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186 つないだ手


 指先でやわやわな頬をツンツンと突く。幼子は、垂らしたよだれをズズと吸い込んで身じろぎをし、また穏やかな呼吸で再び夢の中に戻る。


「ふふふ。当分起きそうにないね。先に食事をいただこうよ」

 踵を返すクライスに反して、俺はぐいと勢いよく身体を起こした。


「わぁ、父上! 乱暴です。コウタが起きてしまいますよ」

「うっせー、俺も腹が減ってんだ! お前、代われよ」

「嫌ですよ! 僕だってお腹がすいてるんです。それに......」


 視線の先にあるのは、いかにも柔らかそうな小さい手。その手はディックのシャツを掴んだまま離さない。ディックは小さな指をそっと開いてシーツの端を持たせ、鳥の巣のように広がった髪をガシガシと掻いた。


「ふぇっ、ふぇっ……」

 異変を感じたコウタの手が宙をまさぐる。


「あーあ、ほら、ぐずっちゃった。淋しいんだよ。ちゃんとつないであげなきゃ」

 伸ばしたクライスの指をガシッと掴んだ幼子。今度は、頭を摺り寄せて添い寝をしろと催促をする。


「一晩中だぞ? 俺だって疲れて寝たいのに、手が離れりゃそれだ。何度、つぶしそうになったか分かんねー。へっ! 悪いな、先に食わせてもらうぜ! ちゃんと後で代わってやるからよ」

「ちょっ?! うわー、やられたー! 父上! ずるいです! 僕だって早く食べたいのに!」





 混沌とした一夜を過ぎ、穏やかな朝を迎えた。昨夜のうちに荒野に置き去りにされたサーシャや冒険者達は回収された。焼け出され、行き場を失った人々は教会をはじめギルドや商会、宿屋に空き家などに振り分けられ、騎士団の庇護に入った。温かな食事と安心できる寝床があることで民らは落ち着きを取り戻し、早朝からはいつもの生活を取り戻そうと、勤労に勤しむ姿が多くあった。


 ディック達は王城の王家の私室にて過ごし、長い一日で疲れ切った身体を休めた。今はゆったりと朝食を摂り、騒動の中心となった幼子の回復を待つばかりである。



 遅い昼を過ぎるころ、とろとろと意識を取り戻したコウタに柔らかな粥と大好物のベリーを食べさせる。深い漆黒の瞳に生気が宿り始めた。そのころ合いを見て、関係者らは今回の顛末を回収するために極秘の会議を持った。



「ふごふご、ふぎぎぎぎ。ぐあー、すんすん、ぐおー」

「えーと、大きい、上? なんだこりゃ?」

「チッ、おいスカ! 早く訳しやがれ! もったいつけるな」


 ()()ドッコイの身振り手振りに、首を捻ったディックは、スカに通訳を依頼した。女神の遣いだと好待遇を受けているご機嫌なスカは、机の上にふかふかの豪奢なクッションを乗せてもらい、その上で恭しく話し始める。


 おそらく......。

 悪魔は封印の地ナンブルタルの教会で生まれたもので間違いないだろう。魔王が滅ぼされ、平穏を保っていたかのような世界であるが、人の世はいつだって悪魔を生み出す要素に溢れている。魔王は力をつけた悪魔が、魔獣や人々を取り込むことで育っていく。今回、その悪魔を葬ることができたのは、まだ力を蓄える前、生まれたばかりに等しかったからだろうと。


 その話を裏付けるように、王都に拠点を築いた悪魔は、教会の最高位の教皇になりすまし、着々と力を蓄え始めた。懺悔で集まる人々の憎しみや悪意を肯定し、女神への信仰を自身への信仰にすり替えていく。悪魔の秘薬で信者を少しずつ洗脳するやり方は、悪魔の常套手段だ。


 悪魔の身体の中に勇者の剣が潜んでいたことも、封印の地から生まれた悪魔だとの証拠であった。その昔、滅ぼした魔王の力は強大で、魔王のみならず居城や眷属が生み出された土地そのものを封印する必要があったようだ。その時に用いられた触媒が、勇者の強い力が込められた剣だったそうだ。


「まー、あいつはー、あの剣を自分の中に飲み込んで無力化したつもりだったんじゃない? だから飲まれた(あるじ)がその剣を持ってきちゃったんだもん、運が悪いとしか言いようがないよ」

 ぺらぺらと訳知り顔で言うスカ。その生意気さにディック達は無性に腹が立っていたきたけれど、さすが千年の時を経ている生き物らしい説得力もあり、不機嫌さをぐっとこらえて聞いていた。



「でもさ、その腹の中にレイリッチが居たってことだろう? それは何でだ?」

「知らないね。 でも、まぁ、アイツも飲まれたんじゃないかなー? そん時に、運よく勇者の剣を見つけて抱きしめていたから消化されなかったんじゃないの?」

 他人事のようなスカ。サーシャが小さない石を取り出して見せた。


「これ......。レイが握っていたの。 真っ白で、なんだか中が空っぽになった感じがあるけれど。これって、コウちゃんが綺麗にしている石じゃないかしら? きっとこの石がレイを守ったのね」

 

「こんの馬鹿野郎が……! 結局なんもかんもコイツのおかげってことか?」

 頬杖をつくアイファとディックの動きがシンクロし、困ったようにコウタがほほ笑んだ。


「で、ででで、でも! 全部、全部、女神さまの思し召しでしょう? 全部、全部、スカのおかげで丸く収まるんだよね!」

 慌てて取りなすコウタ。王が深く頷き、キラキラと瞳を輝かせるスカをコウタが柔らかく撫で称えた。


 そして話はコウタの出自に舵を切る。


 コウタが流れ着いたこと、悪魔の封印が解かれたこと、王都近郊で古代遺跡が次々と発見されたことは偶然なのか必然なのか。だが、時を同じくして事件が起きている。そして、当面の問題は凶悪な魔物を召喚する古代遺跡だ。


「とりあえず王都に持ってきた転移陣は遺跡に戻したし、その遺跡も封印しただろう? 一件落着でいいんじゃない?」

 残念そうなクライスの表情。ドッコイが金の目を細めて頷いているから心配はいらないのだろう。だけど、スカがどや顔でもったいぶったセリフを吐いた。


「まー、時を超える転移陣は滅多にないけど……。俺様は知ってるもんね! あの賢者はさ、運命の日で多くが滅んでも、全滅だけは免れるように、世界中に維持の神殿を作ったんだぜ? おそらく......、まだまだ出てくるぜ! 古代遺跡。そしてその時代を知ってる俺様は、やっぱり偉い奴になっちゃう! すごいでしょ? やっぱ、俺様、敬われる存・・・・・ギャッ!」

ー---ぎゅむ!


 スカの身体をコウタが鷲掴んだ。


「ねぇ、あの賢者って、父様のこと? 運命の日って?! スカ! 父様、知ってるの? そうだよ、ドッコイ! 運命の日ってどうなったの? 父様達は? 母様たちはどうなっちゃったの?」

「うわっ! や、やめ、やめろろろろろろろ! 目が、目が回るるるるるるるる」

 スカをぶんぶん振り回して問い詰めるコウタに、ディック達が深くため息をついた。

「「「「お、ま、え~~~~!」」」」


 凄む砦の輩らをそっと制したのはクライス。

 コウタに果実水を勧めると、そっと息を吸ってからクォータースモーキーな瞳を悲し気に曇らせた。





 

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