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182 剣(つるぎ)


 真っ暗な世界。ふわふわと漂う静寂の闇。

 気持ち良く眠っていた頬を、硬いくちばしがツンツンと突く。


 はっ?! ソ、ソラ?


 ガバッと身体を起こせば天井に頭をぶつけた。

ーー ゴツン!


「い、痛ちゃい!」

 頭を抱えると、濃紺の瞳が細くこわばっていることに気づく。


『何、呑気にしてるの?! 早く転移して! シールドは長く持たないわ!』

「ここって……?」


 記憶をたどる。

 確か、オレ、悪魔に掴まれて……!!! そうだ! 飲み込まれたんだった! 急がないと、お腹の中で吸収されちゃう!


ーーーー転移!

  ーーーー転移! 転移! 転移!


『は、早く! 魔力の消耗が激しいの! い、急いで!』

 珍しく息切れをするソラに、オレも真っ青になる。


「す、吸い取られて。どうしよう! 魔力が吸い取られて転移、できない」

『えーーーー?!』


 ふうふうと肩で息をする小鳥に、せめてもの回復魔法を送って、二人で身体を寄せ合って小さくなる。シールドに使う魔力が少しでも少なくなるように……。


 やがて、シールドの球体は、こぽと底についたかのように沈むのをやめた。


 小さな光。


 真っ暗な闇の中を、ほんの指先位の小さな赤い光が見える。ドキン……。真紅の瞳は悪魔の色だ。だけどこの色は怖くない。


 コトリ。首を傾げると、今度は緑の光に変わった。緑はアイファ兄さんの色。ううん、違う。オレは知っている。赤にも緑にも見える不思議な瞳。


 山で遊んだアックスさんの瞳。勇者の瞳はアレキサンドライトなんだって。魔王を倒すために命を燃やす炎。護りたい人々の幸せと安定を願う萌える命の緑。確かにそう聞いた。アックスさんの瞳は、キラと輝く赤と緑のオッドアイ。


 あっ!


 思い出した瞬間、闇の奥から赤と緑を湛えた一本の剣が浮かんできた。そしてーーーー


ーーーーそして、その剣を抱きしめて眠る銀灰色の髪の少年が……。


「レイ?!」

『ピピ!』


「ソラ、ソラ! レイだ、レイだよ! どうしようてここに? ねぇ、ソラ、助けないと!」

『落ち着いてコウタ! 私たち、悪魔のお腹の中にいるのよ?! 転移もできない。自分たちのことも どうにもできないのに、どうやって助けるの? シールドを解いたら、あっという間に溶かされちゃうわ』


 そうだった。オレたち、食べられちゃったんだった。でも、でも……。レイがそこに居る。それに、あれはきっと。勇者の(つるぎ)


「……ごめん、ソラ! どうしても助ける。だから手伝って!」


 仕方ないわね、とでも言うような いつもの瞳が優しくオレを包んだ。手の平に乗るソラは、すっかり小さくなって今は半分くらいの大きさだ。艶々と光輝く瑠璃が、徐々に薄くなりかけているのが分かる。互いに最後の賭けだと気を引き締めた。


 オレの魔力が漏れないように、少なくなった魔力でシールドを強化してもらう。


 オレは、全ての魔力を内に閉じ込めて気配を断った。


 目を閉じて、身体の中心に魔力を集める。

 大丈夫。たくさん練習してきたこと。

 それから、それから……。楽しいことを考える。



 山での暮らし。父様と母様の思い出。アックスさんに剣を教えてもらったこと。熊爺におばあに。あはは、ドッコイは銀色になっても変わっていなくて……。


 そうだ。

 ドンクとの決闘に幻獣たちからのプレゼント。

 エンデアベルトに来てからも、楽しい出来事が溢れていた。

 ディック様や兄さん達に乗っかって遊んで。マアマとのお料理も好きだった。サーシャ様はいつもオレを抱きしめて放してくれなくて……。

 引き起こした大洪水。小さな村の探険。岩跳びも、かけっこもブルの世話も、全部全部、楽しい思い出。

 ブランコの上で空に溶けたことも、龍爺に乗ってみんなをびっくりさせたことも……。


 オレはいつだって誰かと一緒だった。サンも、ミルカも、いつだってオレの味方だ。

 ずっとずっと一人じゃない。守ってもらってた。


 だから、だから……。 オレはみんなを、みんなを守りたい!


 ほら、溢れてきたよ!

 みんなからのエネルギー!


 オレの魔力はオレだけのものじゃない。みんなが愛してくれたから、大事にしてくれるから……。みんなの気持ちが、オレの金の魔力。


 いくよ! 広げるよ! 

 届け! 

 みんなのもとに!

 受け止めて! 

 オレの、オレの光!!



 

 そして、一気に光の魔力を放出する。


 全ての属性に変換できる、ううん、全ての属性から生まれた魔力。みんなの輝きから生まれた魔力。だから悪魔なんかに負けない! 

 

 強い、強い、正義の魔力だーーーー!




◾️◾️◾️◾️


 錯覚か?


 アイファの瞳が赤と緑に染まって見える。筋肉が一回り大きくなったように湯気を立ち上らせて、大剣を構える顔に余裕の笑みが見えた。


 たった今、全力の攻撃を簡単に躱されたというのに。不意をついたブレスを浴び、倒れ伏したのに。

 そして……。コウタとの繋がりが消えたと、ジロウが絶望を口にしたのに。

 

「ア、アイファ……?」


 正面を見据えて、悪魔と対峙したままの奴が言った。


「分かっか? いや、分かれよな。親父んなったんじゃねぇのか? 」


 気配を変えたアイファに狼狽える俺を見て、悪魔が笑った。

 かと思うと急に喉を掻き乱して苦しみ出した。


「ガッ?! グッ? 下衆な真似を……。私に、さ、逆らうと……?」

「アイファ、今だ! 叩くぞ!」


 傷めた足を引きずって剣を取ると、その手を制したアイファが俺を突き倒す。


「ーーっから、言ってんだろう? おい、キール、ニコル! いつまでも倒れてねぇで、コイツらを連れてけ! 分かるか? もうすぐ来る……!」

 

 足でまといか? ああ、確かにそうだ。俺たちは重くなった身体を預けあって、その場を離れた。ジロウとドッコイだけは、アイファと疎通しているかのように悪魔の姿を見つめている。


「ーーーーグ、グァアアアア! グゥオオオオ!」

「そこだ! 来い! ジロウ」

『ガァウ!』


 ドッコイの肩を足場に、アイファを乗せたジロウが、風のように宙を駆けた。目指すは巨大になった悪魔の頭上か? 苦しみつつも喉を白く光らせた悪魔。


 大丈夫! アイツは同じ手は食わない!



 苦しむ悪魔の口から、再び閃光が放たれる。熱は無い。ただただ真っ白な美しい眩しい光。


 そしてーーーーーー空に投げ出された真っ青な顔をした漆黒の幼子。


「に、兄さん! これ!」


 眩ゆい光の中から一本の剣が投げ出され、アイファはジロウの背から腕を伸ばし、軽やかに受け取った。(くう)に浮かべたジロウの足場で踵を返すと 勢いそのままに振りかぶる。剣はギュルギュルと音を立てて大きくなり、回転を加えたアイファと共に悪魔の頭上から真っ直ぐに振り落ちる。




ーーーーーーズガガガガ! 

    ーーーーーードドドドーーン!




 




 開けられない瞼。

 恐ろしいほどの静寂。


 どれほどの時間が立ったのだろう?


 辺りには再び、雨の音だけが降り注いだ。



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