179 邪魔だ!
口に含んだキャラメルが、甘ったるく、ねちょっと溶けていく。オレ達は無言でその甘さを染み渡らせた。上空に目をやれば、悪魔が嬉しそうに薄黒い煙を集めているかのようで、あんなにきれいに晴れていた空が重い灰色の雲を幾つも連れてきていた。
不意に悪魔はオレと目を合わせると、その目を細めて大きな大きな透明の壺を頭上に浮かせた。 壺の細くなった上部からは煙が吸い込められていて、ぼこぼこと沸き上がる下部の液体と混ざるとジュワリ黄色の煙を出して液に飲まれていく。
言いようもない不安で、オレはディック様のシャツをぎゅっと掴んだ。
不敵な笑み。オレとおそろいの漆黒の髪がずるずると伸びて風にはためいている。すると胸元から見覚えのある首飾りを出して、金の魔石をぺろりと舐めてから壺の中に放り込んだ。
ジュッ
遥か上空にいるはずなのに、熱せられた油のような音がソラの分厚いシールドの外から漏れ聞こえ、オレは思わず耳をふさいだ。ごぼっとしたであろう水泡が沸き上がって黒い煙を取り込むと、目に見えて中の液体の量が増える。
「ディ、ディック様。ごめんなさい。あれ、オレの魔力だ。オレの魔力が悪魔に力を与えている......」
胸に顔を埋めて、しゃくりあげながら言った。なぜ? どうして? オレの魔力が悪い奴に利用されるなんて! やるせない。 悲しい。 分かっていたらあんな首飾り、とっとと破壊したのに!
「ん? お前、変なこと気にしてねぇか? 大丈夫だ。お前ん魔力はお前んもんだ。 やり方が分かんねぇだけで、きっとお前の力になる。大丈夫だ」
わしゃわしゃと髪を撫でて、胸に押し付けてくるディック様。魔力の少ないディック様が魔力のことが分かるはずもない。だけどオレはその言葉を信じてぎゅっと唇を噛んだ。
「さぁ、やっか? 待たせたな? 悪ぃが下手な手は止めろ。 お前、余裕だろう? 格下に汚ェ手を使うんじゃねぇ」
大きい剣に持ち替えたディック様が、前に出てぐるぐると肩を回し始めた。それに追従してアイファ兄さんとキールさん、ジロウとドッコイが前に出ていく。
「ぎゃぁあああああ、なんで俺様まで? 俺様、か弱いって言ってるでしょ? いやだいやだ、俺様、主と一緒がいい! お願い! お願い! ソラちゃんのシールドの中にいさせてぇええええええええええ」
嫌がるスカをぐるぐるとツルで巻き付けたディック様は、首飾りをするように首にかけて胸ポケットにしまった。
「付き合え! お前、魔物の言葉が分かるだろう? ドッコイはいい動きをする。通訳しろ。それに、お前、知ってるだろう? アイツのこと。ここに居りゃ俺が守ってやる。そこでふんぞり返って寝ていやがれ」
「いやぁあああああ、無理です! 無理です! ちゃ、ちゃんと避けて......いやぁあああああ」
「ほう、スカスカルミナスか? 懐かしい。時護りの魔物か。くくく......。お前を喰ったらどうなるか......? 楽しみが増えたなぁ」
舌なめずりを見たスカは、そのままポケットの中に埋もれてしまった。きっと気を失ったんだ。
生ぬるい風が一面に吹き始め、地面の小石が落ち葉のようにころころと転がると、ソラが再びオレを守るようにシールドを張った。オレだって戦いたい。助けになりたい。だけど、オレの魔力は役に立たない。足手まといにならないようにとサーシャ様に抱き寄せられ、地面に開けられた大穴に隠れた。
ニコルとクライス兄さんは冒険者たちが起きださないように見張りに行き、穴にはサーシャ様とオレ、そして先生とレイナさんになった。
「さぁ、始めるか? お楽しみの時間だ」
悪魔は大きなカップに液体を注ぐと美味しそうに飲み干した。
ドクン!
ー---????
一瞬、悪魔の身体が一回り大きくなった。
ドクン、ドクン!
漆黒の髪が真っ白に染まったかと思うと、翼竜のような羽根がビリビリと細切れになり、悪魔は地面に落下し、叩きつけられた。
「なっ? くっ……? シ、シリウスの知恵か?」
半分緑だった顔が紫に変わり、そして徐々に真っ赤に染まっていく。怒りの縦筋を幾つも浮き上がらせて、粘着質の唾液をガッと吐き出した。
そうか?!
ブレイグさんが入れた最後の首飾りだ!
入れ替えた魔力! ただの回復でない、黒い淀みを撃退する魔力は、そういえば光魔法とよく似ている。オレはきっと光魔法を首飾りに込めたんだ!
だったらオレにだってできることはある!
気が付くと、オレはディック様の前に転移していた。
「ば、馬鹿野郎! 大人しくしてろって言ったじゃないか?」
「あのね、分かったの! オレにもできる! ううん、オレじゃなきゃできないの」
「「「 プルー---! コイツを引っ込めろ! 邪魔だ! 」」」
「プル、プルル! ピキー-!」
ディック様とアイファ兄さんにしこたま叱られ、プルちゃんに強制送還されてしまった。
そうだった!
ディック様も兄さんも戦闘狂だ!
戦いを楽しむって言っていたし。 そんな場合じゃないのだけれど、オレは戦いの行く末をしばし見届けることにした。
いざとなったら全力で光魔法を仕掛けるんだ! そうすればアイツはきっと・・・・・・・
サーシャ様とソラにもめちゃくちゃ叱られたけれど、オレは少しだけ心を軽くした。