207 普通になれ!
「誰だ! ギルドん中で騒ぐ奴は?! ギルドの決定にしたがえん奴は冒険者として失格だ!」
厳しい怒鳴り声。嫌な予感がする。視線を先に飛ばせば、見知った顔が宙ぶらりんだ。なんで、毎度毎度、トラブルに見舞われるんだよ? 今日は何をやったんだと、急いで副ギルド長の横に立つ。じたばたと反抗するガキと、諦め切ったコウタの顔。ふうとため息をついてことの次第を見守ることにした。
夕刻が迫ったギルドは、依頼を終えて報告する冒険者が増え始めていた。昼間にキールとコイツの依頼を確認したときには、草むしりだけだと言われたし、しかも初心冒険者と一緒だと聞いたから、さすがに変なやらかしはしないだろうと思っていたが………。やはりというか、今日もかというか、当然のように別室に連行だ。いつもの受付嬢が困った顔をしながら、俺に目配せをしたので、礼を言って付き添わせて貰う。
うらやましいほどの筋骨隆々。だが、その顔は厳ついほどの山賊顔で、奴は副ギルド長のゾックだ。今はギルドマスターが不在なのでその穴を埋めている。親父と同類の脳筋だから当然仕事が山積みで、ご機嫌は最悪のタイミング。宙ぶらりんの奴らを最寄りの個室に放り投げるとバタリと扉を閉めてガキどもを正座させた。
「 またお前か? 」
(ホントだよ。目立つなって言ってるだろうに)
「 何で、こう、毎度毎度に問題を起こす! 」」
(今度は何だ? 草むしりで最高報酬を獲得したってのか?)
俺は思わず心の叫びを口にしていた。
「「 普通に! 普通に依頼を受けりゃいいんだ。 何で普通ができんのだ? 」」
妙に気が合うゾックの台詞に、ふと我に返る。すると、ハーキスと言うガキは雰囲気を察知することなく反論をした。コイツか、今日のやらかしの原因は。何をしたんだか。眉を寄せ、肩を震わせるコウタを気の毒に思いながらも、状況を知ろうと耳を澄ませた。
「普通にやってんじゃん! 俺、ちゃんとできてんじゃん! おかしいのはギルドだ」
真っ向からの反論だが、まぁ、コイツの言い分は屁理屈だなと察知した。Fランクではよくあるトラブル。まだ経験も知恵も無いからギルドの査定に不満が募るのだろう。出来ていると思っても、実は出来ていない。ガキの思考なら仕方ねー。徐々に見えてきた事態に、俺は肩の荷を下ろして、間抜けなコウタの顔色を伺った。理不尽だろうが、これが冒険者の厳しさだよと。
「今日だって、草むしりをしたぞ? 薬草だって持ってきた! ちゃんと調べりゃ分かる」
「やりゃいいってもんじゃない。 金を貰うんだ。 ガキの使いじゃない! 誰が見ても納得する出来ってもんがいるんだよ」
「こんなチビでもできる仕事だ! 俺がコイツよりできねーっていうのか? 俺、今日はコイツのめんどー見てやったんだぞ」
???
おやぁ? コウタがこのガキに面倒をかけるなんてことがあるか? ガキらしいガキに、ガキらしく
ないコウタ。くっくっく。おっかしーの。コウタの奴、全く思い当たらんっちゅー顔をしている。
「おい、コウタ。お前、今日、何をしてきた? どうやって依頼を受けてきた、正直に話してみろ」
語尾を強めて聞いてやれば、コウタの奴はしどろもどろに、ハーキスとやらの顔色を見ながら話し始めた。コウタの影からぴょんと飛び出した芽小僧が、したり顔で俺をにらみ、丸だのバツだの腕を使って事実かどうかをこっそり知らせてくれたから、まぁ、笑いを堪えるのに苦労したぜ。
ゾックの野郎も伊達に副ギルド長に上り詰めた訳じゃねぇ。受付嬢から査定結果を見せられてふうと頷く。
「ハーキス、おめぇ、依頼を終えたのは初めてだな。初回は乱闘に巻き込まれて未達成。この前は魔物の目撃情報にて店が閉店か。まぁ、トラブル続きっちゅー不運は同情の余地があるが、依頼の度に個室に案内されるなんざ、普通じゃねえんだよ」
まあまあの威圧を加えて俺の顔を見たゾックに、手の平を広げ「ご自由に」との意思を送った。
「っで? そこの坊主も、悪いこっちゃねーが、毎度毎度の個室送りだ。進まねーんだよ、業務が。お前も一緒に普通ってもんを学べや」
まぁ、そうなっても仕方ない。おそらくハーキスはうまく出来ない問題児。そしてコイツはやり過ぎっちゅー問題児だ。ということで、コイツらは早速、ギルドからの強制指導が入ることとなる。まぁ、コウタは普通を知ればいい。強制指導を受けて不合格っていうことはないだろう。だが、ハーキスって奴は崖っぷちだ。この指導で態度が改められなければ冒険者資格を数日間停止されるか剥奪されるかってことになる。
■■■■
「あはははははは! き、聞いたことがない! 超優秀査定でし、指導を受けるなんて~」
「は、はははは。た、確かに、毎回、個室呼び出しの冒険者なんてアイファくらいだ」
「うっせー、毎回なんて経験は無い」
すっかり帰宅が遅くなったオレは、夕食の席でみんなに笑われてしまった。今日はうまく出来たのに。
ジロウもちゃんと道を走ったし、魔法だって怪しまれなかった。草むしりの依頼は銅貨二枚の報酬が三枚になったくらいで普通だし、薬草だって一セットだからごく当たり前でしょう? 全部全部普通だった。
イーっと憎まれ顔をしても、みんなの笑いは止まらない。クライス兄さんなんて笑いすぎて鼻水が垂れちゃってるよ!
「大丈夫ですよ! サンはちゃんとわかっていますから! コウタ様がお友達にお水を分けて差し上げているところをしかとこの目でみましたから!」
「そうですわ! 馬車道の石をどけて差し上げていましたし、ご立派です。ミルカ、感動いたしました」
「だがな? 疲れたって言った奴に、おんぶしようかはないぞ? あっちの図体のがでかい。さすがに断られただろう?」
「うふふ、そうね! でも、あ~んってキャンディを食べさせるついでに回復をかけてあげたでしょう? お世話する姿、 可愛かったわ~」
「アイツさ、結局、草むしりだってチビッ子任せだっただろう? 出来ねーくせに偉そうにほざきやがって」
????
「なんで? なんでみんな知ってるの?」
ギルドで話していないことまで、どうしてみんな知ってるの? サンもミルカも、サーシャ様まで! もしかして、どこかで見てたの? 聞いてたの? だったら、だったら、問題ないってギルドで言ってくれればいいのに~!
悔しくて、ジタバタと足をばたつかせて反論した! ステーキのお皿がガチャンと音を立ててしまったけれど。みんな酷いよ! 見てたんなら、ちゃんと助けてよ。
「だって~、指導を受けるコウちゃんを見たいんだもの~」
「そうですわ! 強制指導は活動の場を知らせていただけるんですもの! 貴重な冒険者の姿を堂々と拝めるのですから、ちょっとくらい辛くても頑張っていただかなくては」
「「「「 ね~! 」」」
冒険者の洗礼はまだまだ続きそうだ。オレは次こそは個室に連れられないで依頼をそつなくこなそうと固く決心したのだった。




