201 夜の密談
【館の主と】
「あんさん、あんさん。この家のボスだろう? 一応、世話んなるからさ、あいさつに来たぜ」
明日の朝は早い。早々に仕事を切り上げて寝室に入ろうとすると、扉の上からぴょんと飛び降りた緑の奴。悪びれもなくペチペチと頬を叩いて話す仕草に腹が立ち、スカにするようにガシと手の中で握ってやった。
「へー、さすがじゃん。絶妙な力の入れ具合。殺ろうと思えばできるだろうに、よっぽど主に嫌われたくねーんだな」
拳の中から顔を出した奴はニヤニヤと笑い、確かに話を聞くくらいには度胸のある奴だろうと目を合わせてやった。
「おっとぉ? 威嚇かい。すげーな。 だが、使いどころが間違ってるぜ? あのルミナスが言っていただろう? 我には何の力も無ーって。だからさ、我の安全な暮らしの為に取り引きといこうか?」
あくまでも、主導権を譲らない奴だ。俺は拳に力を込めて唇を引いた。
「取り引きする価値もねぇ。それとも、俺に見合うものがお前にあるってのか?」
「いいねぇ、その自信。だが、いつだって利は我にある」
苦し気に汗を垂らす癖に。その態度はイラつかせるに十分だ。俺は反対の手の指で芽小僧の額をぐっと押す。
きゅるるるるん!
コウタを落とした例の瞳。ことりと首を傾げて、いかにもひ弱な小動物のような姿。だが、俺には通用せん。上に出るなら、目を潰し首をもぐだけだ。
「わわわ。ごめんしゃい、ごめんしゃい。我、よい子の芽小僧ですって! 許して~! 主のこと大事にすっから! 主に危機が迫ったら、あんさんを呼びにきますから! だから我を頼ってって、言いに来たんす! これからお世話になりますき!」
どこの言葉か、ややなまりを見せた奴は完全に下手にでた。やっとわかったかと力を抜けば、即座に飛び上がり、地に足をつける。
「お、お、お近づきの印です。きっと役に立つ」
どこからか出した魔法紙。何もできんと言いつつ、空間収納はあるようだ。侮れん。まだまだ叩けば埃が出そうだが……。
宙の紙を手に取れば、薄っすらと王都の地図を描いていく。だが、それは曖昧で、ギルドのものより随分劣る。……が、一か所だけ、そう、この館あたりだけ、白い点が付いている。
「なんだ? 」
片眉をあげて奴を見る。芽小僧が手をあげるとそれは館の見取り図になり、コウタの部屋に白い点が付いていた。
「あんさん、必要でしょう? 我を呼べば主と離れていても場所が分かる。まぁ、魔力不足だから酷く未完成っすけど」
「ー---お前!」
踏みつけようと足を出した瞬間、奴は俺の鼻先に跳んで、シュンと魔法紙を奪い取った。そして不敵に笑って消えた。
「これから、よろしくお願いしますわ」
【サーシャと クライスと】
「いやぁ、本当にお母さまで? いやぁ、おきれいです! 絶世の美女とはお母様のことだったんですね~! あぁ、我があと五百歳若かったら、絶対に惚れていましたわ」
「もうー。マメちゃんってばっ! ホントのことしか言わないんだから」
「母上、全然謙遜していませんよ。それに、こいつは幾つなんですか? あと五百歳って・・・」
頬をバラ色に染めて照れる母上と、生意気にもおべっかばかりを言う芽小僧を僕は油断なく観察している。
コウタと無理やり契約したらしい芽小僧は、悪魔になるか、魔物になるか。いずれにしても生かしてはおけない存在だ。コウタが愛着をもつ前に何とかしなくてはと僕は頭を悩ませる。アイツの気持ち悪いほどのご機嫌取りに、母上はうっとりしてしまい、悪魔の芽だから「魔芽」と、名前まで付けてしまった。そして、その手に持っている刺繍には可愛らしくデフォルメされたアイツのイラストが描かれている。
勇者の剣が差し込まれた場所は悪魔を仕留めた場所だ。その剣を抜いた時に出て来たコイツは声も姿も悪魔そのもので。お前の為に何人が犠牲になり、どれほどの人が今も苦しんでいるのかと、僕はギリと唇を噛む。スカが言うには悪魔とは全く別物らしいが、そんなことはどうでもいい。憎むべき対象であることには変わりない。
コイツにすっかり丸め込まれた母上は、キャンディを一つとると、奴の口にあーんと投げ入れてキャピキャピしていた。ー-と思った瞬間、素早い動きで僕の肩に乗った奴は、絶妙な音量で耳打ちをしてきた。
「兄さん、油断しないところ、さすがですな。我、兄さんと取り引きをと思いまして……」
思考が読まれたか? コイツは僕が良く思っていないことを察知した様子だ。
「我はルミナスが言うとおり、何の力もない、生き物である。だが、ルミナス同様、知恵がある。兄さんの知りたがっている古代の世界。主の兄さんであるから、その解明を我が手伝うのは至極当然のことと察するが・・・・」
僕はごくりと唾を飲んだ。そうだ! スカがコイツを知っているということは、コイツはそれだけの生き物で。コウタが傷つくことを恐れることなく、古代の生活が、古代の生き物が、古代の知恵が手に入るということ。だが、コイツは悪魔の化身。取り引きということは、見返りが必要ってことだ。
「ぼ、僕を囲い込もうなんて思っても無駄だよ。古代学は自分で解明するからこそ価値がある。それに、僕は古代の全てが知りたいわけではない」
そう告げると、奴は忌々しく笑って、続きを口にした。
「今よりずっと進んだ古代人の生活。滅びたものと進化を遂げたもの。その違いは何か? その理由を知りたいのでは? そして、人々の、そう、主の未来が豊かであるようにと願っている。のでは|?」
掴もうとした手が空のまま、奴はその拳に飛び乗って、悪魔の声で低く笑った。そしてすぐに、目玉をきゅるるんと丸めて可愛い小動物になり、甲高い声で言った。
「我は兄上の願いを叶えることがでいる。主への想いと共に、なーんてな?」
あざとい瞳に震えた僕は、無力感を隠すように臍を噛んで、魔芽を睨みつけた。そして、掴みそこなった拳の中に、おそらく古代語だろう文字が刻まれた金の指輪があることに気づいた。




