196 テンプレ?
「お前、昨日、熱を出したんだぞ? ほどほどに帰ってこいよ」
王様から冒険者プレートを貰ったオレは、アイファ兄さんとギルドに向かう。サーシャ様とメイドさんたちが大急ぎでかっこいい(と言えって言われた)冒険者服を準備してくれて、いたる所にレースやリボンのひらひらがついているけれど。朝食の残りを慌てて包んでくれたディーナーさん。さすが、わかってくれているね! 見送るディック様に手を振って、今日は様子見だけだとにんまり笑った。
ガラガラと馬車で道を下っている。あれ? 冒険者って、ギルドまで馬車で行く? しまった! 間違えてるよ! だって絵本の中の冒険者は、安い宿から歩いて行くんだよ。 歩きでなくたって、せめて馬だよね? 慌てて馬車を降りようとすると、引き留めたアイファ兄さんがニヤリと嬉しそうだ。
「兄さんはついてこなくていいのに……」
プルちゃんを抱きしめて、ぽつり呟く。キヒヒと笑いながら、ちゃんとできるかどうか見るだけにすると約束してくれた。わくわくする気持ちをぎゅっと押し殺して、舐められないように表情をキリッと引き締める。心配そうな御者さんに元気よく手を振って、ギルドから少し離れた場所で馬車を降りた。
早朝とはいえない時間のギルドは、やっぱり閑散としていて、オレはとてとてと階段を上っていく。うふふ、前に兄さん達が依頼を受けるのを見ていたから、ちゃんとわかるよ!
壁いっぱいに張られた依頼。オレ一人で受けられるのは、FランクかEランクの町中依頼だけだから、まずはその二つのランクを探すんだ。だけど、高い場所に貼られているのはよく見えない。仕方がないからぴょんぴょん跳ぶけど、邪魔だって冒険者さんに言われてしまった。
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「くくく、面白れー! あいつ、どんなテンプレを引っ張ってくるのやら」
ギルドの入り口で「ついてこないで」と言われた俺は、扉を背にして中の様子を探る。あんなちっこいガキが一人でギルドに乗り込むんだ。目立つことこの上ない。人が少ない時間とはいえ、まずは邪魔にされるだろうよ。ふざけんなってキレる奴もいるか? 冒険者プレートを見せびらかせば、Hランクだと笑われるのがおち。ちょっと実力を見せてみろって絡まれるのがテンプレってやつだ。
パンチの一発二発くらいは、まぁ、許したくはねーが、覚悟しとかないとな。
とってくる依頼は薬草取りか? お使いか? 荷物運びなんかは難しいってわかるだろうけど。さあて、どんな騒ぎがおきるかなぁ? 兄ちゃーーんって助けを求めに来るか? ガキが一人で依頼を受けるなんざ百年早いって気づきゃいい。
そんな初心冒険者あるあるを期待していた俺だが、扉の中は意外と静かだ。まさか、あいつ? なんかやらかしてんじゃないだろうな? 不安になって、こそと扉の中に入る。
「うおっ?」
すぐにぶつかった小さい奴。間違いなくコウタだ。コウタだけれど………、何が起こった?
「あっ、アイファ兄はん、あの、そろぅ、うえつけろ ほれえはんは ほんれるんられろ」
蚊が鳴くような小さな声。伏し目がちな目に、俺は、俺は………。吹き出さずにはいられない。
「なっ………? 何があったらそうなるんだ?」
腹を抱えて周囲を見回すと、きゃぴきゃぴと盛り上がる女冒険者に、ひっくり返った厳つい男、介抱する青年冒険者。呑気な和みムードと、ピリピリとした緊張感と………。そして、変わり果てたコウタの姿。
ピンクのリボンで漆黒の髪を結び、エプロンのような腰巻き。ひらひらのフリルやレースの間には花が飾られ、両手いっぱいの串焼き。もごもごとしているその口いっぱいにも、甘いかぐわしい物が押し込まれている。
俺は慌てて手を上げている受付にかかった。思っていたテンプレとは全く違うけれど、さすがコウタだ。早速やらかしたのだと焦って事情を聞く。
「悪ぃ、弟だ。何をしでかした?」
受付嬢は若いが手慣れたいつもの彼女。ほっとしたように微笑んで「いいえ、なにも」とつれなく言った。
「砦のリーダー、アイファ様でよろしかったですね。ご無事で何よりです」
いつものように淡々と早口で巻くしたてる。何があったのか、カウンターに乗り出してコウタを見ると受付嬢がチェーリッシュの籠を取り出して説明をした。チェーリッシュは実際のところは収穫時期を終えている。だが、自然の植物であるために依頼達成までの期間が長く設けてられていて、締切日までは数日猶予があったようだ。例の事件によって依頼は未達成となる予定だったが、たった今、コウタが籠いっぱいのチェーリッシュの実を提出したことで依頼完了。報酬を支払いたいとのことだった。
「それにしても、傷みやすい実です。こんな完熟なのに傷がなく、素晴らしい状態。さすがAランクです。どうやって手に入れたんですか?」
「オレの空間収・・・・・ふがっふがっ」
全く。やらかすのは今だったらしい。俺はコウタの口は塞いで、自身の口をもごもごと濁した。冒険者の仔細については秘匿事項も多い。指を一本、唇の前に差し出せば、ベテラン受付嬢はすぐに意を汲んでくれた。
「はい、では、依頼完了です。あっ、そうそう、弟さんでしたっけ。今朝の通達で承っていたので、問題なく依頼を受けられるのですが………、確認されます? 規約的には大丈夫なんですけど、一応、一般的な意見とか、ご家族の意見とかも聞かれたらどうかな?………とアドバイスをさせていただきまして」
「そうなのか? なら、頼む。一応初依頼だからな。失敗しないものがいいと思うし………」
キャピキャピのお姉さん冒険者に囲まれて、目を白黒させて串焼きを食べる奴。うん、まぁ、そう。そんなテンプレもあるけれども………。大きなやらかしでなくてよかったと胸をなで下ろしながら、コウタが選んだ依頼に目を通す。選んだ依頼は二つ。どちらかにするそうだが……。
Fランク依頼 子供の世話 3時間程度
報酬 銀貨1枚
子守り
(五歳児をはじめとする三兄弟)
Fランク依頼 教会での読み聞かせ 1時間程度
報酬 銅貨5枚
集めた子供達に絵本を読む
時間があれば文字を教える
「なっ? これ、アイツでいいのか? アイツ、まだ四つだぜ?」
「規定のランクはいいのですが・・・。やっぱり、どう考えても無理がありますよねぇ」
コウタの方をチラチラと見た受付嬢は、明らかに困惑していて………。まぁ、俺が呼ばれた意味を理解した……。
ふう。4歳の壁だ。 大きくため息をついた俺は、近くの壁にあった薬草取りの依頼を引っ剥がす。
「指導冒険者 Aランクなら文句ねぇよな?」
「はい! もちろんです」
俺はテンプレなる出来事を諦めて、コウタの首根っこを掴み、ギルドを後にした。おかしなコウタの格好や両手に溢れる食いもんのことも聞きてーし。まぁ、今日はコウタちゃんと門周辺で久々の薬草取りに励むことにする。




