188 ご褒美
騒動が落ち着いてから二日。
オッ君とディッ君は、国の偉い大臣たち、そして多くの民衆たちが納得できるように着地点を話し合っていた。まぁ、最初の想定通り女神の遣いスカ様のお力で、いずれ魔王になるはずの悪魔を早期に撃退したという筋書きらしい。
だけどオレは落ち着かなかった。レイの気配がない。レイは助からなかったんだろうか? そうだ、村に預けた赤ちゃんも取り戻さなければ。
昼食が終わってサロンの人が少なくなってから、オレはサーシャ様に赤ちゃんのことを打ち明けた。早くお母さんのもとに戻してあげたい。だけど、王様の居住区のここは何重にも結界が張られていて、そして、いつも王盾さんや近衛兵さんやメイドさんたちがいるから、さすがのオレでもこれ以上魔法を見せるのは良くないと思うんだ。
「そうね、夕刻には館に戻れるわ。だけど、赤ちゃんは明日にしましょう。メリルが見てくれているなら安心だし、おうちに返すのも陽が高いうちがいいものね。それに、コウちゃんはレイとお話したいでしょう? 館で休ませているから、今日はレイとゆっくりなさい」
「レ、レイ、生きてるの?」
驚いてサーシャ様に飛びつくと、グンと視界が上がった。サーシャ様はオレを持ち上げてくるくると嬉しそうに回る。
「うふふ、びっくりした? コウちゃんのおかげでちゃんと無事よ。 でも、目が覚めた時に王様のお部屋だったら、それこそ驚いて気を失っちゃうわ。館でイチマツが見ていてくれるから安心して。もう食事もとれるようになったって、報告がきているから。そうね、夕食は一緒に食べられるといいわね」
嬉しい! レイ、無事だったんだ。しかもエンデアベルト家のお屋敷にいるなんて! あぁ、早く会いたいな! 元気になったら、また一緒に遊べるかな?
忙しそうなディック様と兄さんたちを横目に、オレとサーシャ様はいそいそと帰り支度をした。何かと目立つエンデアベルト家だから、王宮の秘密の通路から砦の有志とジロウとドッコイを先んじて家に帰したんだよ。
ディック様とオレ達はお城の門から帰るからね、いつまでもぼさぼさ頭ではいられない。オレとサーシャ様、メイドさんとでかっこよく櫛づけて、ほら、立派な英雄様にしたんだ。
話し合いとお支度で妙に疲れ切ったディック様の背中を押して、王様にご挨拶。さぁ、みんなで館に帰ろう。
そのとき、王様とディック様がニヤニヤとオレの目線までしゃがんだ。 どきっ?! オレ、何かやらかした?
すると王様に続いて王妃様までもがオレの前に傅いて、頭を垂れた。オレは訳が分からずにディック様にしがみついたんだ。
「此度の働きに、感謝申し上げる。御子殿、というと嫌がるそうじゃが、本当に、本当によく、助けてくれた。そして、随分辛い思いをさせた。すまなんだ。ホフムング王国の国王として、最大の敬意と謝意を表する」
「私からも、ありがとうございました」
「えっ……。あの、頭をお上げください。王様が簡単に頭を下げちゃ駄目なんだよ。それに、オレの力じゃないの。みんなで頑張ったの。王様だって、たくさん頑張ったでしょう? だから、ほら、ねっ? 」
見上げた薄茶の瞳が嬉しそうに微笑えんでいた。もう! オレが困るのを分かっていて見ているんだね! 顔をあげた王様も王妃様も、予想通りだとでも言うかのように、くすくすと声を漏らして笑ったんだ。
「ほっほっほっほっ……。ディッ君に預けるには惜しい子じゃが、安心せい。もう誰も、この親子を引き離したりはしない。早急に手続きを約束しよう。して……、皆と話したが……」
頼もしい王様がディック様をチラと見て言った。
「今回は大事すぎるでな。お前さんに栄誉をくれてやるわけにはいかんのじゃ」
「分かるだろう? それに、どうせくだらん勲章だ。” 悪魔をやっつけちゃったよありがとう勲章” なんていらねーよな?」
「違うわい! お前こそセンスがない! ” 悪魔は怖かったけど、これでもうひと安心だよ勲章” じゃ! いや、そんなことで張り合うんじゃなくてな......。御子殿、いや、坊よ。勲章も栄誉もやれんが、こっそり褒美をとらそう。さぁ、なにがよいか?」
オッ君とディッ君の漫才みたいなやり取りをみんなで笑った。ねぇ? 王様はオレにご褒美をくれるんだって! わぁ、素敵! 何にしよう!
「うふふふ。 御子様はお菓子がお好きだと聞きましたわ。壺いっぱいのキャンディなんてどう?」
柔らかな物腰の王妃様。うん、それは魅力的。だけど、オレの空間魔法にはキャンディロップのキャンディがたくさん入っている。それに、エンデアベルト家のお菓子の方が絶対に美味しい。
「いやいやいや、コウタ! チャンスだよ! 古代遺産、発掘させてもらいなよ。 いやぁ、新しい遺跡の調査がいいかな?」
うん、それはクライス兄さんのご希望だ。確かに遺跡を探せば、父様や母様の痕跡が出てくるかもしれない。だけど......。それってご褒美にしなくてもいいよね。
「コウちゃん、やっぱりドレスがいいわよ。 あぁ、いえ、お洋服よね? はぁーお高い宝石に新作のつやつやリボン! そうそうドッちゃんの分もあつらえなくては!」
「いいや、剣がいいだろう! カッコよくて最上級の素材で作らせるか? やっぱ俺とおそろいがいいよな? いやいや、ワイバーンに乗ってドラゴンの山まで行くか? ワイバーンからの景色はすげーぞ!」
サーシャ様もディック様も。みんな、わざわざご褒美にしなくても、やりたいときに勝手にやるよね? 特にサーシャ様。きっと館に着くなり職人さんを呼ぶんじゃない?
あぁ、困っちゃう。オレ、ディック様達と一緒なら何にもいらない。ほら、オレの胸、嬉しくってパンパンだし、ほっぺだって、きっとつやつや幸せ色だ。
あっ! そうだ! これなんかいいよね? きっと王様の力を借りなきゃ難しいことだ。
オレは跪いた王様の耳にそっと手を当てて、お願い事を言ってみた。どう? 王様。 できそう?
不安げに見上げると、王様はすくと立ち上がってディック様を見ると、困ったように表情を曇らせた。
「むっ......。むむむ。一つは大丈夫だ。時間はもらうが、儂にしか出来ぬこと。じゃが、もう一つは……。アヤツがどう言うか……?」
「お願い! 王様! 王様の力があれば何とかなるでしょう? 無茶しないから! 」
「な、なんだコウタ? お前、何を言った? まさか、危ねーことじゃないだろうな? そりゃいかんぞ! だめだ! オッ君、許すな!」
狼狽えるディック様は面白い。王様はわざとうーんとじらしながら、茶目っ気たっぷりにウインクした。
「条件付き……、になるぞ? よいか?」
「う、うん! もちろん!」
「はははははは! エンデアベルトの子はエンデアベルトだったか。 分かった、許そう! 詳細は詰めねばならんが小さな冒険者の誕生だな」
「わわっ! やったー---!」
「はっ? 何? 冒険者? お前、何を願った?」
むんずと首を掴んだディック様に、オレは指を立てて得意げに言った。
「チッチッチッ! もう王様から言質を取ったもん! 駄目って言ったって駄目だよ! オレ、ちっちゃいけど、冒険者になるの! ディック様やアイファ兄さんみたいに、かっこいい冒険者になって、みんなの役に立つことをするんだ」
「 やめろー! 世界の、世界の常識を壊すな! ろくなことにならん!」