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160 切り札


「うーん、よく寝た......。あれ?」


 窓から差し込む光、揺れ動くカーテン。ピチチと鳴くソラのさえずりに違和感を感じた。ここはどこ? 確か......


「お目覚めですか? ご気分はいかがです?」

 見知らぬお姉さん。オレはソラを呼び寄せて、行儀よく挨拶をする。ここはどこ? あなたは誰?


 整えられた部屋はまるで王城の部屋のように豪華で、刺繡の施されたソファーセットに歩けばくるぶしまで埋まってしまいそうな毛の長い絨毯。置かれた家具は飾り彫りがされているし、たくさんの本が入った本棚まである。オレが寝ていたベッドだけが小さめで質素なのが不思議だった。


「お顔を洗って、お支度をしましょうね」

 ぴっちりと櫛づけられた黄色の髪に白いエプロンが映えるお仕着せ。丁寧な所作に高貴な家のメイドであることが分かった。


「えっと、コウタ・エンデアベルトです。お姉さんのお名前は?」

 教わった貴族用のお子様挨拶をすると、お姉さんは上品に微笑んだ。


「うふふふ。コウタ様、承知しております。ですが、エンデアベルトではございませんね? 私はメイドですから、名乗るのはおこがましゅうございます」


 エンデアベルト家を否定されて、オレは何となく置かれた立場を察した。ディック様が簡単にオレを知らないところに行かせるはずはない。


 何かあったんだ。

 アイファ兄さんだけでなく、ディック様達にも。


 だったら、オレにできることは一つだけ。正しい状況を探ることだ。ここが味方なのか敵なのか。ディック様達の身が安全なのかどうか。ただ家に戻ることが最善とは限らない。いつか兄さんたちに教えられたことを反芻する。


『さらわれる前だったらジタバタすれば誰かが気付く。だが、意に反して敵陣に入ってしまったのなら、正しい情報を掴め。大人しく相手の手のひらに乗ったふりをするんだ。その上で、どうしたいか自分で決めて動け。時間さえありゃ、エンデアベルトならお前にたどり着く。そこまで待つか、それ以上にしたいことがあるなりゃ、機会をうかがえ。人にはそれぞれ大事なものがある。だが、お前はまだ子供だ。守るのは大人の仕事。お前は自分を優先するんだ。命も心も、ちゃんと守るんがお前の使命だ。いいか? 頭に叩き込んでおけ 』


 いつものように扉を開けて食堂に行こうとすると、首を横に振られて、窓際の小さなテーブルに案内された。部屋の外には行けないのかな? オレは素直に席に着いた。お姉さんは近くの棚から柔らかなパンと冷めたスープを取り出して並べてくれた。


「丸一日、いいえ、それ以上。おやすみになられていましたから、お腹に優しいものにしましょう。お昼にはお好きなものをお出ししますからね」

 コトリとおかれたミルク。今の季節ならベリーのシロップがあるのだけれど。ちょっと残念に思いながら、じゅわり、手の中でミルクとスープを温めながら食事をした。


「まぁ! コウタ様、詠唱がお早いのですね」

 しまった! つい、うっかり。いつもの癖で魔法で適温にしてしまったのだけれど、そういえば、前に王城から来た魔法の先生に、オレの魔法の特殊性を知られてしまったんだった。だったらもう隠さなくてもいいよね。どうせ、オレの魔力が目当てなんだし。


 そう思ったら、とっても気が楽になった。そうだ、隠すから難しくなるんだよ。ディック様たちから離された今、普通のお子様になったって仕方がない。もう正直になろう。ねっ? ソラ! だけど、ソラは普通の小鳥だよ。本当の切り札は隠しておくものだから。うふふふふ。


 なんだかちょっと楽しくなった気持ちが顔にでてしまっていたのか、ご機嫌ねぇと笑われてしまった。食事が終わったら次は勉強の時間なんだって。オレは朝の体操をしていなかったのを思い出して、メイドさんが支度をしている間、いちにっさんしっと体操をしたよ。せっかくミルカも覚えてくれたのに残念だ。


 しばらくすると扉をノックする音がした。先生が来てくれたんだ。今日はオレの基礎的な知識を確認するんだって。先生は知った人だった。よかった。知らない人ばかりだと不安になるもんね。だけど......。この人が敵になるのはちょっと困る。



「コウタ殿。久しぶりです。お心細くはございませんか?」

 整えられた隊服をきっちり身に着けた礼儀正しい先生は、王盾さんの一人、ディック様の大ファンの人だった。ブレイグさんって言うんだって。


「よろしくお願いします」

 席を立って頭を下げると、さっそく簡単に頭を下げてはいけないとたしなめられてしまった。だけど、穏やかで優しい口調。今日はエンデアベルトでの生活を中心に聞かれるがままに正直に話した。だけど、ちっとも核心に迫らない。聞きたいのはオレがここにいる理由。そしてディック様達はどうしているかってことなのに。


「ねぇ、ブレイグさんはオレの何が知りたいの? 魔法について聞かなくていいの?」

「いや、あの、その。直球だなぁ。確かに知りたいけれど、今日はコウタ殿がお健やかであられるかってことが大切なんだよ。おひとりでこちらに来ていただいているからね。落ち込んでいたり、泣いていたりしたらどうしようかと思ってね」

 言いにくそうに鼻を掻いたブレイグさんは、正直で優しい人だと思った。だけど、それだけでは敵なのか味方なのか、オレがここに連れて来られた経緯を知っている人なのか知らない人なのか分からない。


「オレ、泣くよ。だって()()()()もいないんだもん。オレ、四つだよ。泣くよ。普通。泣いちゃうよ」

「ちょっ、お待ちください。泣くのは駄目です。な、泣かないでください。困ります。私が困ります」


 素直な胸の内をさらすとブレイグさんは困った顔になって慌て始めた。


「困っても泣くよ。本当はずっと泣きたかったの。落ち込んでるの。会いたいよ。アイファ兄さんにもクライス兄さんにも。ジロウもドッコイもプルちゃんだって」

「ジロウ? あっ、いや、お待ちください。駄目です。泣くのはやめましょう。さぁ、棒付き飴です。ほらほらクッキーもありますよ。確か、チーズもお好きでしたね。ああ、ほら、デビルブルブリアの人形です。ワイバーンの人形もございます。泣かないで、泣くのは勘弁してください」

 

 ポケットや胸元から、おそらくオレが泣いていたらあやそうと思って持っていただろう奥の手を机上に並べたブレイグさん。これって最終手段じゃないのかな? こんなに簡単に切り札をさらしていいのだろうか?

 彼に言われるまで『泣く』という選択支を忘れていたオレは、にまにま頬を緩ませながらブレイグさんをからかうのだった。

 

 

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