165 それぞれの時2
【盗賊A 】
「へっへっ。今日も首尾よく行きやがった。これもお頭のおかげっちゅーもんだ」
手に入れた宝飾品をじゃらじゃらと眺めた男は、大きなタルから泡酒を掬うと、木杯でグビリと飲み干した。
「いやぁ、お頭の作戦もさることながら、屋敷の正確な情報には舌を巻くぜ。ガキの仕事ながらすげーもんだ」
「だなっ! ガキのくせに侮れん」
野太い腕でガシガシと銀灰色の髪をかき混ぜると、少年とは言えないほどの子どもが嫌そうにその手を振り払う。
お頭と呼ばれた青年は、首につけられた漆黒のチョーカーをなで、子どもを胸元に抱き寄せた。終始俯いて唇を噛む子どもに、頬を寄せて小さく呟く。
「お前はいい仕事をした。きっとあの方も目をかけてくれる。もう少しだ」
こくんと頷く子どもに、パンと小さな薬瓶を入れた紙袋を手渡す。
「見届けろ」
「へっ、ヘイ!」
新米の仲間が急ぎ子どもの後を追って行く。過保護なこった。グビリ木杯を傾けて、戦利品をお頭の元に戻した。
「最近、事件が多いスが、何かご存知で……」
祝杯をあげる仲間を横目にお頭に問うと、ニット帽の青年は胸元から琥珀酒の小瓶を出してぐいと飲んだ。
「下町の女が惨殺される事件か? 赤子の誘拐か? どちらも、もう三件ほど続いている。そのおかげで警備が薄い。裏は幾つか聞いてるが……、(首を)突っ込むか?」
聞いた男は慌てて首を横に振った。盗みならいくらでもやるが、血生臭い荒事はごめんだ。お頭は既に何か掴んでいる。仲間か、それ意外か。だが、そんなことはどうでもいい。俺さえ巻き込まれなければ。
へへへと愛想笑いをした盗賊は、数枚の金貨を握らされた。
「少ないが……あの方の願いが成就しつつある。我々の責務は重い。自覚して気を抜くな!」
「「「「へ、ヘイーー」」」」
張りのあるよく通る声。不思議な声色に盗賊たちはひれ伏した。そして、顔をあげた時にはお頭の気配は消えていた。
「さすが、ネコっス。気配も足音も消して、気まぐれに動く。誰にも、仲間にも、媚ねぇ」
その仕草に惚ける男を、仲間が陽気に泡酒を手渡す。
「考えねぇ、考えねぇ、俺たちゃ底辺のコソ泥っス。難しいことは知らぬ存ぜぬ。でなけりゃ、絞首刑にまっしぐらだぜ?」
「お、おう。俺はやっすいコソ泥でい!」
男はグビリ泡酒を煽り、陽気に笑った。
【騎士団の警備兵】
「あのさ、一緒に食べるか、外にいるかしてくれないか? 落ち着かなくて」
朝食の席に着いたクライス。その背に立つ男は直立不動のまま眉を上げる。
王都に入ってからの数々の事件。そして、『砦の有志』パーティへの主撃。森で冒険者たちが数十人単位で遺体となって見つかったこと。それらを自作自演して王都を混乱に巻き込んだ疑いをかけられたエンデアベルト家は、騎士団の男に見張られながら謹慎をしている。
そして、魔法の才能を持つ異国の使者を、犯罪組織から守るという名目でコウタを保護したのだった。
「仕事ですから、お気になさらず」
さすが国の守りの騎士団。礼儀正しく仕事に忠実。言いがかりのような罪状に証拠が見つかるはずもなく、そして、それすらも承知の上で見張っている。果たして自身は正しいのだろうか? 時々顔を出す疑問に、国のためと蓋をする日々。
「はぁ〜、コウタがいないと食欲もわかないな」
クライスがため息混じりに手を伸ばしたのはサンドイッチ。今日は卵とベーコン、レタスが挟まれている。彩り豊かでいかにも美味しそうだ。コウタが発案したとされるマヨネーズがたっぷりと使われている。
「あぁ、やっぱりコウタのソースは美味しい。コウタ、ちゃんと食べているかなぁ」
警備側の安全のために、食事でのカトラリーがスプーンのみに制限されているため、サンドイッチが提供される頻度が増えた。だが、無限の組み合わせができる中身に、警備の兵もゴクリ唾を飲む。
「丁重にもてなしているはずです。ご安心を」
再びふうとため息を漏らしたクライス。ふと何かを思いついたようだった。サーシャもキールも柔らかな笑みで目を細めた。
いよいよ尻尾を出すか? 一言一句、しかと見届けよう。そう気合いを入れた。
「コウちゃんが好きな妖精さんの話をしましょうか?」
突拍子もない言葉。気が触れたのか? サーシャがイタズラに笑いかけたので、兵は困ったような表情で、こほんと咳払いをした。
少女のような顔になったサーシャは、楽しげにスプーンを操って果物や砂糖のかけらを宙に飛ばす。キールもそれを真似て、魔法で水を出したり、スープを凍らせたり。
「あらあら、妖精さんが美味しい、美味しいって食事にイタズラするわ」
「サーシャ様、お上手です。ほら、どうです? 僕の方が妖精っぽくできていませんか?」
「あーあ、コウタはどこに連れられていったのかなぁ。妖精ごっこ、大好きだったのに」
クライスが呟くと、執事のタイトも話を合わせて来る。
「さぁさぁ、お行儀が悪うございます。妖精様、コウタ様はこちらにはいらっしゃいません。探して連れてきてくださいまし」
この家の者たちは、これほどまでにコウタ殿に愛情をかけていたのか? ほろりとするサーシャの瞳に、警備兵たちは胸を痛めた。けれど、彼の魔力は有益。魔法が使えぬエンデアベルト家では、異国の王族かもしれぬ人を任せる訳にはいかないと気を引き締める。
「疑いが晴れるまでのことです。疑いさえ晴れれば、コウタ殿にお会いできる日が来るかと」
うっかり出た言葉に、上司の視線が突き刺さった。しまった! 出過ぎた真似をした!!
キリリ唇を引き締めた警備兵は、自身の髪がふわり不自然に持ち上がったことに気づくことなく職務に集中するのだった。