202 初心冒険者講習
んー、く、苦しい。
パタタと手足を動かしてもがく。駄目だ、苦しい。
プハァッ!
身体を起こすと、アイファ兄さんがニヤリほくそ笑んで立っていた。
「起きたか? お前、寝すぎだ。 駆け出し冒険者は朝が勝負だぞ!」
どうやら兄さんが鼻をつまんでいたようだ。ベッドからそのままオレを抱いて食堂に行くから、ミルカが慌てて髪を櫛づけ、濡れたタオルで顔を拭いてくれた。
窓から外を見ると白々と太陽が昇り始めたところ。メイドさんや使用人さんたちがいつもの音を奏でていて、早朝といった雰囲気。こんな時間に起きるのはソラくらいなんだけど。大きなあくびを一つしたところで椅子に置かれた。
「初心者向けの冒険者講習?」
「ああ、全部テメーのせいだよ」
めんどくさそうにサンドイッチを頬張る兄さんに、首を傾げる。キールさんが説明を加えた。
「ほら、コウタみたいなチビッ子冒険者見習いの為の講習。まぁ、この春に冒険者になったばかりのFランクも参加するのだけどね。どうやらギルドがお困りでさ。この前、騎士さんが話してくれたこと、覚えてないの?」
「ダメダメ。チビッ子、レイリッチのことで頭、ぼーっとしてたからね。アンタみたいなちっこい冒険者がギルドに来たんだけどさ、今、ギルドは大忙しで、相手にできないってことで、アタシ達が講習を頼まれたんだよ」
ニコル、お行儀悪いよ。食べたものが飛び出している。まぁ、プルちゃんが綺麗にしてくれるからいいけれど。
ギルドは大忙し。
元はといえば学校区の再建。結構派手に壊れたところがあり、それが教育に関わるところなので早急に復興させたい。だから建築関係者だけでなく冒険者も、労働力として大量に活躍している。
また、悪魔が煽って起こした暴動でも街の重要施設が幾つも壊された。特に商業区の馬車道は深刻で、一刻も早く復旧しなければ商店のみならず多くの都民、ひいては貴族たちの生活にも影響を及ぼす。
特に被害に見舞われた貴族は、その多くが悪魔扮する教皇に操られていて、その事実を隠そうと躍起になっている。修理修復を優先させるために資材の買い占めや優秀な人材を高値で囲い込み、それに引っ張られる形で物資の高騰が起こっている。
冒険者の需要は労働力だけではない。復興に関わる物資の調達も必須で、素材採取から加工、運搬、それに関わる護衛もあれば、街道に出る魔物の討伐など、どのランクの冒険者にも潤沢に仕事がある。(もちろん、近隣の街からもたくさんの冒険者が流入してきているよ)
オレが冒険者になりたいと言ったのは全く別の理由だ。だけど運良くというか運悪くというか、冒険者不足のおかげで店先の掃除やどぶさらい、両親揃って稼ぎに出た家の子らや家畜の世話など、通常なら依頼に出されないような街中依頼が増えてきたんだって。
そして……。
先日オレが頑張った薬草採取。初依頼、薬草採りとしては最高額の報酬で。だから自分や我が子も出来るのではといった冒険者見習いや、学校が休校になった子供達の新規登録が増えたんだ。
オレと同年代の子は、本来は冒険者になるには早すぎる年齢。(オレだけを特例化すると、本来、国が関われないギルドのルール的にアウトになるから、王様とギルドとのすり合わせで、一定の条件を満たせば誰でも冒険者見習いのHランクになれることになった)
当然、説明や手続きが手厚くなって時間がかかる。オレみたいに兄さんが手取り足取り教えてくれるって子はいない訳で。どうせオレに付き添うんだったら一人も二人も同じで、だったらまとめて初心者全員に教えちゃって欲しいと指名依頼になったということだ。
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「……勘弁してくれ」
ギルド内の奥広場で、アイファ兄さんがうずくまった。
広場では講習を受ける子供達がざっと三十人。もちろん五歳以下の見習いばかりではなく、十歳前後らしい子もいる。子供達ばかりだということで、観覧できる二階・三階ギャラリーには保護者がいて、まるで見せ物小屋のよう。なにしろ最近Aランクに駆け上がった『砦の有志』が冒険者に指南するということで、ついでに先刻その指導を受けた初心者が薬草採りで最高額を記録したとの噂が広まっていた為に、野次馬もいっぱいだ。
でも、兄さんが困っているのは、オレみたいなちびっ子冒険者。
ちゃんと並んで待つことができず、親と離れた寂しさに泣き喚く子や、トイレはどこと探し回ったり、いかにも社会見学ですと華美なドレスやスーツで参加する貴族だったり、闇雲に木剣を振り回したりとてんやわんやの大騒ぎだ。当然、講習を受ける雰囲気でなく。オレとニコルで必死になってあやして並べて……。始まるまでに数十分。
気を取り直して兄さんが一言。
「あー、俺たちは今日の講習を任されたAランクパーティの……」
「Aランクって何ー? 勇者様はSランクだよー」
「ちょっと静かに! ねぇ、その剣本物? 抜いてみて」
「あー、ずるい! 俺も抜くー」
「おい、聞こえねーぞ! 黙っていろ!」
「なんだと?! 俺にめーれーするんじゃねー」
「うわーん、ママー、ママー! 怖いよー」
うん。そうなるよね。
ここに集まるのは学校なんて知らない子がいっぱいで、みんなで静かに話を聞くっていう経験もなく。だけど冒険者になろうってやる気はあって。つまり血気盛んでやんちゃな子で。親の一攫千金の意向で連れて来られた子はわけがわからなくて不安で。
せっかく静かになったのにまた大騒ぎ。堪らず兄さんが注意すれば、恐怖でギャン泣きの大合唱だ。
「プルプルプルン!」
カバンからピョンと飛び出したプルちゃんに、みんなの顔が「ひっ!」と引き攣った。チャンスだ!
「あっ、大丈夫! この子、従魔なの! ほら、オレの言うこと、よく分かるよ」
木剣を持っている子もいるから、攻撃されないように慎重に前に出た。プルちゃんは薄水色の半透明の身体をプルプルさせて艶めいて綺麗だ。優しく撫でると小さな水滴をプルルンと飛ばした。
「プルちゃん、ソラの真似!」
ぴょんと宙に飛び上がって身体の形を変える。ウフフ、猛禽のソラの形。次はジロウ。みんな鳥だ、ウルフだって大喜びで撫でにきた。
「コホン。 従魔を持てば便利なことも多いが、適性もあるし、依頼との相性もある。まぁ、ちゃんとした冒険者になってからだな。基本的に自分の力量以上の従魔は持てん。強くなるために、基礎となる鍛錬を続けるんだ」
よかった。 プルちゃんの機転で、みんながキールさんの説明を真剣に聞いてくれた。すかさずアイファ兄さんが立ち位置を変えて、ギャラリーに響くように、大きな声で講習内容を一気に捲し立てた。もう子どもたちでなく、親に説明しようって感じだ。
冒険者見習いの条件やギルドの仕組み。トラブルに繋がる禁止事項。小さい子は誘拐の心配もあるらしい。冒険者プレートが緊急を知らせる笛になっていたり、追跡の魔法が施してあったりするんだって。ちょっと高価だから金貨1枚の登録料がかかるんだって。この時だけは、ざわついた。(報酬から少しずつ引かれるらしい)
ニコルが薬草のサンプルだとか、どぶさらい用の道具見本を準備していたけど、実技も実演もすっ飛ばして、あっという間に講習を終えた。
「あー、最後に、忘れんなよ? 小さくたって、冒険者は自己責任だ。街中だろうが外だろうが危険でない依頼は無い。そして……、ギルドに命持って帰るんが本当の冒険者だ。親も……、それを忘れんな!」




