安定した仕事を選んだ。家族を安心させたいという思いと、幼なじみを早く娶りたかったから。今は中間管理職ではあるが、同期からも一目置かれる出世頭。今日は部下を引き連れての強制指導だ。強制指導は憲兵の宿舎を使うことが多い。問題を起こした冒険者をきちんと指導しているぞと憲兵に見せることが目的だ。普段は偉そうな憲兵に、冒険者をねじ伏せる我らの姿を見せることができる機会でもあるが……。なんで私たちが子守りとは。今回ばかりは気分が重い。


 それもこれも、王の奴が不可侵であるギルドに口を出してまで、冒険者見習い制度を発足させたからだ。そのおかげで、見習いが急増し、素行の悪い奴らが増えた。まぁ、血気盛んな大人よりも指導の難易度は下がるけれど、やってられるかと手を抜く部下にも理解はできる。


 それなりに分別の付く子供は学校に行く。休校中とはいえ、賢い奴らは不安定で危険な冒険者になんかなろうとも思わんだろうし、親たちも此方に来るよりは、家の手伝いをさせた方がずっと実入りがいいことを分かっている。ここにいるのは家の者が手に余る奴ら。当然集中力も無く、所作も無作法。すぐにけんか腰になる。畝を端から順に掘り進めるとか、根を根拠に周囲にある実を探すとか、そもそも傷をつけないで収穫するって所からの指導。面倒くさいったらありゃしない。


「はい、お疲れ様」


 出された水を受け取ってグビリと飲み干せば心地いい冷たさ。暑くなった額にカップをかざせば、残った氷がカラリと音を立てた。 ん? カラリ?


 何でこんな所に氷があるのだと辺りを見回せば、繰り広げられたお貴族様のピクニック。いいご身分だ。貴重な魔法で氷まで出して。奴らは金貨数十枚分の金を使って、たった銅貨二枚の依頼を受けさせる親馬鹿だ。

 そもそも、今日の指導だって、コイツのせいでもある。このお可愛らしいお貴族様が、権力を使って依頼を達成させるものだから、我らは優秀査定をするしかなくなる。そりゃ、同じ駆け出し冒険者は面白くないだろう。なんで奴だけが、我々が贔屓をしていると突っかかられるのも致し方ないのだ。今日はその不正もしっかり見抜いてやろうと意気込んできた。


 芋掘りは……。まあ、真面目に仕事が出来ればこんなものだろう。保護者達は近づいていないのだから、自力であることは確かだが。『砦』のキール殿から従魔を借りるのはずるいと言われても仕方が無い。部下らは幼子の畝や収穫ぶりが周囲と違うと慌てているが、運がよかったのだ。たまたま、たくさんの実が収穫でき、たまたま、従魔が土遊びをしたことで畝がならされたのだ。

 だが、次はそう上手くはいかんだろう。何しろ保護者殿は特別室での接待を手配させていただいたし、従魔は食堂に出入り禁止。やっとあの坊ちゃんも己の無力さにお気づきになるさ。


 ギルド員のリーダーは、溶け始めた氷を口に含んでガリと噛み砕く。そして、子らを集めて次の作業場に移動するのだった。








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