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183 漆黒の魔物



 もう、みんな、ボロボロだよ。


 強い魔物の気配に、肩を寄せ合って集まった。中心に怪我が酷い人やレイのように意識が保てない人が運び込まれた。先生やレイナさんのように戦いが得意でない人、魔力の切れた人はその周囲。ぐるり守るように動ける人が取り囲む。だけど外側で剣を構える人だってディック様や兄さん達みたいに怪我をしていて、ピッカピカに回復された人なんていない。


「頼むからシャシャリ出てくんじゃねぇぞ!」

 アイファ兄さんの言葉に頷きつつ、手の中のソラをじっと見つめる。


 真っ青な空に溶ける瑠璃色の羽根が、今はすっかり白く濁って、身体も小さく小さくなってしまった。オレが危険な目に遭えば、きっとソラは無理をしてしまう。心配をかけないように、そっと微笑んで前を見据えた。


 丸い星だったんだと分かる地平線の向こうから、真っ黒な影がゆっくりと近づいている。瞬時に飛びかかれるのに、敢えて姿を晒すようだ。間合いなんて無いような物。いつ飛びかかってきてもおかしくない漆黒の気配に眉を寄せて唾を飲んだ。


「あっ! 待って!」


 静止を振り切って颯爽と飛び出したのはジロウ。薄汚れた漆黒の毛皮からキララと氷粒をたなびかせた。シュタタと振られた尻尾。オレの瞳に光がさした。


「あっ?! まさか?! タ、タロウーー?」

『ママーーーー!』


 鼻をつけて身体をこすり合う。とっても大きな肉球とけっこう大きな肉球がハイタッチをするようにぶつかって、うきうき揺れるスキップみたいな動き。オレはその場にへなへなと座り込んだ。


「なっ? タ、タロウ......か?」

 訝し気なディック様に柔らかな金の瞳を向けた漆黒のグランは大きく頷くと、周りの人たちが怖がらない距離を保って伏せた。



「グ、グラン? まさか?! あれが・・・・? では、あの犬コロは……? いや、犬じゃなくてウルフ? 違うな、グラン? グランなのか?」


 混乱する冒険者さん達に大丈夫だと手を振って、オレもタロウの元に駆けつける。うふふ、大きな鼻息に吹き飛ばされちゃう! ジロウと一緒になって転がるとどすどすとドッコイが前に出て来た。


『あなたは……? まさか、伝説のドッコイ殿でございますか?』

 恭しく頭を下げるタロウにドッコイは構うなとでもいうかのような身振りをし、ごろごろとジロウとじゃれ始めた。



 改めてオレたちを一瞥(いちべつ)したタロウは、ジロウにディック様を近くまで引っ張って来させる。察したエンデアベルト家の人々がタロウの前に座った。


『本来、我らは人の世に不可侵であらねばならない』

 瞳を伏せて柔らかく唸ったタロウ。ドッコイも大きく頷き、タロウに謝るかのように頭を下げた。


『だが、世が再び魔王の脅威に去られるならば話は別だ。ドッコイ殿、尽力に感謝いたします。そして、そこに我が子が巻き込まれているならばと、世の理に背いてきたのだが……。さすが、愛し子である。よくお守りくださった』

 ペロと顔じゅうを舐めたタロウ。オレは煤けた服で慌てて顔を拭った。


「オレの力じゃないよ! みんなの力なの。 ディック様もアイファ兄さんも、クライス兄さんだって戦ったんだよ! みんな強かったの! アイファ兄さんなんて、瞳の色が変わっちゃったんだから!」


「ああん? 何のことだ?」

「ああ......、お前、まぁ、自分じゃ分からねぇだろうが、なんだ、その......」

 言い淀んだディック様に、タロウが空を見上げてくんくんと鼻を鳴らした。


『それより......。生まれたばかりとは言え、魔王の化身のしたこと。一国の命運が狂い始めている。収めに行くのだろう? 我にできるのは送るだけである』

「王都か?」


 遠くの城門にたなびく黒煙。そしてところどころから赤い炎が垣間見える。いつの間に? 王都はどうなってしまったの? サンは? 館の人たちは?


 再びえぐられるように胸が痛む。どくどくと心臓が高鳴って冷たくなった手が一層冷えた気がした。


「お前......。まぁ、止めても無駄だな。悪いなタロウとやら。もうしばらくジロウを借りる。アイツならあっという間に戻れるからな」

 ディック様は数人の動けそうな冒険者さんたちに指示を出す。ジロウに乗れるのはせいぜい三人。ディック様とアイファ兄さんと、かろうじて元気なニコルかと思ったら、ブレイグさんが手を挙げた。


「私では役不足だが......。だが、王盾としての任務を放り出してきてしまった。申し訳ない。次こそは、この命を賭して守るものを違わない! 頼む、連れて行ってくれ!」

 ブレイグさんの熱い気持ちは分かるけれど、ジロウ達に凍らされた手足ははれ上がっていて、きっとひりりと痛むはずだ。大丈夫? どうしても行くなら……。


 ほんの少し、前に屈んだところでクライス兄さんがきっぱり言った。

「コウタ! 治すなよ? そんな真っ白な顔で魔力を使ったら許さないから!」

 そうだった! オレももう魔力がない。使いどころを間違えちゃ駄目だった! 危ないところでソラを見る。ソラはサッと視線を反らした。


『我が来た。そろり歩いてやる。行きたいものは全て乗れ!』

 頼もしい一言に、ぐっと我慢していたクライス兄さんも、研究棟が心配な先生たちも、もちろんブレイグさんも、敬礼をしてからタロウの背によじ登った。もちろんオレも!


 悪魔を倒したからと言って魔物の脅威が消えた訳ではないので、ドッコイとサーシャ様がレイやけが人達を守るために残ってくれることになった。うん、もし、何かあったらプルちゃんに来てもらえばいい。そう思った瞬間、プルちゃんの姿がないことに気づく。

「あれ? プルちゃん! プルちゃん? プルちゃーーーーん」




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