174 赤い目
「さっきの光は何だ?」
「王は、王は何をしている? 説明を!」
「最近物騒な事件が多いって聞くけど、何か良くないことの前触れかしら」
「助けてくれ! 何が起こるか不安なんだ」
王城の下にある正教会の前には多くの人で溢れかえっていた。コウタが放った花火に驚いた人々が王城や教会に詰めかけたからだ。
「ただいま調査中です。悪いことが起こる前触れと決まったわけではありません」
「悪いことでないなら、どういうことだ? 空から炎が降り注いだんだ! 何もないなんてことがあるものか?」
「教皇様?教皇様はどこにいらっしゃいます? 我々をお救いください」
兵たちに食ってかかる住民たち。コウタは王盾に抱かれながらその様子を見て、顔を青くさせ、酷く後悔している。
「すごい騒ぎだ。最近は強い魔物が頻発して不安を与えていたからな。あの天の炎が決め手になったのだろう」
にやにやと嬉しそうなブレイグにコウタは泣き出しそうになってしがみついた。地下から戻ったブレイグは、四つある塔の一つに登って、その窓から景色を見せているのだ。しばらくすると城門の上に人影が見えた。
「ごらん、あの方だ。おそらく、皆を安心させてくれるのだろう」
誇らしげなブレイグの瞳に、コウタも遠く目線を投げかける。
白い法衣をまとった男。蓄えた豊かな髭が白く、年齢を感じさせる割には足取りが軽い。そしてそして、人々の不安が黒煙となって彼に吸い込まれているようだ。アイツだ! そして、怖い! 強い! 一目見て全身に鳥肌が立った。
「あ・・・、あの煙・・・。おかしいよ? 」
小さく呟いたが、ブレイグの瞳はうっとりと艶めいている。心酔しきっている様子に黒煙が見えていないのだと悟った。
城門の上でしずしずと両手を広げた男に、人々はしんと静まり返る。受勲式のパレードで王が見せたその姿のように。
「皆の者、不安だろう? 恐ろしいだろう? 天がお怒りになっている。 なぜ気づかない? さぁ気づけと・・・」
一言一言、噛みしめる言葉に真意が読めない。ただならぬ気配にびりびりと空気が振動しているように感じる。だけど、動けない。コウタは太くたくましい腕にしがみつくことで精いっぱいになっていた。
「教会に、皆を助ける酒を用意している。 天からの賜りものだ。現状を疑え。幸せを独り占めしている奴らがいる。己だけが安心できる、そんなところにいる奴がいる。おかしくはないか? お前たちはこんなに不安なのに。こんなに恐ろしいのに。 誰が悪い? 力を持たぬものが悪いのだ。 ならば私が力を授けよう。誰にも負けぬ力を。 強ささえ手に入れれば安心できる。お主らの大切なものを守ることができる。さぁ、教会の門は放たれた。力欲しき者は儂の手に!」
「「「「「 うおー-----」」」」」
興奮、怒号、狂気、失望。人を押しのけ、踏みつけ、我先にと教会に向かう人々。教皇と呼ばれた男は、大きなツボを傾け、その門下にいる人々に金に光る液体を降り注いでいく。その光を浴びた人々は赤い瞳になり、猛烈な勢いで踵を返すと、近くにいる人々に殴り掛かり、蹴飛ばし、剣を向け、辺りを凄惨な世界に導いていった。
ー---キン!
ー-----ザッ!
ー----ドドン! ガガガガガ!
「「 教皇様をお守りしろ! 」」
門上の上で稲妻を纏った剣が走る。 慌ただしく兵士たちが教皇を守るが、すさまじい剣の勢いは止まらない。教皇自身も大きな黒い剣を出し、応戦している。
「!!! あの剣は?!」
そう叫んだ幼子は、シュンとブレイグの腕から消えた。
「なっ?! コ、コウタ?」
狼狽えて周囲を見回す王盾は、門上の上で金の光を見た。
「兄さん、アイファ兄さん! その人が、その人が元凶だ」
「ー-チッ! 出てくんのが早えーんだよ。」
周囲の兵たちを置いてきぼりにして教皇と打ち合うアイファに、コウタは嬉しそうに声をかける。だが、すぐに教皇の手が伸びた!
『ー-させない!』
すぐさまコウタの周囲にシールドを展開させたソラ。嬉しそうな教皇は、不気味な赤い瞳を晒して、徐々に姿を変貌させる。
どこからともなく生温かい風が吹いてきた。ぱたぱたと法衣がはためき、教皇の顔を緑と紫に変えていく。白いひげは漆黒の髪に変貌し、紫で縁取られた目は不気味な深紅の瞳。
「コウタ! プル、連れているな?」
「うん! だけど兄さん?」
「ここじゃ皆を巻き込んじまう。お前、ジロウを感じれるだろう? 繋がりだ。」
「えっ? うん、うん! 分かるよ、分かる」
ニヤニヤと笑みを浮かべる悪魔はまだ変貌の途中で動かない。二人は言葉少なに意思を通わせていく。
「ニコル! いいぞ」
「----遅い! チビッ子、転移だ」
突然、目の前に現れたニコルは、太いツルをぐるぐると悪魔の身体に巻き付け、アイファとコウタに手を伸ばした。その瞬間、辺りは真っ白に発光する。
ー---お願い! お願い! みんな戦わないで! もとに、元に戻って!