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178 戦況とキャラメル



ー---ズザザザザ

     ー----ドガガ、ダダダダダ!


 絶え間なく舞い上がる土埃。時折、稲妻が走り、そして誰かが土にめり込まれる。ただの荒野だったこの場所は、大小の山やくぼみが創り出され、来た時とは別の場所のように変わっていた。サーシャ様はできた山や岩のくぼみに身を潜め、オレたちの封印とディック様達の戦いを見守っている。

 悪魔が呼び出した冒険者たちは、封印の光を浴びると一斉に倒れ伏してしまったから、ニコルとジロウとで少し離れた大岩の後ろにできた穴に放り込んでいた。


「終わったか? 悪い、キール、頼む!」


 オレがサーシャ様の元に駆け寄ると、気付いたアイファ兄さんがキールさんを呼んだ。キールさんはグビビと回復薬を飲むと、別の小瓶を頭から被って颯爽と駆けだした。

「頑張って! みんな、どうか無事で! あの悪魔をやっつけて!」

 頬ずりするサーシャ様の胸で、不安げな心もろとも励ますと、ふわり、金の魔力が浮き上がったのが見えた。


「……ほう。 美味いな」

 ゾクリ!


 オレの身体からあふれ出た魔力を吸引するかのように悪魔が引き寄せて飲み込んだ。長い舌をぺろりと出して、兄さん達でなく悪魔のすすけた身体がみるみる磨かれていくようだった。


「チッ! アイツに食わせてどうする」

 ディック様の独り言で、明らかな劣勢の状況が伝わってくる。カピカピに砂が張り付いた顔に、幾筋もの擦り傷。上等のはずの装備は既にボロボロなのに、悪魔は煤汚れくらいしか見当たらない。


「親父、もう一度だ!」

「ああ、無茶すんじゃねえぞ。戦力そのものが貴重だ」

「そっちこそな」


 キールさんがポケットの収納袋から大きな杖を取り出すのを見て、アイファ兄さんとディック様が再び悪魔に向かって行く。


「キールは目がいいの。二人の攻撃は効いていない。だから突破口を探すためにキールの眼を借りるのね。私も随分見ているのだけれど、()()()再生するのよね。魔法だって効きそうもないし……。どうやって倒すのよ」

 唇を尖らせたサーシャ様は、いつも通り、のんびりとしている。怖くないのかな? オレはすごく怖い。怖くて怖くて、早く逃げ出したいくらいなのに……。


 オレの目でも追えるくらい、二人のスピードは落ちてきている。二人同時に動いたと思えば、時間差で一点を狙い続ける攻撃。かと思えば、別方向から首や胸を切りつける。ジロウが飛び掛かり、氷柱を浴びせても、ニコルが魔石で目潰しをしても。ドッコイがドドンと体当たりをしても。避けては唇を引き、受けては笑い。ディック様達が疲弊するのを楽しんでいるとしか思えない。


「 かー-、疲れた! おい、ちょっと休む」

「「「 へっ? ちょっ、はぁ? マジ? なに? 何で?」」」


 突然足を止めたディック様が、悪魔に背を向けて俺達の方に歩いてきた。ニコル達は目を丸くした。


「くくく。英雄殿はお疲れか? お前たちはどうする? いくらでも待ってやるぞ。なにしろ、お前たちの攻撃は美味いからなぁ」

 漆黒の髪がはたはたと空を舞う。悪魔が宙に腰をかけて嬉しそうに周囲を見渡した。


「こう見えても、紳士だ。約束しよう。一時、待ってやる。その間にしっかり休んで……、()()飛び切り美味い魔力を浴びてこい。くくく。そうしたら、食ってやるよ。怒りも憎しみも、そうそう、大切な絶望ってやつもな」

 長い先割れた舌をうねうねとしならせた悪魔は、遥か上空に上って行った。その様子をソラが油断なく見つめて、オレたちの為にシールドを張った。珍しく狭い範囲、目視できるピンクのシールド。きっと頑丈なシールドだ。レイナさんと先生は目を白黒させて驚いていた。




「で? なんか分かったんだろう? 何で止めた?」

 輪の中心にドカンと腰を下ろしたアイファ兄さんは、クライス兄さんから回復薬を受け取るとばしゃりと頭から被って不貞腐れたように言った。

「使いすぎだよ。効き目、半減じゃん」

 ニコルが呆れたように言う。

 回復薬は傷を治すけれど万能ではない。短時間に飲み続ければじきに効力が効きづらくなる。そして、体力は戻っても疲労はとれない。人は精神に左右されるところが大きいからだと先生が教えてくれた。


「その前にキール。お前の見解を聞きたい。突破口が見えたか?」

 ディック様の問いに、キールさんは嫌そうな顔をして、収納袋から棒付き飴を出して口に含みながら言った。

「ざっと見た感じ、一応、物理攻撃は効いている。だが、回復が早いんだ。回復しながら受けているって感じだな。お前たちから何かを吸い取って回復させているようにも見えた。対して、ジロウの魔法は駄目だ。身体全体が対魔法処理が施されている感じ。受け付けてはいるが、効いちゃいない。凍らせるっていうより、氷をぶつける方が有効だ。だけど、アイツにぶつけたって虫が飛ぶようなもんだろう? ってことで、打つ手なしって言うのが見解。いつもなら逃げの一択」


 そうだよね。サーシャ様も言っていた。皆でふうとため息をつく。


「こうなったら、コウタと先生たちだけでも転移でここを離れた方がいい」

 クライス兄さんの提案にアイファ兄さんが大きく頷いた。だけど、オレ、そんなの嫌だ。オレだって最後まで戦いたい。それにオレが逃げたら、どこかでまた同じことが起きるかもしれない。


「それも手だが……。アイツに飛ばれたら厄介だ。ここで決めてぇんだよ」

 ディック様が目を合わせる。表情が明るい。


「あっ、そうだ。こんなときだけど、執事さんから預かってきたの!」

 急に思い出し、執事さんからの手紙を渡すと、ディック様はすぐさま開いてざっと目を通した。そして、大きくて豆だらけの汚れた手をオレの前に広げた。・・・・・・ん?


「キャラメル! もらったんじゃねえの? 俺にも寄越せ! そうだ、俺達はコウタを取り戻したんだ。 もう恐れるもんはねぇだろう? 楽しもうぜ! アイツは、おそらく伝説の勇者が戦った魔王の末裔だ。こんな面白ぇー事、二度と起こらねぇ。楽しんで楽しんで、勝とうぜ!」

 ニカッ!

 大好きなディック様の笑顔。どうしようもない、絶対の安心感が戻ってきた。オレは嬉しくて嬉しくて。さっきまでの戦況をすっかり忘れて思い切りディック様に飛びついた。キャラメルを宙に振りまいて。



 


 

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