206 見習同士の依頼
「今日こそは大丈夫だから!」
みんなが引き留めるのを聞かずに、今日もオレは冒険者の依頼を受けに行く。慎重に追跡の目をかいくぐって、とは思うけれど、オレの冒険者プレートには魔法が付与されているから、常に居場所は把握されている。ニコルやアイファ兄さんが買い物の途中で様子を見に来るかもしれないなぁ。前にやらかしているから仕方がないと思いながら。
「あっ、来た、来た! あの子がコウタ君よ」
受付に行くと一人の男の子が待っていた。学校が休校中の六歳のハーキス。知らず知らずにトラブルに巻き込まれがちなオレが何かをやらかさないように、同じ初心冒険者同士で助け合えるようにってギルドが協力をしてくれるんだって。実は、ほかの冒険者見習いも大なり小なり問題があって。だからちょうどいいみたい。
挨拶をすると無愛想ながらもぺこりと頭を下げてくれた。ピンク色のきれいな短髪。肌着の上に膝が破れたオーバーオールで、そばかすと緑の瞳がかわいらしい。Fランクの新人さんだ。うふふ、パーティを組むってこんな感じかな?
さっそく町中依頼を探す。
学校に行っていたと言ったけど、まだ字が読めなくてイラストを基に依頼を探している。さっきはDランクの依頼を手に取ろうとしたから、ちょっと慌てた。薄曇りの今日は蒸し暑さがあるから、日陰の多い広場の草むしりをすることにした。この前の袋よりも一回り小さい袋を貰って。きちんと指定の場所で仕事をしたか、ギルド員の点検があるらしい。薬草が見つかったらそれも提出していいわよとお姉さんが教えてくれた。
「そうそう、コウタ君はラッキーボーイだから、もしかしたらこんなキノコも見つけるかも」
受付のカウンターから身を乗り出してわざわざ図鑑を見せてくれた。細長くて傘が丸っこい黒いキノコだ。よく見ると傘に細かな横線がでていて、同心円のようになっている。その中央には金色の針が立っていて、この針が珍しい素材なんだそうだ。
「針が欲しいんだけど、針だけとっては駄目よ。キノコから離れると使い物にならないの。このキノコは一本だけの単体で木の枝に巻き付くように生えているんだけど、枝からそっと外して、根元の枝皮をつけたままにすれば収穫できるわ。群生している似たようなキノコは毒キノコだから触らないで。一本だけが目印よ。三年前に1本だけ収穫できた記録があるから、運がよければ見つかるかもね」
「すげー! これ、いくらになるんだ?」
ハーキスの目が輝いた。
「うふふ、いくらかしらね。調べておくわ。でも、草むしりが今回の依頼だから忘れないでね」
念を押すお姉さんに手を振って、ギルドをでる。オレ達はジロウに乗せて貰って広場に向かう。この前のお店よりずっと遠い、レイのいる孤児院の近く。もしかして会えるかもと淡い期待を抱きながら。
「は、速えーな。もう着いた」
ジロウのスピードに驚くハーキス。はじめは怖がって一歩後退していたのに、今では「いいな、いいな、うらやましいな」とジロウを撫でまくっている。表向きはキールさんの従魔だって伝えて、オレ達は早速広場の中央から草むしりに入る。
ここは野ざらしの広場だ。人が多く通る所は踏みしめられて草はない。だけど、木の下とか広場の奥では雑草が生えていて、丈が伸びて密集すると虫がつくから、そこを重点的にむしるんだ。ギルドがスコップを貸してくれたけれど、地面がとっても固い。本当だったら土魔法で柔らかくしたいんだけど………。
「ねぇ、ハーキスは魔法が使える?」
「おう、ちょっとな。何だお前、喉渇いたのか? 水だったら出してやれるぞ」
頼もしいお兄ちゃんだ。よかった。ハーキスが魔法が使えるのなら、秘密にしなくてもいいかな?
「うん、水ならオレもだせるよ。あのね、土魔法で地面を柔らかくしたら早いかなって思って!」
そう提案すると、「どんな魔法だよ」って腹を抱えて笑われてしまった。そんなにおかしいかな?
「見てろ! 魔法ってこうやるんだぞ! 大いなる自然の叡智より我に………? えっと力を授けたまえ。水よ、集い結びた アクエ? ウヲー?ウォーター」
どや顔で詠唱をして見せてくれたけれど、ぴちゃんともポトリとも水は出てこない。そういえば、キールさんもメイドさんもすごい早口で、家では詠唱なんてほとんど耳にしない。だから彼の詠唱があっているかどうかなんて分からない。そんな彼を見て、水が飲みたくなったけれど、ここで水を出せば彼のプライドがズタズタになるから、オレはつばを飲んで我慢する。
水の代わりにぽたり垂れた汗に「わぁ、すごい」なんてねぎらって、再び草むしりに励んだ。でも、子供は飽きるのが早いんだね。
「あー、くっそ! つまんねー」
むしり取った草を上に放ったハーキスは、ざっざかざっざかと足で草を撫でつけてキノコ探しを始めてしまった。まだ袋は全くと言っていいほど袋は膨らんでいないのに。
今ならいいかな? ハーキスの目を盗んで土魔法をかける。ほら、こんな少しのことで草が根から浮き上がってくるよ。しっかり土を払って自分の袋に入れて、ハーキスの袋にも半分くらい入れて。えーと、この前の小麦粉袋がまだ残っているけど、やり過ぎは駄目だから、ぐっと我慢。 あれ?
「ねぇ、ハーキス! キノコはないけど、薬草があるよ」
よくある葉の裏が白い薬草だ。ハーキスは慌てて木から下りてきて、すごいと言ってむしり取った。
「わぁ、駄目だよ! そんなに力を入れちゃ」
薬草には採り方がある。ほら、根元が傷つかないようにそっと押さえて、ぱきと自然に折れるように採取する。葉の裏の白い部分がこすれないように合わせて、雑草で作った籠にそっと乗せた。
「めんどくせー! それより討伐! 討伐しようぜ?」
ぐしゃぐしゃにむしりとった葉を石の上に乗せたハーネスは、手頃な枝を拾ってガシガシと木に攻撃を始めた。バキッ、ピンと枝が折れて飛び散ったので、慌ててそれを拾う。このままにすると溝に詰まるから、先日の粉袋にそっと収納。
あぁ、やっぱり暑いなぁ。ディーナーさんが持たせてくれたサンドイッチのお弁当と木筒の水筒を鞄から出して、日陰で休憩だ。オレの袋はもういっぱいだから、今日は早めに帰ろう。
「お前、なに食ってるの?」
「あっ、サンドイッチのお弁当。ハーキスも食べる?」
「ったりめーじゃん!」
木筒の水筒を奪い取って、身体に浴びせるようにこぼしながら飲み干したハーキスは、無造作にオレのサンドイッチにも手を伸ばして、口いっぱいに頬張った。
「ハーキスのお昼は?」
オレのお昼をほとんど食べられてしまったから聞いてみると、くったくなく無いと言い切った。朝と夕飯があれば幸せなんだと笑った彼に、ふっとレイの顔が思い浮かんだ。
「水、もうねーの?」
「あっ、うん。まだ飲むなら魔法だけれど」
そう言うと、じっとりとした疑いの目。もごもごもごと呪文を誤魔化して木筒いっぱいの水を出して渡す。ハーキスはさっきの自分の失敗を気にすることなく、もっともっとと三回もおかわりをしたよ。
雑草の袋は、一人だったら空間収納に入れるのだけれど、さすがによくない気がしたのでジロウにくくりつけることにした。ちょっと長いツルを探して、雑草袋の口を閉め、そのままジロウのハーネスにつける。
ハーキスの袋はオレが入れた草で半分くらいは満たされている。これでいいと言って、オレがくくりつけたツルの間に無理矢理押し込んでしまった。よれた袋の口からこぼれないかと心配だけれど、袋には随分余裕があるから、大丈夫かな?
小さな子供二人で、薬草の入った籠(ハーキスの籠はもちろんオレが編んだよ)を持って、歩いてギルドに向かう。ハーキスがへばったら木筒に水を入れて飲ませて。道ばたに転がった石を蹴飛ばして歩くハーキスだけれど、飽きたら道の真ん中に石を捨ててしまった。馬車や荷車の車輪に当たったら迷惑だからと、慌てて隅に移動させて。疲れて座り込んだハーキスの口にキャンディを含ませて、あと少しだとジロウと一緒に背を押して。協力し合って依頼を達成するのってこんなに大変なんだね。
お日様がてっぺんに来る前に広場を出たつもりだったのに、ギルドに着いたら陽が傾き始めていたので、オレは少し慌てていた。迎えに来られる前に家に帰らないと、みんなに心配をかけてしまうから。
「はー? 何でオレが銅貨二枚なのに、こいつは銀貨をもらえるんだよ! おっかしいーじゃねーか」
受付のお姉さんに食ってかかるハーキス。もともと今日の依頼は銅貨二枚だ。袋の半分にも満たない草だもの、満額もらえるだけでも凄いのになぁと思う。オレは袋にパンパンだったし、きちんと根の部分から草を抜いているのでプラス査定をしてもらえたんだ。それに、薬草が五枚、とってもいい状態だって褒められたし、五枚の薬草は銀貨一枚の常設依頼になっているのだから、銀貨が含まれるのは当然のことで。
「薬草だったら、俺もあんだろう? 銀貨! 俺にも銀貨くれよ」
「ですから、たった一枚! それもちぎれてヨレヨレの薬草では査定ができません。しかも薬に必要な白い部分がほとんど残っていないでしょう? 貴重な薬草を無駄にしただけですよ」
ギルドのお姉さんが珍しく大きな声を出している。ハーキスの薬草もオレと同じように籠にそっと乗せていたけれど、途中で拾った石とか木の枝とかを籠に入れていたし、乱暴に振り回したりするのだもの。一枚だけでもよく残っていたなぁと関心するくらい。
「卑怯だぞ! コイツばっか贔屓しやがって」
「贔屓じゃありません。 コウタ君は小さいけれど、丁寧で正確にできているんです」
「嘘つき! コイツ、全然、ラッキーボーイじゃねーし! キノコなんかなかったし!」
「だから、キノコはもしかしたらっていったじゃないですか! どんなに文句を言ったって査定は変わりません! お引き取りください」
オレはどうしたらいいか分からなくて。報酬を握りしめておろおろするばかり。一緒に依頼を受けたんだもの。半分こした方がいいのかなぁ。早く帰りたい気持ちもあって、眉を寄せて周囲を伺った。
「誰だ! ギルドん中で騒ぐ奴は?! ギルドの決定にしたがえん奴は冒険者として失格だ!」
鋭い厳しい声と共に、オレとハーキスが宙に浮いた。首根っこを押さえられて持ち上げられてしまったんだ。




