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199 悪魔の芽


 磁石のようにレイに引き寄せられる勇者の剣。その下に隠れる何かに気づいたアイファ兄さんが、剣ごと手に取った。


「わわっ! やめろ! 汚ねー手で触るな! おい、見るな! 戻せ! 地面に戻せ!」

 やや甲高くなった声だけれど、この声だけは忘れない。低くて高くて、腹の底を不気味に震わせる悪魔の声だ。だけど、兄さんはそんな声を無視して剣ごと持ち上げた。


 切っ先にぶら下がる小さな生き物。緑の皮膚に漆黒の髪。小さな腰布を身に着けた姿だけれど、見間違えるはずもなく、あの憎らしい悪魔だ。頬がふくよかに膨らんでいるからだろうか? 随分幼く見えるけれど。ぼろの腰布のせいだろうか、随分貧素に見えるけれど。


 兄さんは剣先にぶら下げたまま、じっと小さな悪魔を見る。そして、不意に口角をあげたかと思うと、勇者の剣を思い切りよく地面に突き刺した。


「わー---っ! たっ、たっ! あっぶねー! おい、こら! なにを考えていやがる」

 聞きなれた生意気な口ぶりが、妙に鼻につく。小さな悪魔はオレの頭の上まで飛び跳ねて悪態をついた。怖くて恐ろしい気配はない。その気配を持つのは兄さんの方だ。


「コウタ、動くんじゃねぇぞ・・・・」

「はぁっ? まさか?! お前、やろうってんのか?」


 動けなくなったのだろう。レイはぎゅっとオレを掴んで震えている。だから、だから、動こうにも動けない。小さい悪魔はオレの頭上から肩に降り、首をまたいで再び頭の上へ。そのたびにレイがきゅっと肩をすぼめて掴んだ指に力を入れる。


 悪魔をじっと睨みつけたまま、兄さんは剣を拾う。短剣なのかナイフなのか、小さくなった剣をくるくると回して片頬をあげた。


ー---ザンッ!


        パラリ。


 切り落とされた漆黒の髪はオレのもの。つむった瞼をそっと開き、上げた肩を見ると、わなわなと腰を抜かす悪魔がいて、そしてオレの肩をジワリ濡らした。

 ホッとする間もなく、オレの身体は金髪の少年にかっさらわれ、耳をつんざくような叫び声が響いた。


「何やってるの? 何やってるの? 兄さん! よりによってコウタに、コウタに刃を向けるなんて! 分かってる、分かってるよ! 本当に切るわけがないって! でも、駄目だ! 嫌だ! 許さん! コ、コウタ! コウタ、コウタ! わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあん!」


 泣き叫ぶクライス兄さんの魂の声に、オレの恐怖が引っ込んで。あんなに張り詰めていた雰囲気が、なんだかもう、どうでもいいような、困ったような、どうしたらいいか分からないような。ボロボロに泣き崩れたクライス兄さんに柔らかく微笑んだ。


「プルちゃん、悪いけど、スカを呼んできてくれる?」

 スカは今、正教会の神殿に祀られている。祀られているというのは、正しくないかもしれないけれど、教皇様が悪魔にとって代わられていたから、シンボル的な? 皆がすがることのできる象徴が必要だってことで、女神の遣いとして崇め奉られているんだ。たくさんの人に祈られて、供物を捧げられて。スカは敬われたいって言っていたから、ちょうどいいでしょう? 


 小さい悪魔は今、オレの手の中でぶるぶる震えているし、アイファ兄さんが悪魔を睨みながら勇者の剣をちらつかせているし。こんな状況、どうすればいいかって、千年を生きたスカ様なら分かるかもしれない。ドッコイが全身全霊の身体表現で教えてくれたから、スカを呼ぶことにしたんだ。



 騎士さん達はすぐに意を組んでくれて、荒野の真ん中にテーブルセットを出してくれたし、オレ達がゆっくり話せるようにシールドまで張ってくれた。騎士さんの一人が紅茶を入れてくれたから、オレは収納からチェーリッシュの実とキャンディを出す。うふふ、なんだかピクニックみたい。



「あ、あるじ―! 待ってた、待ってたよ。きっと助けてくれるって信じてた」


 おやぁ? 

 シュンと戻ってきたプルちゃんから飛び降りたスカは半べそをかいていた。ひっきりなしに祈りを捧げられるからお昼寝ができないとか、ぐだぐだ寝そべっていられないとか。たくさんの供物は貧しい人たちの炊き出しに持っていかれて、並べられるのは花ばかり。食べられず、寝られず、泣き言を言えば、シスターに叱咤されて大変だったらしい。そうか、敬われるのもいいことばかりじゃないんだね。


「お疲れ様、スカ。来てくれてありがとう。早速なんだけど、彼?のこと分かる? ドッコイがスカに聞けって言ってたの」

 お願いをすると小さな顔がにんまり、満足げに破顔した。


「俺様、女神の遣いだぜ? だてに千年も生きちゃいないー---って?! なんだ、芽小僧じゃん。お前、何、つかまってんだ?」

 スカと目を合わせた小さい悪魔は、開き直ったのか、オレの手の中で胡坐をかいて腕を組んだかと思うと、思い切り、そう、誰が見ても思いっきりだと分かるようにそっぽを向いた。



「なんだ? 芽小僧って? どんな存在だ?」

 ディック様がスカに向かって身を乗り出した。スカは得意げにぺらぺらと話してくれる。


 芽小僧というのは、悪魔になる芽を持った生き物のことを言う。ちなみに小僧だけれど性別はなく、腰布を引っ剥がしても期待するものはない。(いや~ん)魔素の取り込み方で魔物になることもあり、悪魔になっても魔物になっても人々を脅かす強力な種類になる。大昔、女神がこの星のピンチを知った時、星を救うためには強大な力が必要ということで、勇者を鍛えるために生み出した生き物なんだそうだ。


「昔はたくさんいたが、今はどうかなー? 絶滅危惧種くらい珍しいと思う」

「絶滅危惧種……。 つまり希少種?」

 金髪の少年の目の色が変わった。ちなみに、もう眩しいことはないだろうと黒メガネ(古代遺産のサングラス)はリュックにしまわれている。


「小僧の間は、なんも力はない。俺様と一緒。コイツらが悪魔や魔物になるには時間がかかる。しかも、勇者の剣の影響を受けてるからか? このくらいの大きさになると、なるべき姿の片りんを見せるけど、芽のまんま。芽小僧は本当はちっこい豆くらいの大きなんだよな?」

「勇者の剣の影響……、これからの成長が研究の……」

 てけてけと視線を合わせようと回り込むスカに、芽小僧は相変わらずプンとそっぽを向く。

 クライス兄さんはアイファ兄さんと違った見方で真剣だ。



「じゃぁ、魔物になる前に、やっちまった方がいいな?」

 きらり、剣に陽を反射させたアイファ兄さんがディック様と目を合わせた。


うるるん! うるるるるん! きゅるるるるん!


 急に態度を一変させた芽小僧は、赤い瞳をまん丸にして、祈るようにオレを見つめた。赤い瞳が艶めいて、気まぐれネコの様。これは、とってもとっても可愛い!!


「我はまだ、なんもしてないぞ! 生まれたばっかのいたいけな()()()の生き物だぞ!」

 小首を傾げて祈る姿に、悪魔の片鱗はどこに行ったのか? オレは見事に殺意を無くして、この変な生き物を守りたい気持ちにかられたのだった。

 





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