200 出会いと別れ
うるるん! うるるるるん! きゅるるるるん!
赤い瞳をまん丸にして、祈るようにオレを見つめる芽小僧。とっても可愛い姿だ。
「我はまだ、なんもしてないぞ! 生まれたばっかの、いたいけなよい子の生き物だぞ!」
その声は甲高く、さっきまでの悪魔の声色と別物になていた。
じゅわり。
ぽろ、と流した大きな涙。スカのように鼻につく生意気な姿はどこへやら。いまは、ほら、小さく可愛い生き物のように見えてしまったから不思議。
ててててて。オレの手のひらから飛び降りて、机上を走り、アイファ兄さんの前でお祈りポーズをする。
「兄さん、勇者の兄さん! 我は兄さんの瞳の訳を知っている」
「ああん? な、何でぇ? 突然、気味悪りぃな」
ててててててて。次はキールさんの前だ。
「兄さん、魔法使いの兄さん! 我は兄さんが使いたがっている魔法のコツを知っている」
「あぁ? なんだ突然? チッ、目を合わせるな! 奴の作戦だ」
ててててててててて。
「姐御! 我は知っている、乙女のひ・・・・」
ー---ガコーン!
砦に媚びを売ろうとしたのか、ニコルに鉄槌を食らった芽小僧はオレの胸にぴょーんと飛ばされた。
「「「 し、しまった?! 」」」
再び手の中に戻った芽小僧。目の前で生死について話し合われるのだもの、それは辛いかも。でも、このままにはしておけないし。
「悪さ、しない?」
受け止めた手の平でちょんと座らせて、指で漆黒の毛を柔らかく撫でる。さらさらのオレの髪とは違って、アイファ兄さんみたいなウエーブがかかったくせ毛。
「!!! うん、我はよい子の芽小僧だ! 勇者と白い魔法で......、って、お前、白い魔法の奴だな?」
「えっ、あの、光魔法のこと?」
「そうだ! 光魔法だ! お前の魔力は凄い、気持ちがいい!」
「「「「 わっ! 駄目だぞ! この流れは! 悪い予感しかしない」」」」
慌てた皆に抱きかかえられ、小僧はアイファ兄さんにつまみ上げられた。なぁに、みんな、突然、慌て出して・・・・きょろきょろと見回してニッコリ笑う。
「大丈夫だよ、みんな! さすがのオレも悪魔の芽なんかと契約・・・・」
「だー------!」
オレの言葉を遮るように、芽小僧が突然大きな声をあげた。そして、兄さんの手から勇者の剣を奪い取ってブンブン振り回して回転する。小さいけれど鋭い風が起こって、オレの指先を傷つけた。
「ー-い、痛っ!」
ー----ペロッ! ん――チュッ!
小さな傷口をペロリと舐めた芽小僧は、そのままの不思議な呪文を唱えると傷口にチュッとキスをした。
じゅわじゅわじゅわじゅわ。
白と、赤と、緑と、青に、紫に黄。傷口から広がった虹色の光。ふわり宙を漂うとオレの辺りに舞い降りた。
そしてー---乾いた音が、誰の耳にも、確かに、届いた。
「カチリ」
ソラの時みたいに、ジロウの時みたいに、プルちゃんの時みたいに、温かい魔力が身体じゅうに染み渡る。(スカの時とはちょっと違うんだな)
それだけで、この芽小僧が憎めなくなる。スカと同じくらいの大きさの、小さな不思議な生き物。唖然とするオレとギャラリーに向かって、満足げな笑みを見せた芽小僧は、もう安全だとでもいうようにレイの紅茶をぐびぐびと飲んでから、カップをどかして受け皿に胡坐をかいた。
「キシシ。本当はこっちの奴と契約したかったが、魔力の相性が合わんかった。まぁ、仲間だろう? 仲良くやろうぜ?」
その声は、再び悪魔に戻っていて、背筋がぞっと凍りついた。
「仲間じゃ、......仲間じゃない。俺はこの後、孤児院に行く。こいつとは別れるんだ」
震えながら、はっきりと告げるレイ。 えぇ?! 何で? どうして? 孤児院ってどういうこと?
「レ、レイ! 孤児院に行くって嘘だよね? ずっと一緒だと思っていたのに」
机に乗り出してディック様を見る。ディック様も兄さんも、サーシャ様も、みんな当たり前のような顔をしている。聞いてない! 聞いてない! 嫌だ! 別れるなんて嫌だ!
「ねぇ、レイ! オレ、冒険者になったんだよ。 これからは一緒に依頼を受けれるんだ。町中依頼専門の冒険者だから、ねっ? 危なくないでしょう? 受けたくないお仕事は受けなくてもいいんだ。.........」
泣いても、説得しても、ごねても誰も何も言わない。もうずっと前から分かっていたことのように、みんなは静かな瞳でいた。
「あーコイツ、あんときゃ妙に静かに受け入れたと思ったら、そういうことか」
鼻にしわを寄せたディック様。
「コウちゃん、お熱だったから覚えてないのね。レイが自分で決めたことなの。尊重しましょう?」
柔らかなサーシャ様の胸に、オレは絶望的になって思い切り泣き叫んだ。
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アイファ兄さんが勇者の剣をそっと布に巻き、騎士さんに渡すと、オレ達は王都に向かって馬車を進めた。誰も、何も言わない。オレだけが一人、ぐずぐずと泣きじゃくっていた。
門で手続きをしたあと、馬車は西側の居住区に足を向け、でこぼこな整備不足の道を進んでいった。ついた先は古びた教会。崩れかけた壁に斜めに傾いた木戸。入り口でタイトさんが待っていて、レイと二人、草の茂った細道を歩いて教会に併設されている孤児院の古い扉を叩いた。オレは馬車の窓からその姿を見送った。転移しないようにと兄さん達に抱えられて。
「さよなら」も言わないで。
振り向きもしないで。
淋しそうな顔すらしないでレイは行ってしまった。
「二度と会えないわけではないわ。また家の手伝いを頼むこともできるし。ねっ? コウちゃん。私たちが会いにくればいいのよ」
殺伐とした心にサーシャ様の優しい声が沁みていく。こくんと頷いてずずっと鼻をすすった。家から随分遠い孤児院。オレが会いに行けばいい。何度も何度も心に言い含めた。




