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187 勇者物語


 赤と緑のオッドアイ。小さな地方の村に生まれたアレキサンドリアは、幼少から剣技の才に恵まれた勇敢な少年。けして裕福ではないけれど、冒険者の両親と三人の弟妹たちの為に家族を守りながら細々と暮らしていた。はつらつとした明るく飾らない性格、損得を考えず直感的に動く人柄は村の誰もが一目を置く存在だった。


 16歳になった朝、アレキサンドリアは不思議な夢を見る。


「類まれなる資質を持って生まれたアレキサンドリア。あなたは旅に出るのです。間もなくこの町に、名もなき司祭と漆黒の髪の少女があなたを訪ねてくるでしょう。彼らと共に魔王を撃つのです。長い旅になるでしょう。ですが、あなたたちならきっと。世界を救うことができるはず。さぁ、アレックス。旅たちの支度を始めなさい」


 予言通り、まもなく彼の元には粗末な身なりの司祭と、不思議な気配の漆黒の髪の少女が訪れた。多くの村人に惜しまれつながらも、アレキサンドリアは、女神の啓示に従って魔王討伐の旅に出ることになる。


 時は幾ばくか遡る。

 山守として一人、マタギをして生計を立てていたスコットは、ある日、熊の子を拾う。身体に見合わぬ大きな爪。丸くてはっきりとした尻尾。胸と眉毛そして大きな牙は金色であった。凶暴で聖なる魔獣とされる、ゴールデンベアの特徴。しかしそれ以外の体毛は深い黒毛であった。スコットは近くに親熊の気配がないかを慎重に探る。だが、いくら探しても親は姿を見せない。産み落とした子が親の特徴を引き継がなかったことに違和感を覚え、捨て熊にしたのではないかと考えた。スコットは自身の大きな体格を生かして、まるで親熊になったかのように献身的に小熊を育てた。



 深い山の中。漆黒の闇が広がる時刻。熊爺、スコットに育てられたドッコイは不思議な気配を感知する。清涼で力強い、そして心地いい気配。それは勇者一行だった。ドッコイの導きで巡り合ったスコットと勇者は、共に魔王に立ち向かうことを誓う。


 寒く冷たい氷河の洞穴。勇者一行は凍える吹雪に道を閉ざされる。そこは魔王が支配する山の一角。囚われた神獣フェンリルは勇者たちの活躍で命を救われる。フェンリルはタロウと名付けられ、勇者の心強い従魔となった。


 漆黒の少女はでたらめな魔力を持つ剣士だった。膨大な魔力を武器に、立ったひと振りの剣に雷、炎、氷、岩などあらゆる魔法を組み込んでいた。美しい容姿、華やかな剣技、多種多様な攻撃を組み合わせ、温かなやさしさで人々を包んだ。厳しい旅の中でも、手間と慈愛を厭わず、司祭と共に人々を救う姿に、多くの者が憧れた。

 今でも高貴な女性にサーチル、サーシャなどの名がつけられるのは、サーチのように優しく強く健康であれとの願いからである。


 名もなき司祭は、己の才能のなさを憂えた。戦いに役立つ回復魔法も、少女のそれには遠く及ばす。ただ、彼は深い優しさと堅実な努力に長けていた。情報を集め、多くの人に学び、いつしかその知識は「世界の知恵」と呼ばれるほどに高められていく。


 各地を巡り、人々の暮らしを立て直しつつ力をつけ、魔王を倒す方法を探し当てた一行は、魔王城手前の荒野で魔王と対峙する。魔王の力は巨大であったが、勇者の熱き心の炎と巡り合った人々の萌える命のエネルギーを力に変えて、世界の平和を取り戻した。



■■■■



「ー---とまぁ、勇者の冒険譚はこんな感じかな。コウタも読んだだろう? 勇者伝説。これは、伝説って言われているけれど、概ね史実とされている。知恵の賢者が、世界各地に古代の知恵を残しておいてくれたからね。」


 クライス兄さんの真剣な眼差しに、オレはこくんと頷いた。


「コウタが育った環境とこの勇者伝説。お前の不思議な魔法に微妙な古代文字。全部つながるんだよ」

 ダックスのように尖らせた唇。オレは一人ぼっちになったみたいな気持ちになって、サーシャ様の手に小さな手を重ねた。


「アレキサンドリウス。今は街の名前だけれど、勇者にあやかりたい親は我が子にアレックスって名づけるよな。だけど、これって、お前が知ってるアックスと似ていないか?」

 アイファ兄さんを見上げて眉を寄せた。

「スットコドッコイ。まぁ、語呂がいいっちゃいいし、面白い感じがするが......。スコット爺とドッコイだな」

 ディック様の遠くを見る瞳が怖い。


「グランのタロウが言っていたな。神獣の代替わり。先代はグランじゃなくフェンリルだったって」

 

 キールさんの言葉にオレは自分の立場を察した。小さく震える手を誤魔化すために、オレはぎゅっと拳を握った。



「なぁ、コウタ。お前の言っていた運命の日っていうのは、俺達の厄災の日だ。お前ん両親は、きっと、今いるすべての人たちを守るために、でっかい流れ星を命を懸けて破壊してくれたんだな。だから、俺らはこうして命を貰ったし……」

「ち、父上……。もう......」


 ぽたぽたととめどなく流れる涙。冷めた紅茶のカップを見つめて、沸き上がる嗚咽をぐっと飲み込んで、オレは、ただただ涙を流した。


 悲しいのか、寂しいのか。心細いのか......?


 父様も母様も、もういない。それは分かっていたこと。教会で夢に見たもの。だから諦めた。置かれた場所で頑張るって決めた。ソラも、ジロウもプルちゃんも。スカだってドッコイだっていてくれる。

 なのに、なぜ? どうしてこんなに涙が出てくるのだろう。



 俯くオレの頬を武骨な太い指が、腫れ物にでも触るかのように拭って、ぐいっと胸に引き寄せた。


「辛れぇな。 悲しい事実と向き合うのは。分かっていたって、辛い。だが、心配すんな。お前は、今まで通り、何も変わらん。俺ん子で、一緒にこれからの時を過ごす。生きたいように、やりたいことを探して生きりゃいい。だろう?」


 オレは、気づかわし気な茶の瞳に、素直に頷けなかった。飛び切りの優しさも、どうしようもない安心感も、ちゃんとこの胸に届いでいるのに。


 言葉を出そうとすればするほど、嗚咽が出そうで、唇が震えて......。ディック様と目を合わせないようにごくんと唾を飲み込んだ。そしてー---


「ドッコイは、スカと......。スカと千年も......生きてきたの?」

 やっとのことで絞り出すと、ディック様の瞳が大きく丸まった。


「フンガ、グゴ?」

「あったりまえよ! 俺様達は二人で、刻々と変わる世界をしっかり見て来たんだぜ! すげーだろう?」


 千年......。父様と母様と過ごしたのは。あの山での暮らしは、千年も前。

険しいけれど穏やかで芽吹きの緑にあふれたラストヘブンはもう無いんだ。そう、ディック様が言うように、故郷に帰れないのだもの。何も変わらない。変わらないけど……。


 オレはディック様のちくちくする頬に己の頬をくっつけて、小さな声で聞いた。


「じゃぁ、オレ......。千......さい?」


「「「 ぶはっ! 」」」


 とっても小さな声で言ったのに、部屋中の人たちが一気に噴き出した。

 あれ? 深刻な、深刻な話なんだけど……?


「あはははは! コ、コウタってば、気にするの、そこ? 」

「あっ、はははは、く、苦しい。 な、んなわけ、そんな訳ねーじゃん。 あはっ、お、おかしい」


「だって、だって、ドッコイもスカも千年、生きて来たって! オレも、千年前から来たってことでしょう? だったら......」


 オレの頭上でズッコケていたソラが、薄水色の羽根をぱたたとしならせて言った。


『わたしたちは、サチとシリウスの時を超える魔法で次元のはざまを漂っただけ。大丈夫、コウタは4歳になったばかりよ』

 少し元気になったソラの言葉に胸をなでおろしたオレは、どうしてこんなに爆笑されるのかと顔を真っ赤に染めた。そして......大笑いする兄さんたちをキッと睨みつけた。






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