158 目撃者
冒険者はもしもの時のために、ランクのプレートだけでなく、大切な持ち物に印を入れる傾向がある。アイファ兄さんは幾つもある剣の中でも一番お気に入りの大剣の柄にエンデアベルト家の紋章を入れている。たとえ剣が折れてしまっても絶対に手放さないからと言っていた。(ちなみに剣が剣が傷つきそうなときは別の剣を使っているんだよ)
ギルドマスターが見せてくれた剣は赤黒く汚れていたけれど、根元に刻印された紋章はくっきりと浮き出ていた。大切にしていた大剣をアイファ兄さんが落とすとは考えにくく、ならばどうしてここにあるのか? オレはその意味をはっきりと理解し、本当に気が遠くなりそうだった。
だけど、オレ達には兄さんの伝言がある。きちんと最後まで聞かなくてはと、サーシャ様の手を握って、ごくりと唾をのみ込んだ。ディック様とクライス兄さんはそんなオレの様子を見て、ゆっくりとギルドマスターに問いかけた。
「俺達をここに呼んだのは、ただこれを見せるだけではないな? 見せるだけなら、うちに来ればいい。違うか?」
「ー-チッ。セガがいねぇのに鋭いな。 俺ぇぁ、今、忙しいんだ。前代未聞の事態だからな。 ここを動くわけにはいかなぇの。だが、息子の大事だぜ? こっちも緊急事態だろう? だから来てもらったんだよ。俺としてはどうしても先にキールの話を聞きたいんだが、まぁいい。」
「前代未聞? それはどういうことです?」
ギルドマスターは、オレに聞かせてもいいかととディック様に確認してから、どかっとソファーに背を預けた。そして一旦結界を解除してからギルドスタッフに飲み物を届けさせてから再び結界を張った。その間に、扉の外で幾人もの人と話をしていて本当に忙しそうだった。ディック様たちは受け取った持ち物を片付けて神妙な顔で無言を貫いた。
「コイツも一緒だったんなら、後でちゃんと話を聞かせろや」
熊みたいな毛深い手でオレの髪をくしゃと撫でたマスターは、再び腰を落ち着かせて話し出した。今度は記録のスタッフも一緒だった。
「『砦の有志』たちが依頼を受けたその日。朝から出かけたパーティやその日に帰還予定だったパーティたちが相次いで消息をたった。波が引いたように静まり返ったギルドは、そりゃ不気味だったぜ。何しろ帰ってくるものが誰一人いない、そんな日があるか? 夕方には憲兵に報告し、あらゆる可能性を探り始めた」
「俺んとこにゃ、何の連絡もなかったが............?」
「行けっかよ。いきなり英雄様に助けを求めるなんざ、軍が許さねぇ。そもそも何が起きたかすら謎なんだ。魔物や侵攻ならすぐに動くが、自己責任の冒険者たちだぜ? たまたま、偶然、帰って来ねぇなんてことはざらにあるだろうが。ただ、違うのは誰も帰って来ないってこと。その一点だけだ。盗賊被害も遭難も、怪我人だっていない。謎なんだ」
ディック様は伸びきった髭をもじゃもじゃさせながら考えている。クライス兄さんが続きを促した。
「ー-で、夜にチリルの森で大規模な火事が起きた。俺達は門上で見張ってたからよ、一瞬で広範囲に火が付く様子を目撃した。一瞬でだ。そりゃ恐ろしかったぜ」
オレとキールさんは互いに見つめ合い、ちょっと困った顔になった。あの火事を見ていたということは、その先も当然見ていた訳で。
「どう考えたって消火なんかできない規模だ。近隣には3つの村があるから、避難を呼びかける早馬を出したさ。だが、しばらくしたら大きな竜巻と共に大雨だ。俺達はただ上に巻き上がるだけの竜巻を初めて見たし、あんな局地的な豪雨も初めて見た。そしてー---」
ギルドマスターが生唾を飲み込んだそのとき、記録をしていたお姉さんが興奮気味に話し出した。
「すっごいきれいな光が辺りを照らしたの。あれはきっと女神の恩恵よ。女神様がお力を発揮して奇跡を起こしてくださったんだわ。それはそれはきれいな光だったの。でも、すぐに暗い夜にもどってしまったから、調査隊を組んで早朝に調査に出かけたってわけ」
嬉しそうに一気にまくし立てたお姉さんは、ふと我に返って可愛らしくぺろと舌を見せた。
「お前......、いいところを。 まぁいい。 女神なのか王や司祭様の神力のおかげなのか分からんが、そういうことだ。そして、そのチリルの森に入ったであろうお前たちの話が聞きたい。何があった? そしてアイファとニコルの消息は? 」
鋭い威圧が込められたギルドマスターの瞳。消息という言葉と威圧に、オレはぐるぐる目が回って、急に瞼が重くなった。やっぱり魔力切れの影響だ。サーシャ様にもたれてふうふうと呼吸を荒げる。クライス兄さんがそっとミルクを口に含ませてくれて持ちこたえていた。
「--で? 冒険者たちの消息は分かったのか?」
油断なくディック様が聞くと、マスターは肩眉を上げて重苦しく言った。
「全滅だ。 誰もかれも、チリルの森の中で遺体となって見つかっている。焼けた者、切られた者、FランクからAランクまで。まだ消息が分かっていないやつもいるが、生還者はお前らだけだよ。この意味、分かるか?」
そう聞かれた瞬間。オレの意識は遠のいていた。