016 ソラ
ドドーン、ドドーン。
荒々しい岩肌に当たっては砕け散る波の音。村で聞くものと全くの別物で、山育ちのオレには恐怖さえ感じる。まだ十数メートルも下にあるはずの鉛色の水が、ディック様の首にぶら下がるオレの髪を濡らしては冷やす。
ディック様に抱かれて数分、やっとのことでたどり着いたそこは本当に小さな砂浜で、数人が足を踏み入れることさえ難しい程の広さだ。
大きな岩畳の間に、海の動きで削られた小岩や石たち。小さな魔石や磨かれた貝殻の粉が水に濾された光を受け止めて発光し、ほのかに聖なる雰囲気を纏わせる。
「こんなとこだ……。お前達、よく、見つけて貰ったと思うぜ……。」
確かに此処は、日々、人が立ち入る場所ではない。たとえ此処に何かが漂着したとしても留まることは難しいだろう。
「あぁ、それでよぅ。亡骸を運んでやろうとしたんだが……。」
うん、分かる。オレ一人だけでも運ぶのは難しい場所だよ。うん……。
優しいディック様は一層言いにくそうに、真上を羽ばたくソラを追って続ける。
「お前を抱き上げたら、信じられねぇが……。今でも信じられねぇが……。さらさらと砂山が崩れるかのように……。水に、砂に、光に溶けて消えてしまったんだ。」
オレは薄茶の瞳が動かなくなったのをまじまじと見た。
「そう……。ありがとう。」
やっとの思いで絞り出した声は一瞬の静寂の時であったのか、荒れた波間にくっきりと響いた。
「馬鹿野郎! 辛え話ん時にガキが……ガキが言う言葉じゃねぇだろうが。」
強く大きな厳つい手でゴシゴシ頭を掻き回され、ぎゅっと抱き合ったオレ達は真っ赤になって肩を震わせた。冷たい波飛沫を全身で受け止めて。
館に戻ると、既に準備されていたお風呂に連れられ、小さな身体と大きな背中を流し合い、トプンと一緒に湯船に浸かって温まった。
ディック様の広い胸に抱きつくと訳もなく安心する。
ぽこんとお尻が浮くと盛大に笑われてしまったので、手の平を合わせてピュルンとお湯を飛ばしてやった。
んぐっ。
見事に口の中に命中。
「こ、い、つ、めー」
ピュルン、チュピッ。
ジャッ、ザザー。
ガハハ、キャキャキャとお湯の掛け合い。
注意しにきた執事さんにディック様がお湯をザブンと掛けたから、はい、お風呂タイムは強制終了だ。さすがに今度は、オレも一緒に叱られた。
「ソラは寒くなかったの? すごく高い所を飛んでいたよね。」
根菜ごろごろのミルクスープの昼食を終えたオレ達は暖炉の部屋で寛いでいる。今日は身体が冷えたから、身体が温かくなってもお外は駄目だって言われたんだ。
ラビを背中にしてソラの嘴をカリカリと擦っておしゃべりだ。
「そういやぁ、その鳥ってそんな色だったか?」
さすがディック様、ちゃんと見ていてくれる。オレはにぱあと笑みを返して応える。
今のソラは全身が嘴と同じ綺麗な瑠璃色だ。
「ううん、もっと薄かったよ。薄い青だったの。 だから、オレ、始めは分からなかったんだ。 でもね、此処に来て、オレから溢れてるキラキラを食べるようになったから、本当の色になってきたんだって。」
「何だそりゃ? 分からん。まぁ、素の色になったんなら良かったな。」
「うーん、ソラの素の色は違うよ。虹色とか白く光ってても青が分かるとか、そんな色だよ。」
「ピピピ、ピピ、ピピピピ」
『それは神界の色なんだから、知られたらマズいのよ』
何だかソラが慌ててる! あっそっか、山では秘密だったもんね。ここでも秘密、だった? あはは……。オレ、言っちゃってるよ……。
力なく笑うオレに、ソラの跳び蹴り、羽バタ攻撃が決まる。
『もう、あなたには隠し事は無理よね。フン!』
「わぁ、痛いよ、ソラ! ごめん、ごめん」
「ますます分からんが……。まぁ、あんまり目立つようにしなきゃ良いだろう。……、そういやぁ、昨日の、あれなんだ? 赤ちゃんって奴だ。場がうまく収まったから忘れていたが……。」
ディック様は読んでいた書類を置くと、ソラとオレに指を立ててコイコイと合図をした。
オレはソラを手の平に乗せてディック様の膝に座る。平たくて硬い膝は抱きとめて貰わなくても揺るがず、安定感が抜群だ。
「ソラはね、命? 魂とか? そんなのが分かるの。あっちとこっちを生き来出来る鳥だったけど、オレについて来ちゃったから、もう戻らないの。オレの守護鳥?」
「はぁ? ……、分からん。全く。だが、お前を守ってくれるなら有難いな。」
オレの漆黒の髪をサラサラと解きほぐし、ゴツゴツとした太い指先で首元をこそぐる。オレはクスと身じろぎながら答える。
「うん、あのね、母様がオレを守ってくれた時ね、ソラも居たんだよ。 シールドでね、オレのこと包んでくれてたの。だけどね、ずっとずっと、とっても長く力を使っていたからね、動けなくなって、色も薄くなっちゃったんだって!」
ありがとうと、頭をコシコシ撫でると、ソラは
『どういたしまして』
と、とっても嬉しそうに首をくるくる回す。
「なっ、あのシールドか? そいつの力か?」
「うん。あとね、海の中からあそこまで運んできたのもソラだよ。ソラ、大きくなれるし、羽をしまうとね、泳げるの。すごいでしょ!」
隠すのを諦めて得意げにドヤ顔したソラと同じく、ふふんと笑って見上げると、ディック様は口を開けたまま動かなくなっていた。
あれ? 何か間違えた?
オレはキョトンと瞳を丸くして首を傾げた。
更新の時間に合わせて読んでくれている方がいることを知りました。待っていてくださっているのかと思うと天にも昇る嬉しい気持ちです。ありがとうございます。
やっと居場所を見つけたコウタです。物語がなかなか進みませんが、少しずつ広がっていきます。時間を問わず、定期的にコウタに会いに来てくれると嬉しいです。
感謝の気持ちを込めて、本日はもう1話、12時にも投稿します。