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168 それぞれの時3

 残虐な表現があります。苦手な方はご注意ください。

ーーーーーーーーーーーーー



【王城にて】


「お待ちください。まだあんなに陳情が……」

「ええい! 一体いつまで続く? 執務、謁見、執務、謁見の繰り返し。もう限界じゃ。 公務は(しま)い。 休息をとる」


「誰か! 王がお逃げだ! 手をかせ」


 謁見の間から王城に外扉まで続く来訪者の列を横目に、王盾(おうじょう)であるブレイグは、王を追う相棒を愉快げに見送って、放り出された陳情書を拾い上げた。


 強い魔物からの被害報告、災害があったわけでもないのに不足する食料。冒険者が急に減ったことで素材が減り、物資が不足し始めている。不穏な気配に王都から地方に移りゆく者が出始め、民衆は落ち着かなくなってきた。

 国境付近の警備に綻びが見つかり、他国民族からの軋轢も耳にした。隙を狙われる。騎士団は国境の警備に治安の維持に、そして失った冒険者達の仕事の補填にと奔走している。

 それもこれも英雄が王都に来た時期からだ。全てが憧れの英雄のせいだとは思わない。王の(まつりごと)が悪いとも思わない。だが人々の生活が淀んで落ちていく様を感じ始めている。あの方が言うように、時代が変わるときなのだ。心が折れた人々を、傷つき気力を失った人々を、現実として救っているのはあの方である。

 命を賭して王を護る気持ちは今も変わらない。だが、あの方と王と、どちらを主人にするかと問われれば心は決まっている。

 

 首根を捕まえられた王と共に謁見室に入ったブレイグは、王盾の相棒に唇を引いた。

「ご苦労。さぁ、王様。謁見に戻りましょう。今日中に終わらせねば明日はもっと人が増えます」

 そう言い諭すと、ふとコウタの悪戯な顔が過った。

(ふふふ。王も幼児も機嫌をとるのは大変だ。次の非番は剣でも教えてやるとしよう)



【旧友】


「な、何をしている?!」

「ああん? オヤツだよ。飯、足んねーじゃん。あっ、お(メー)も食うか?」

 ヒュンと投げられた保存食を受け取った憲兵の男は、瞳を見開き、囚人と手の中の保存食とを交互に見つめた。


「囚人から施しを受けるとは……。前代未聞だ。だが、友としていただこう」

 男は苦笑いをし、ペリと袋を破くと硬い保存食を口にした。


「うん。美味い。どこのだ?」

「西の工業区の入り口にある店だよ。屋台の店だが、頼むと作ってくれる」

「そうか、それはいい。次は兵団でも…………って、んな訳ねぇだろう! なんでそんなとこの食いもんを、オメーが、オメーが持ってんだよ」

 バシと保存食を床に叩きつけて憤った。キャラメル色の瞳をニッと細くした囚人は、それを拾い上げ、これ見よがしにひと齧りして笑った。


「んだよー。美味いって言ったじゃねーか」

 懲りずにズボンのポケットから新しい保存食を出して鉄格子の中からぽいぽい投げる。


「おい、何処から?! それ、囚人服だろう? ここには何も持ち込めないはず……」

 狼狽える男に鎖に繋がれた男は楽しそうだ。だが、旧友の言葉に顔色を変えた。


「テディ、マクロン、デーゼ、ヨザール。忘れたとは言わせん。お前が()ったな?」

「………………」


 床を見てひたすら保存食を齧っているアイファは、手の中のそれを食べ終わると、スクと立ち上がって、旧友の前に歩み寄った。


「証言は変えねー。だが信じるか? お前、覚悟があるか?」

 ゴクリ。


 相手は牢の中。怪しい行動はつい今しがた見てしまったが、脱走や謀反、攻撃などの類ではない。危険はないはずだ。だが、この威圧感はなんだ? 何故、恐怖を感じる?


 飲み込んだ生唾と怯んだ弱い心を隠すため、憲兵の男はわざとらしく笑みを作った。

()()()()()()

「ああ。お前だからだ」

「しゃーねー、聞いてやるよ。場合によっちゃ、俺の手の中で死なせてやる」


「望むところだ」

 肩頬を歪ませて笑ったアイファは、男に背を向けて、鉄格子の側でしゃがみ込んだ。


 アイファは森での襲撃の様子を事細かに話した。大筋は証言通り。だが、唯一違うのはアイファが首を跳ねた人数だ。皆殺し。ギルドや憲兵の報告では百を超える遺体が見つかったとのことで、アイファもそれを否定しなかった。けれど今日の証言ではその半分にも満たなかった。


「初めは全員跳ねようとしたさ。だが、流石にあの数じゃ、剣がヌメって切れなくなる。だから選別したんだ。俺の手に余る奴、本気で向かってくる奴に絞った……。雑魚は気絶だ。まぁ、骨の一本・二本は折れてると思ったが」


 しかし、実際は百をゆうに超える冒険者が惨殺されている。一撃で首を跳ねられたであろう遺体、数度の撃ち合いの末半身を剣に任せたような切られ方の遺体の数は合致する。

 残りの遺体は焼死体か内臓から爆発するような残忍なものが多く、確かに不自然だった。


「見知った顔ほどキツかったよ。流石にテディ級は俺だって一撃じゃ無理だったさ。何度か打ち合わせて、一瞬、ほんの一瞬だ。アイツの瞳に正気が戻った。そしたら……、アイツ、言いやがった。『ありがとう』って。そう言って俺の剣に吸い込まれるように身体を乗せて……、自分からだ。自分から切られに来た……」


「まさ……、まさか?!」

「ああ、まさかだ。()()()()()。アイツは……意志じゃなかった」


「俺と?!」

 旧友の瞳が赤く光った。瞬時にアイファは鉄格子から身を翻した。


「この前はギルド員。憲兵も冒険者も見張りに加わっている。一貫性のない組織だ。お前が正しいのか? 俺が正しいのか? その目はなんだ? お前達、何をしようとしている?」


 旧友の男は驚いて硬直した。友の涙を、これほど悔しそうな顔は見たことがなかったから。だが、1つ分かったことがある。この男は危険だ。生かしてはおけないと。


 不意に腹の底から可笑しさが込み上げてきた。そうだ、この男の命はこの手の中にある。この男は、足に重い鎖の枷を繋ぎ、こんな深い場所の牢にいるではないか。


「はは、は、は、ははははははははは!!!!」






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