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181 覚醒


ー---わぁああああああああああ・・・・


 静寂を破ったのは、クライスの叫び声だった。


「よ、止せ! やめろ! お前には無理だ」

「で、でも。 コウ、コウタが! 父上、放してください!」

 飛び出したクライスを全身で受け止める。あの細い腕に、こんなにも力があったのかと冷静になったことで俺を現実に引き戻した。


 飲まれた、のか? 喰われた、のか?


 ドクンドクンと波打つ心の蔵が、わめき叫ぶクライスが、真っ青になって膝をつくアイファが・・・・・・

 たった今、目にしたことが現実だと言っている。

 

 馬鹿な…… 

 

 俺は夢でも見ているのか・・・・?

 奴は確かにアイツを気に入っていた。魔力が美味いと……。


 だが、喰うか? 

 い、いや……、そんなことより考えるんだ! 

 俺達が今なすべきことを。



 コウタを飲み込んだ悪魔に、無謀にも飛び掛かろうとするクライスを制して、全力で思考を巡らせる。まだ手はあるはずだ! それに、相手はコウタだ。常識を忘れろ、と自分自身に必死で言い訳をする。


「ドっちゃん!」

「ぐをぅ!」

 ぼろぼろに穴が空けられた装備で、サーシャが再び猛攻撃を繰り出した。ドッコイと息を合わせ、小山のように大きく膨れ上がった奴の足に、腹に、腰に・・・・。ズンと重い拳も、全身を使った体当たりも、丘を吹き飛ばす蹴りさえも大きくなった肢体には効果は薄く、サーシャとドッコイは幾度となく弾き飛ばされている。ドドンと放たれた魔法はクライスの先生たちだろう。だが、悪魔は不気味に笑いながら己の手を広げて、力が(たぎ)る様を感じ、悦に浸っていた。



「素晴らしい! さすが御子だ! 見よ! 溢れ出る魔力! 溢れ出る力! どこまでも私の為に尽くすのだ! はははははははははは・・・・・・」


『グルル......、ディーさん、大丈夫。 急いで! まだ、繋がっている、乗って! 』

 奴を見上げた力強い金の瞳。俺はクライスを放り出すとグランの頭に飛び乗った。

 大きく大きく身体を膨らませたジロウは、凄まじい勢いで宙を舞う。がぶりと嚙みついた腕を足掛かりに、一層跳躍し、奴の頭上高く舞い上がると、胸を目掛けて急降下。俺は吹き飛ばされないように踏ん張りながら力を溜めた。


ー---そこだ!


 これ以上ないタイミング、これ以上ない重い一撃! 


 だが奴は、大きくなったとは思えぬ素早さで、さっと肢体を翻した。

ー---ドガガガガッ!


 反動で己に返される残撃。俺とジロウは岩に叩きつけられる。

「グッ、ガッ!  まだだ! いくぞ!」

「グルルル」

 

 奴の肩からポタリ垂れた紫の血液に唇を引く。やっとだ、やっと奴に傷をつけることができた。再びジロウに乗って、俺達は空を駆ける。次は喉!


 凄まじい勢いで、急滑空するオレと目を合わせた深紅の瞳が三日月のようにしなる。奴は息を吸って、その口を開けた。


「ブ、ブレス・・・・・・!」

 瞬間、俺は強い力で突き飛ばされる。

 突き飛ばされ、力なく(くう)漂うを俺が目にしたのは、ゆっくりと回転しながら落ちていくジロウと真っ白な熱線ブレスを正面で受け止めるアイファ............?









ー---あの子は人の気に敏感なのね。優しすぎるから、私たちとは離れて自由になったほうがいいのよ。


 冒険者になりたいと伝えられた日、アイファの寝顔を見ながらサーシャが言った。

 破天荒な辺境伯の長男として育った奴は、俺とおそろいの瞳を輝かせて、いつだって教えを乞うた。特に剣のセンスは抜群で、けれど才能に溺れることなく、剣の手入れや地味な素振りをこつこつもくもくと続ける男だった。


 サーシャがクライスを身ごもった時、その体調の不安定さに随分と心を削り、心配をかけまいと苦手な座学や貴族の慣習を進んで学んでいた。「母上を守りたい」と涙して寝入ったと、メイドから聞いた日が幾日あったろうか? 俺達は胸を熱くして気づかれぬように見守った。


 クライスが生まれると、アイツは己のことを後回しにして、かいがいしく世話をした。サーシャの手も、乳母の手も必要がないほどに。幼い子が幼い赤子の面倒を見る姿が、可愛い可愛いと顔を溶けさせる姿が、それはそれは面白くて、美しくて。


 クライスの才に気づいたのもアイファだった。アイファが学校で習ってきたことをクライスに聞かせると、幼いクライスはするすると習得してしまった。こいつは賢い。その好奇心を伸ばしてやりたいと、家庭教師をつけるよう提案された。クライスが剣よりも古代学(学問)を好む姿を見て、嫡男としてふさわしいのはクライスだとも告げた。辺境伯の地位はそこそこに高い。他家では跡目争いが起こるものだが、自身が一歩引きさがる行為は、彼にとって自然なことだった。あいつは、俺達の誇りだ。


 ニコルにしても、キールにしても。悲しみに寄り添ううちに、互いに認め合う心服の仲間になった。 


 アイツ、真っすぐ過ぎんだよ、護るってことに......。命には順序があるって言ったろうに……! この馬鹿ったれ!



 命を失う時、人は己の生きざまを見るという。けれど、大切な者の命が失われるとき、そいつの人生が溢れてくるってのは何だ? 

 


 馬鹿だ、俺は、馬鹿だ! なぜ決めつける? アイツが、アイツが......。

 俺は今、アイツを、アイファを失おうとしているのか?



 突き飛ばされた力から反対の方向に向かいうように、ギュインと意識が引き戻された。スローモーションだった視野が急激に動き出す。


 真っ白な閃光が目の前で男を吞み込んで、周囲に広がった。




    ダガーーーーーーン! 

        ガッ、ガッ、ガガガガガ   !!!!



 風圧で岩に押し付けられた身体。重い雨雲も吹き飛ぼされ、ぬかるんだ地面が干上がり、舞い上がった砂埃が息苦しい。こ、これほどの衝撃を、アイツは、アイツは・・・・・。

 転がされた地面をたたく。


 くそっ! くそっ! くそっ!


 干上がった砂をじっとり濡らした俺は、近づいた足音に頬をあげた。



「なっ?! お、お前・・・・?」


 転がっていた大剣を拾った男は、身体からしゅうしゅうと音を立てて白湯気を纏っていた。ガシと大剣を口に咥えて、乱れたくせ毛を頭上で高く縛り上げた。


「なーに泣いてんだよ、くそ親父! 勝手に殺すな。俺は今、サイコーに不機嫌なんだよ」

 

 見下ろされた瞳は、赤と緑のオッドアイ。

 あの瞳は・・・・・・?



 よろよろと立ち上がろうとしたその時、漆黒にたなびいた体毛を膨らませたグランが言った。


『・・・・・・・・繋がりが、  き、れ、た.・・』





















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