198 剣の導き
あの時の空のように、灰色が垂れこめた朝。
オレ達は馬車であの場所に向かった。
今朝早く、ワイバーンに騎乗した騎士様が伝令を伝えに来た。勇者の剣が変化していると。
あの剣は相変わらずあの場所に刺さったままで、白い煙、黒い煙をゆっくりと吸収していた。誰も抜けないけれど高価な魔石が美しい輝きを放っているし、間近に封印した遺跡もあるし、悪魔を仕留めた場所でもある。そのままにすることはできず、ずっと騎士さんたちが見守ってくれていた。
「ねぇ、ディック様。どうして、ディック様達はあの場所にいたの? 合図がきたら、すぐにオレの所に来てしまうんじゃないかって、ちょっと心配していたの。後から……、気づいて……」
罠が張られていたかもしれない。その部分はどうしても言えず、語尾が消えてしまった。
あの時の不安な状況を思い出して聞いてみた。来てくれたのアイファ兄さんとニコルで。だけど言われたままに転移したら、そこにはみんながいてくれた。まるで、オレを導くかのように。
「悪かったな。すぐに迎えに行ってやりたかったが......。だが、俺達が町ん中で戦闘するわけにはいかねぇだろう? アイファとも満足に連絡が取れんかったからな。アイツは真っすぐ馬鹿だ。何があってもお前の所にかけつけると読んで、俺達は怪しいと睨んでいた場所に直行したって訳だ。あのカメ公が出て来たっていう遺跡にな」
「ほら、学校区に出た何とかトカゲ。事件の後、危険だからさ、あのトカゲが出て来た転移の魔法陣をもとの遺跡に戻したんだ。カメもトカゲも、なかなか見ない古代魔物という点で共通点があったからさ、悪魔が手下を必要とするならば、あの転移陣を使うんじゃないかって考えて。先生たちがずっと調査をしてくれていてね。トリで連絡を取るうちに、コウタが大物を連れてくるならあそこだって考えていたんだよ」
オレは知らなかったけれど、オレを取り戻すためにディック様達は何日も調査をして、作戦を練って、いろんな出来事を関連付けて、オレよりずっと早く悪魔の可能性に辿り着いていたみたい。ずっと奔走してくれていたんだね。胸が痛いのに嬉しくて、隣でじっと外を眺めるレイの手に力を入れ、オレは前を向く。
今、オレ達が行くのは勇者の剣の場所。
悪魔の腹の中で、レイがずっと抱きしめた剣。オレが光魔法を注ぎ込んだその剣でアイファ兄さんが止めを刺した。剣が呼び寄せたのはオレ達三人なのだからと、随分体力を取り戻したレイと一緒に馬車に揺られる。
門を出て荒野の道をカスティルム方面にずんずん進んでいく。昨日、薬草採りをしたのは反対側で、すぐに草原に変わったけれど、遥か村からきた方面の道はむき出しの岩が多く、まさに荒野。草原や森、山が迫る場所もあるけれど、白茶、赤茶の硬い道が続いていく。
騎士隊に守られる馬車は大きくて重いけれど、屈強な馬たちの頑張りで半日を待たずに現場に着いた。チラと見えた剣はすごく膨らんでいて、大柄なディック様の身長を大きく超えるほどになっている。相も変わらず、誰が触ってもびくともしない。剣の周囲には白い煙、黒い煙が細くたなびいて地面に吸い込まれている。悪魔の気配が残っているようでドキリとした。
「アイファ兄さん・・・?」
ゴクリ。
唾を飲み込む兄さんは、厳つい手の平を見つめながら剣に向かって歩いて行った。何かあってはいけないと、やや遠巻きに騎士隊が陣取って油断なく警戒を続ける。
見上げる剣は呼吸すら切ってしまいそうなほど美しく輝き、けれど剣柄に収まっている緑と赤の石は大きさを変えていないのでとても小さく見えた。兄さんの後ろをレイと二人、そろそろと歩く。
パシパシ。
兄さんが剣を叩いてみるけれど変化はない。顎で促されたオレがレイと一緒にそっと剣に触れる。
ー---パアアアアア!
真っ白な光が刀身から放たれた。
オレ達は驚いて尻もちをつき、同時に眩しさでぎゅっと目を瞑る。いつの間にかキールさんと魔法使いさんだろう人が前に立ちはだかって、全力でシールドを張っていた。けれどそれだけ。
「な......、何も起きんな? 」
大人たちが周囲を見回し、剣元を調べてくれたけれど、剣はただ美しく人々の顔を映すだけだ。
「俺、行ってみます」
さっきは二人で触ったので、どちらが原因か分からない。だからなのか、レイが一歩踏み出して、再び剣を触った。すると、剣は柔らかな光を放ちながらゆっくりと小さく、そう、ありふれた長剣ほどの長さになった。ただ切っ先は地面の中だけれど。
「ちょ、ちょっと待って!」
引き留めたのはクライス兄さん。ガサゴソと大きなリュックをまさぐると黒い眼鏡を取り出して装着した。さらさらの輝く金髪に真っ黒な大きな眼鏡。あんなにさわやかだった人が急に残念になる。本人はご満悦だからいいのか? 早く早くと促されて、今度はオレがそっと剣に触れる。
ー---ぱぁぁぁぁ!
真っ白な光。やっぱりオレが原因だ。だけど、今度はさほど眩しくない。剣の大きさに見合った光だ。そして、赤と緑の石がちかちかと交互に光りだした。そう、イルミネーションみたいに。
「なっ? 力が溢れてきやがる・・・」
立ち尽くしたアイファ兄さんが、小さく呟いて剣と手の平を交互に見つめている。ほんの数秒。ザッと足音を立てて剣の前に行き、柄を手に取ると、そのまま全身の力でグッと押し込めた。
ー---ザクッ!
剣柄まで深く差し込まれた剣。周囲の人が皆、兄さんを見つめる。身体中から白い湯気を立ち昇らせた兄さんは違う人みたいだ。そして、地面に埋まった剣に足をかけ、スコップを押し出すように反り返って引いた。
抜けた!!
天に向かって刀身をあらわにした勇者の剣は、曇った空を明るい光で書き換える。
緑と赤の魔力の粒。 オレの金の魔力みたいにキラキラと空から降り注ぐ粉。エネルギーが湧いてくる、みんなの優しさがジンと染み渡る、強くて優しいキラキラだ。
ふわり上空まで浮き上がった剣は、兄さんの手から離れてひゅるひゅると小さくなった。
「なっ、なっなんだ?」
「「「「 す、凄げー! 」」」」
不思議な光景に呆気に取られる中、オレは、オレ達は、アイファ兄さんの瞳が再びオッドアイになったことに気づいた。だけど、短剣ほどになった剣は、小さくなった勢いのままレイの足元に転がった。
「!!!」
まるで剣がレイを選んだかのよう。けれど、レイは驚いて一歩足を引く。それに合わせて剣は近づくように地面を這う。不思議だ。レイの退く歩みに合わせて、剣は一歩近づく。ズズズと音を立てて、剣先が不自然に引き寄せられていく。まるで磁石のように引き付けられているみたい。恐ろしいものと対峙したかのように、レイはオレの肩に身体を寄せて来た。
「なんだ? こいつ・・・」
不意と併せた赤い瞳の兄さんが剣を持ち上げると、剣にぶら下がった小さな生き物。放せ、消えろと悪態をつくその声をオレ達は忘れない。この声は・・・?!




