172 作戦決行
村から転移したオレは、スカとプルちゃんのアドバイスをもらって何とか部屋に辿りついた。赤ちゃんとオレのことが気付かれていないことにホッとする。だけど、時間の問題だ。少しでも自由に動くために次の行動に移る。
「ソラ、大丈夫?」
『任せて! だけど、わたしはコウタが心配。わたしが離れても大丈夫?』
こくりと頷いて、スカとプルちゃんがいるカバンを撫でる。一人じゃないもの。それに、ほんの一瞬のこと。
かたりと窓を開ければ、吸い込まれそうなきれいな青。今日の空は、きっとソラの青を溶かす。よく見れば薄い膜のようなものが見える。この建物いっぱいに張られている結界だ。これを破れば、出入りは自由になる。
「無理しないで!」
「ピピ! ルリリリリ」
鳥らしい楽し気なさえずりを残して、ソラは小さいままぐんぐん空に昇っていく。豆粒だった瑠璃の点が、もう見えない。そろそろだ。
ー-----ガガガ! ドドーーン!
上空で虹色の大鳥になったソラは、結界に穴を開けるべく鋭い雷を落とした。矢継ぎ早に、オレは空に向かって炎の槍を飛ばす。そう、これは母様の魔法だ。オレが三歳になった誕生日の夜、空に高らかに飛ばした炎の槍。上空で大きく弾けて、華のように大きく広がったアレだ。
ドドドドドーーーン!
成功。魔法の華は上空で大きく開いた。赤、青、黄色、緑。イルミネーションの魔法の応用で明るい青空でもくっきり光る。ディック様、オレはここだ。そして、きっとあの方の居場所も近い!
さぁ、次は偽造工作。オレのことをどこまで調べているのか分からないけれど、見えない誰かのせいにできれば、オレを隠そうとより中心部に連れて行ってもらえる。だからオレは部屋の中央に行って風を起こし、爆風で吹っ飛んだかのように部屋をかき混ぜ、ベッドの下に隠れた。
「だっ、大丈夫ですか? 何があったのです?」
バンと扉を開け放たれ、間に合ってよかったと高鳴った鼓動にどぎまぎする。メイドさんやこの家を警備する兵士さんたちが駆けつけてきた。雷と魔法の華のおかげで結界は大きく壊れ、てんやわんやの大騒ぎが始まった。そのどさくさに紛れて、ソラはいつもの小鳥になってオレの肩に戻ってきている。垂れ下がったシーツの下からもぞもぞと這い出して、次の作戦へ移る。
「こ、こわいよー-! 何があったの? 赤ちゃんは?」
すっ呆けるオレに、メイドさんは疑いもせず、抱き寄せて落ち着かそうとする。こんなときだからこそ、普通のお子様のように振舞うんだ。だけど、まだ弱い。オレの居場所はディック様に伝わった。だけど、助けに来てもらうだけじゃだめなんだ。元凶を叩かなくては。 赤ちゃんを連れて行ったあの方を、オレを閉じ込めて魔力を奪うあの方を何とかしなくては……。
「た、助けて! オレ、すごく怖いの。ねぇ、ディック様は来てくれないのでしょう? だったら、あの方は助けてくれないの? 一番安心できるところに行きたいよー-」
「だ、大丈夫です。落ち着いて。そうね、あの方の所が安心かもしれないわ。こんな事態だもの、きっと助けてくださるわ」
わざとらしくない程度にメイドさんに抱きつくと、彼女は急ぎ足で階下に降りる。部屋を確認しに来た兵に赤ちゃんを探しに行く兵。こんなにもたくさんの人が警備をしていたのかと思うほどの人であふれかえっている。
だけど、だけど……。甲冑を来た兵士さん、ぼろの服を纏った人、ごく普通のおかみさんに商売人のように恰幅がいい人もいれば、いかにも冒険者という人もいる。ここは、どんな組織なの? なぜ、こんなたくさんの人があの方に仕えているの?
「何があった?」
息せき切って駆け付けたブレイグさんに、オレは固まった。早い、来るのが早すぎる。この非常時にどうして王様の傍から離れるの? 王盾でしょ? ここはお城の中なの? 王様があの方なの? ううん、違うはず。王様だったら警備は兵士さんだけだもの。普通の唯人や冒険者は来ない。王盾って兵士さんの中でも優秀で偉い人じゃないの? じゃぁ、じゃぁ、もしかして……。
王盾の実力は貴族のことに詳しくないオレにだって分かる。最後の最後まで王様を守る人だ。そんじょそこらの実力ではないはずだ。だからこそ、オレが騒ぎを起こしたときには来れない、そう踏んでいたのに。この人がいたら、オレは逃げ切れない。ディック様だって無傷じゃいられないかもしれない。どうしよう!
メイドさんの華奢な腕にしがみつきながら、目まぐるしく思考が回っている。作戦は続行できる? 難しい? だけど、もう動き出してしまった。
『コウタ、落ち着いて。きっと大丈夫』
混乱するオレの肩でソラが励ましてくれた。ブレイグさんはメイドさんからいオレを受け取ると、何もかもお見通しのような勝ち誇った笑みを浮かべた。
「その顔。なにか、不味いことでもあるのかい? 想定外。そんな表情だが」
「えっ、あっ、あの。ううん、ブレイグさんが来てくれて嬉しいよ。だって強いんでしょう? オレ、すごく怖いの。怖くて怖くて震えているんだよ」
オレはブレイグさんの胸に顔を埋めてしがみついた。恐怖で本当に全身が震えている。そうだ、ソラの言う通り。きっと大丈夫。ブレイグさんが敵なのは知っていたもの。
ブレイグさんはオレを腕に抱いたまま、慌てふためく兵士さんたちに指示を送る。そして、ずんずんと隣の大きな建物に向かっていく。部屋からは壁しか見えなかったけれど、あの建物は大きな教会だ。ここは王城に併設される正教会の裏にあったのだ。ゴクリ、喉を鳴らしたオレにブレイグさんが笑い出した。
「くくく。あそこにはもっと強力な結界がある。国を守る場所だから安心だろう? どうやって混乱させたか知らないが、この騒ぎでアイツらが動けば尻尾がつかめるな。ははははは、愉快だ。さぁ、どうやって英雄を呼ぶんだ?」
まずい、駄目だ。
ここにディック様は呼べない。
オレの浅はかな作戦はディック様の足を掬うかもしれない。絶望と恐怖と、そしてさっき使った大量の魔力のせいで身体中から血液が抜かれたように、冷たく、冷たく、氷のように冷えていくのが分かった。