156 アイファ兄さんのことづけ
「このカードの特徴は分かるかな?」
クライス兄さんの質問は単純だ。オレはアイファ兄さんがプルちゃんにカードを渡すところを見ていたから、予想はついている。
「えっと、クラ兄達へのメッセージだよね。でも、なんだろう?」
いつものカードだ。オレンジ色で囲われていて、斜めに緑の線が一本書かれている。
「オレンジはニコルでしょ? グリーンはアイファ兄さん? だって装備の上着の色が緑だもんね。だけど・・・ニコルと一緒? まってます?」
「コウちゃんが言うと、とってもお行儀がよくなるわね。色は正解だけど、こういうのは状況によっていろいろと受け止め方があるのよ。今回はどんな意味?」
サーシャ様でも分からないんだ。だったら、オレなんかが分かるはずはないよね? 今日のオレはサーシャ様の膝の上。プルちゃんが落ち着かないから肩掛けカバンの中に入れて、オレがプルちゃんを抱っこしているんだよ。
午後の柔らかな陽の光。真っ青な空の所々に、真っ白な薄雲がふわりと浮かぶ気持ちのいい天気だ。オレもキールさんも昼過ぎまでぐっすり寝たから、少し元気になったよ。だけど、魔力は戻り切っていないから、まだまだ身体はだるい。魔力切れってすごく体力がいるね。やっちゃ駄目って言われる意味が身に染みて分かるよ。
「うーん、普通に考えるとニコルの手の中にいるってことなんだけど。アイファがニコルの手の内に守られるようなことをするか? ニコルの線が内側にあって、それを突き抜けるようにアイファの線があるからな。ちょっと不自然だ。もしかして……?」
キールさんも首を傾げた。もう! こんな面倒くさい暗号なんて辞めちゃえばいいのに! 言いたいことが伝わらないなら意味がないよ!
「なぁ? プル。俺をその場所に連れて行ってくれんか? 行けば大体察しが付くというもんだ」
ディック様の太い手がカバンにかかると、プルちゃんはブルブルと震えて、泣きだしてしまった。わぁ、カバンがぐしょぬれだぁ。
「ドッコイも臆病だが、こいつはそれ以上だな。俺様が話をつけてやるから、言ってみろ。その代わり、お前、俺の子分だぜ?」
スカの申し出に、ピギーと小さく鳴いたプルちゃんは、カバンの中で身体を伸ばして縮めて話をしている。よかった。スカが初めて役に立ちそうだ。
「ねぇ、コウちゃん。その黒い亀みたいな生き物はなあに? 上手にお話できるし、かわいいわ。もしかして妖精さん?」
かわいい、に反応してスカがカバンから顔を出した。
「きれいなおばさん、よくわかってるじゃねえか? 俺様は妖精なんてちんけなもんじゃねぇ。俺様は、スカイルミナス・タマタマジェスティックだ! これでも女神さまの遣いだぜ? そこらの王より偉いんだ! さぁ、傅け! 敬え! 崇め奉れー-!」
ー---ドガッ
ズベッ
かっこよく指差しポーズを決めたところで、ドッコイがスカの頭をべしと叩いて、机に転がした。うーん、このやり取り、なんだかどこかで見た覚えが……。
「ねぇ? 女神さまの遣いなのは分かったけど、どうしてスカは偉いの?」
「はぁ? 女神の遣いだぜ? 女神さまが俺様に願いを託したんだ。偉いにきまってんだろう?」
スカの反撃に、オレはことんと首を傾げて、優しく諭した。
「女神さまはこの世界を創ったから、『ありがとう』って敬うよね。でも、スカは何をしたの? これから何かをするの? 教会の神父さまはね、人々の願いと女神さまの想いをつなぐ仕事をするから偉いんだよ。王様はね、国の人たちの幸せを願って行動するから偉いの。 じゃぁ、スカは何をしたの? もしスカが特別なことをしたのなら、オレたちはスカをすごいねって敬うけれど……」
オレの手の中で、だんだんしょぼくれていくスカをサーシャ様が柔らかな手でやさしく受け取った。
「えーと、こんなにかわいいのに『スカ』じゃ、あれよね。スカスカみたいで。ファミリーネームの『タマ』だと……、ちょっと恥ずかしいし。立派なお名前だけど、なんだか覚える気がなくなっちゃうお名前ねぇ……」
サーシャ様の言葉に真っ赤な顔で怒ったスカが、薄桃色の頬に飛び蹴りした。もう、女性のお顔だよ? 悪い子だ。すると、サーシャ様の周囲の空気がピシピシと凍り始めた。甲羅と首の間を指でつまんで、ぷらぷらと宙ずりにしている。
「おばさんとしては、かわいい子は好きだけど、生意気な子は好きじゃないのよねぇ。握りつぶしてもいいかしら? スカタマちゃん?」
「ひゃつ、おやめください、お美しいお姉さま! 私、全然、偉くありませんから! なんもできん、無力なペンギンでございます! そうです、私、かわいいかわいいスライムちゃんの通訳をさせていただきます。そうそう、魔物の想いを伝えるのが私の役目でございますから。どうかお許しをー-」
きっらきらのお目目で、つやつやと漆黒の羽毛を光らせたスカは、サーシャ様の白い指にすりすりと羽根を押し付けて媚びを売った。そして大急ぎでプルちゃんのカバンに潜り込んで、今度は勢いよくぴょーんとテーブルの中央にジャンプした。
「えっと、プルが言うには、元の場所には誰もいなかった。いや、知らない奴は転がっていたが、アイファやニコルは見つからなかったそうだ。戦った跡があって、飛び上がっても生きた人の気配がなかったから戻ってきたそうだ。まぁ、こいつは弱っちいから、人や魔物に見つかったら不味いからな。責めちゃーだめだぜ?」
「「「「 だれもいなかったー-??? 」」」
「ピギー」
そうだよと言うかのように、飛び出してきたプルちゃんが、消化されないように水の膜で覆った1枚のプレートを吐き出した。そこには書かれていた名前は……。
『 A-RANK NICOLE 』