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173  魔力の行方



 コツ、コツ、コツ、コツ。

硬い靴音が鳴り響く。

 正教会の裏扉を開けると、そこには小さな台所があり、おそらくいつも通りであろう仕草でシスターたちが黙々と仕事をこなしていた。堅強なブレイグさんの腕からその様子を見下ろして、女神像の裏手だろう薄暗い廊下を連れられて行く。白い壁がうっすらと発光し、視界を確保してくれるのはナンブルタルの教会と同じ。村に戻って古代建築の偉業だとクライス兄さんが興奮しながら教えてくれたことを思い出して、不安と申し訳なさでポロリと涙がこぼれた。


 居場所さえ伝えれば助けに来てくれる。どんな相手でも一緒に戦えば自由の身になれる。そんな自分勝手な考えだけで動いたから、オレは今、ディック様達を危険に晒しているのだ。一番大切にしたい人達なのに。どうか、どうか、オレのことを見つけないでと、今は切に祈る。


ー---負けない。

 こんなことで負けるもんか。泣くもんか。考えろ! オレは父様と母様から生き残るためにたくさんのことを託された。きっと手はある。そのために情報を集める。小さなことも見逃さない。持てる知識と結びつけるんだ。


 幾つもの角を曲がり、扉を抜けて階段を下る。気温が下がり、湿度が濃くなる。嫌な気配だ。


ー---大抵、悪い奴は暗い地下や高い場所を好む。明るい陽の光が苦手なんだよ。気持ちいいって感覚が(こえ)えんだよ。

ー---どうして? それに高いところはお日様に近いよ。


ー---高いところにいたって、陽を遮るんだ。うわー明るくて気持ちいいわぁ、なんて所にゃいない。上から人を見下すための高さ、己の心の黒さを誤魔化す暗さだ。悪い奴は何でもかんでも隠す。悪くてずるい奴ほど自分じゃ動かずに人を動かす。覚えとけ!


 いつか、アックスさんに聞いた話が思い起こされる。こんなに深い地下。悪魔に出会った時みたい。重い空気にブレイグさんの瞳が赤く光ったような気がした。


 敵は本当に本当に悪い奴だ。まだ何も見ていないけれど、確信に満ちている。オレや赤ちゃんのきれいな魔力をどうするのだろう? きれいで気持ちがいい魔力なら、本当は恐れるのではないだろうか? きれいってどういうこと? 金の魔力は光るけれど、赤ちゃんの魔力は光らない。ただ純粋な赤、ただ純粋な青。何者にも染まらない、偏らない純粋な魔力。


「あっ!」

 思い当って小さな声をあげた。いぶかし気な太い眉が少し持ち上がり、またすぐに正面に移った。

 互い違いの矢印の意味。首飾り。いなくなったアイファ兄さんとニコル。残されたカード。

 大丈夫。オレはずっと守られている。だから、だから、アイツを何とかしたい。このまま、ディック様達を危険に晒すことなく。そのためにできることを一つずつしよう。


 胸に手を当てて、首飾りを探る。

 見えないけれど、きっともうすぐ外れる。

 だから、オレは急いで魔力を流す。龍爺の身体にはびこった黒い嫌な気配。レイのお姉さんの身体の中で、オレの魔力をぐいぐい吸い取ったあの気配。それを追い出したあの魔力。ただただ治ってほしい、元気になってほしいと願った回復だけではない魔力。オレは首飾りの魔力を塗り替えた。もともとは自分の魔力だから、さほど疲れることもなくすぐに入れ替えは終わった。ありがとうアイファ兄さん。


 次はブレイブさん。見つからないようにそっと魔力を流す。()()()の所に連れて行ってもらわないといけないから、調べるだけだ。やっぱり、思った通り。ブレイブさんの身体の奥の方に嫌な気配。きっと操られているんだ。その時が来たら身体から追い出すからねと、唇に力を入れた。


「私が来られるのはここまでだ。お前はこの先に行きたいのだろう? いらっしゃればよいが・・・」

 行き止まりの部屋なのか? 壁の真ん中に小さな丸扉が1つあるだけ。だっこしてもらっても、オレだって通れない大きさだ。ブレイグさんはオレを床に下ろすと、扉を開けて声をかけた。


「御子殿を連れてまいりました。下にいらっしゃいますか?」

 ブレイグさんが声をかけたけど、扉からは薄黒い煙が漏れ出るだけだ。しんと静まり返っている。

「残念だが、この騒動で出られているかもしれない。教会にはいなかったから・・・」

 それ以上、何も言わないということは、オレに知られたくない場所なのだろう。もしかしたら王城かもしれない。再びゴクリと生唾を飲み込む。かしゃり、首飾りが取れて落ちた。


「ちょうどいい。見なさい。お前の魔力はこうなるのだよ」

 そういうと、ブレイブさんは丸窓から首飾りをポトリと落とした。

「この中は大きな瓶になっている。この煙と混ざり合うことで、極上の薬が出来上がる。お前の魔力のおかげで、たくさんの人が幸せになるんだぞ。素晴らしいだろう?」

 うっとりとする表情。閉ざされた扉に何の変化も見られないけれど、本当に幸せのために役立つならいいな。


 外の騒動が嘘みたいにここは静かだ。目印を打ち上げてから随分経ってしまった。ディック様はどうしたのだろう? オレは再びブレイグさんに頼んで、地上の様子を見に行くことにした。


 ソラとスカとプルちゃんは、オレのカバンの中でじっと耐えていてくれている。




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