191 おうちに帰ろう
ふかふかの絨毯に薄い布団を敷き、コロンと転がる赤ちゃんズ。オレも床にうつ伏せて、ツンツン頬を突かせてもらう。あーうー、なんてお話する赤ちゃんは可愛いね! こういうのを愛しいって言うんだね。
ゴロリゆったり寝そべるジロウにレイが持たれかかってうとうとしている。ドッコイは丸くなってみんなを見守っているし、プルちゃんは赤ちゃんの間をウニョンウニョン動いてぺたり。火照った頬を冷やしてる。
うふふふ。嬉しいと温かいよね。オレの頬は緩みっぱなしでだらしなく溶けているかもしれない。
部屋の隅で軟体動物のように溶けているのは、もちろんサーシャ様。初めはすごっく興奮していたのに、今では意識があるのかないのか、デロンデロンに頬が緩んで動かないよ。
ねぇ、赤ちゃん達。早く大人のお話が終わるといいね。やっとお家に帰れるね。
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「もうすぐ話が終わりそうだけど、コウタ達の様子はどう? コウタ、寂しがるからさ。たっぷり遊べてるといいのだけど」
クライスに指示されたメイドが、子供達がいる応接室に向かう。先刻、抱かれた赤ちゃんを覗くコウタが、随分可愛かったことを思い出し、役得だなと長い廊下を急ぐ。
「チッ! 先客め!」
プロのメイドは思っても顔に出さない。心で舌打ちをしつつ、扉の前で佇む一人のメイドに声をかける。
「お子達のーーーー!?」
不意に手の平で口を塞がれた。思わず臨戦態勢をとるも互いにプロのメイド。すぐに相手の意図を知る。
「シィッ!」
コクリ頷いてそっと扉を覗く。細長い視界。部屋の中央で可愛い幼児らが、やはり飛び切り可愛い姿で寛いでいる。
ーーグフッ!
殺人級の可愛らしさに気を失う。初めのメイドは倒れた同僚をそのままに、気取られないよう注意深く、再び扉を覗き続ける。
「まだかかりそうですか?」
再び部屋を訪れたメイド。同様のやり取り。
ーーグフッ!
扉にもたれかかってヘナヘナと腰を抜かす。腰は抜かしても。視線とヨダレはそのままに。
『可愛いですわ!』
『あぁ、このひとときがずっと続きますように』
以心伝心。次々と訪れるメイドたちが山になり、壁になり。主人の指示はどこにいったのか?
「何かありましたか? 建て付けでも?」
扉に群がるメイドに、何かあったかと駆け付ける使用人。
ーーほ、ほっ、ほにゃぁ〜!
お決まりの幼児にお決まりのもふもふ。そこに加わる赤ちゃんズの何とも穏やかなほのぼの感。
「ほぇ〜。 いつまでも見ていられます〜」
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「おい、さすがに遅くねぇか? まさか?! アイツ、またやらかしてるんじゃ……?」
何人使いに出しても、一向に戻って来ないメイドたち。痺れを切らした主人が腰を上げる。
「ま、またって?! うちの子に何かあるかもしれないんですか? やっと、やっと会えるって言うのに?!」
「い、いやぁ、それは大丈夫です。騎士も守ってますし、強固な結界も強いている。ちょっと遅いなぁって思っただけで……」
「あぁ、もう待てません! サリリちゃん!どこです?!」
「私も行きます」
「私も。失礼!」
主人のうっかりな一言で、顔色を変えた親たちは一直線にメイドたちの足跡を辿る。事の経緯と、特徴の確認のために別室で話していたのだけれど。どの親も行方不明の我が子のこととあって、歯止めは効かない。怒涛のごとく廊下をひた走る。当然といえば当然で。
ーードドドドドドドド!
鬼の形相で目指す場所はメイドや使用人が群がっている扉。よく見れば倒れている者、パタパタと風を送られて介抱されている者まで。この姿を見てしまっては正気でいられる親などいない。
「「サリリちゃん!」」
「「フィヨルド!」」
「「アステリア!」」
愛しの御子の名前を読んで、転がるように部屋に入ってきた。
「「 !! 」」
「「「「 わぁあああああああ! 」」」」
ひとしきりの半狂乱。叫び声は徐々に収まり、涙を流してただ子らを抱く。コウタとレイリッチ は二人、柔らかく瞳を交差させて、ほうとため息をついた。
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幾度も頭を下げて、手の中の我が子を抱きしめて、幸せ色を詰め込んだ馬車は我が家に帰っていく。よかったね、おうちに帰れて。待っていてくれる人がいる、ここに居なよと言ってもらえる。そんな場所があるなんて、なんて素敵。
ちょっと寂しいけれど、薄く湿った瞳をパチパチと瞬いて、オレはレイの手をぎゅっと握った。
「次はレイの番だね。もうちょっと元気になったらお姉さんに迎えに来て貰おうね」
何気なくかけた声に、レイはきゅっと唇を結んで俯いてしまった。随分元気になったと思ったけれど、まだ回復には程遠いのかな? 眉を寄せてタイトさんを見たら、レイを抱えてベッドの部屋に運んでくれた。
「しばらく寝かせてあげましょう。さぁコウタ様はディック様のもとに……」
「ううん。もうちょっとレイといる……」
賑やかだった世界が急に静かになって、寂しくなった。すごく寂しい。おうちに帰れたオレでそうなんだから、レイはもっと寂しいはずだ。一緒にいたい。
心配そうなタイトさんにしっかり笑顔を返して、オレはレイのベッドの横に椅子を持ってきて座った。
時計の秒針がチコチコと時を刻む。ベッドと小さなテーブルセットしかない簡素な客間に、レイのボロボロの家を思い出した。
そういえば……。あそこは被害はなかったのだろうかと不安になった。その時。
「お前……。あっち、行けよ」
小さな、でも確かな声が聞こえた。オレはびっくりして、嬉しくなって、レイの手を掴む。だけどその手は強く振り払われた。
「レイ、よかった、話せたよ! 声がでた! 凄いよ、すごい!」
オレの気持ちがちっとも伝わっていない気がして、懸命にレイを励ます。
だけど……。それはレイにとって、すごくすごく辛いことだった。
「うるせー! お前に何が分かる?」
怒った顔で、シーツを握りしめたレイはブルブルと震えていた。真っ青なのに真っ赤になって。それは不気味で、恐ろしくて、だけど絶対に向き合わないといけない念を出していた。
「姉さんは死んだ。殺された。頭だけ、頭だけ持って行かれて……。俺が、俺が居ない時に! だから俺はあの方に、司祭に自分を投げ出したんだ。どうとでもしてくれって! 姉さんを守れなかった俺に価値なんかない! だけど、だけど、なんでだ? せっかくアイツに喰われてやったのに……、お前が、お前が、緑の光んなって俺を引き戻す! 頭ん中で、何度も何度も呼びやがって。お前んせいだ! お前のせいで、俺は赤い剣を拾っちまった! お前んせいで……! お前んせいで、せっかく飲まれたのに、俺は生きてる! お前んせいだ! 悔しいのも、辛いのも……、なのに、嬉しいんのも! お前んせいだーーーー! わあああああああん」




