194 夜の訪問者
ジロウ曰く
『ーーーーまだ魔力不足だから、すぐに治まるよ』
その通りだった。いつものごとく、館中の人々に抱っこをせがみ、あっけなく普通の水で落ち着いたコウタは、レイリッチのベッドで、レイリッチに抱かれて眠りについた。突然のコウタの赤ちゃん返りに面食らっていたレイリッチだが、息苦しそうなコウタの髪をそっと撫でながら柔らかい瞳で見つめていたから、彼も何か感じることがあったのだろう。
執務室で静かに飲み直していると、遠慮がちにアイファが入ってきた。サシで飲むなんて久しぶりだ。知れず頬が緩む。通りに面した窓からは、周囲の屋敷の街路灯が小さく光っていた。
「支度ができ次第立とうと思うが、いいか? まぁ、なかなか装備が揃わねぇから時間がかかるかもしれねぇが………」
俺に伺いを立てるなんざ珍しい。落としどころだと選んでくれたんなら嬉しいこったと黙ってうなずいた。
「………………俺達は、そん時々で、最善だと思う選択をしてきている。違うか?」
そう問いかけると、アイファは濃く澄んだ瞳を俺に寄越した。
「あのとき、こうだったら、ああだったら。考え始めたら限りがねぇ。選ぶ間もなく、時にはどんどん流されることもある。だが………、お前はいつだって、出来うる限りの最善の道を探る。後悔のない人生なんてない。よく、無事に帰ってきてくれた。俺は、そんなお前を誇りに思うぞ。だから、意のままに進めばいい」
ちびりちびりと琥珀色を見つめて、最後はクイと飲み干したグラス。伏せた瞳をそのままに、アイファはこぽこぽと酒をつぎ足してくれた。
「親父は………、どうだ?」
不意の問いを、怪訝に見返すと、アイファはボトルを机上に置いて手のひらをじっと見つめた。
「友を殺った後悔よりも………、あの感触が忘れられねぇ。歯が立たない強者。身体中に電撃が走ったように、眠っていた力がたたき起こされるかのような衝撃。コウタが放った吸い込まれるような白い光と、俺の身体噴きだした馬鹿でかいエネルギーが忘れらんねぇ。もう一度、もう一度、体感したい自分がいる。あの興奮を求める俺は………………。不謹慎で………、くそっ、許せねぇ!」
力を入れて握った拳が、わずかに震えている。あぁ、若けぇなと純粋に羨む。そして、重い枷なのだと胸を痛める。それも含めて贖罪なのだと。
緑と赤のオッドアイ。
あの瞳は見間違いなんかではない。街を救った英雄などではなく、友の命を己の成長の糧と引き換える贖罪の瞳だ。つらい現実を己の身体に抱えて飲み込むことこそ、確かにそれが勇者なのだなと悲しく悟った。
「代わってやれんくて、すまんな」
思わず口をついた言葉に、自身が驚く。あー、うー、と口ごもるが誤魔化しようもなく、再びクイとグラスを空にした。
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「何じゃ、もっと陽気に飲んどると思ったが、湿っぽいのう」
「「 ・・・・・・・?!!!! 」」
ぶわりと重い魔力の風。振り向くとそこには黒いマントに身を包んだ三人の男。一人は瞬時に消え去り、もう一人は油断なく扉の前に立った。
「おいおい、簡単に国家機密を使ってくるなよ」
「チッ、悪いが行儀よく出来ねーぞ、国王様よ」
黒いマントを足下に落として、国王と呼ばれた男は細長い瓶をドンと机に置いた。
「何か、つまみはないのか?」
歓迎しない顔をそのままに、親子はおのおののグラスを取って酒を注ぎ合う。
「おいおい、聞いておるか? 儂のこん酒を飲まんと? おい、ディッ君! おーい、そんなつれなくしないで! ねっ? ねっ?」
間もなく、気配を察したタイトが訪れて無事に来客をもてなすこととなった。
村よりも随分広い執務室。男ばかり、黙って酒を飲む。
「この酒、すっごく珍しいのよ。 日の出の遠き国からの贈り物。 なんだったか、麦の仲間みたいな? そうそう、勇者伝説のすっげー魔法剣士の指南を受けて作られたって代物じゃ!」
いじけ気味に吐き出したオッ君に、二人がずいと反応した。
「魔法剣士?! それって、女だよな?」
「どこだ? そんなところと国交なんてあったのか?」
ディッ君の食いつきに、満足そうに瓶をさするオッ君は指を立てて秘匿するよう声を落とした。
「最近な、最近。 アレキサンドリアよりずっと東方の国じゃ。最近はここらでも遺跡の発掘が進んどるじゃろう? まぁ、世界中で似たようなもんらしい。 その流れで、持ち込まれた献上品じゃ。やっかいなことに強い魔物も増えとる。お主らの功績で今後がどうなるかしばらくは静観じゃが………。過保護な兄ちゃんは国を離れるじゃろう?」
「あ、ああ。 もとよりアレキサンドリアに渡る予定だったが………」
高価なガラス瓶の中で美しい輝きを放つ透明な液体。封をあけるとまろやかな香りが立った。
「こいつは、あの龍爺のところでも飲んだな。こっちの方が雑味があるが………旨い」
「なんじゃ、ディッ君? 飲んだことがあるんか? ずるいのう。 じゃぁ、これはどうじゃ?」
ごそごそと懐からだした袋。ざざっとこぼせば、薄茶の堅い小さな粒。
「これをな、もっともっとこすって真っ白にして、それを原料にするらしい。こ………こ、め? っていったかのう。まぁ、ここらあたり、坊が喜ぶんじゃなかろうかとピピーーンと来たんじゃ。」
『坊』と聞いてあからさまに表情を変えた親子と執事に、王はくわばらくわばらと肩をすぼめて再び酒をあおった。そして、本題に取りかかるために一枚の魔法紙を取り出した。
「坊の要求だ。一つは既に準備済みじゃ。もうちっと時間がかかるが、兄ちゃんもおってくれよ?」
「ああん? あいつ、何を頼んだんだ? 碌なことだったら承知しねぇぞ」
「で? もう一つは、あの冒険者になりたいってやつか? ほかっておけ! じきに歳も上がるし、あいつが外に行くなんざ、トラブルにしかならん」
「つれないのぅ。 じゃが、約束しちゃったし」
残り少なくなった瓶を抱きしめた王は、魔法紙にふわと息を吹きかけた。魔法紙に文字が浮かび上がる。男達は皆でそれを読み、うーんと頭を抱えて悩む。
「まぁ、ここらが落としどころじゃて。他に影響を及ぼすから坊に限って、とはできんじゃろう?」
「だが、これだとアイツみたいなチビッコがわんさとやってくるぞ」
「そうなりゃ、アイツみたいに無茶をする奴が出てくる」
親子のハードルは高そうだ。だが、王の説得にしぶしぶ頷いた。
今回の事件で冒険者そのものの数が減ったこと。学校区を始め壊された街を直すのに人手や素材が必要であること。低ランク冒険者がする仕事を、さらに小さい冒険者見習いが王都内に限って担うことができれば、復興が早く進むだろう。子供達の生活も豊かになるなど、混乱する街ならではの事情が考慮されたからだ。
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「主どの、時間です」
「なっ? まだ話が………うおおおおお」
側近が割りいると、再び大きな魔力が動いた。目を合わすことなく、黒マントをかぶせられた男達しゅんと風を沸き出して消えた。
「俺達もそろそろ寝るか? まぁ、すぐ起こされるかもしれんが」
「ああん。 だいじょうぶじゃね? こんだけ時間が開いてんだ。さすがに快方だよ」
「だといいな」
残された男達は静かに部屋に戻っていった。




