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154 それぞれの夜


 今日は残酷な描写があります。苦手な方はお気をつけください。



ーーーーヒュルル

         ドガッ


「うわぁああ!」


 オレ達はクライス兄さんの上に転移した。潰れてびっくりしたクライス兄さんが雑巾を破ったような悲鳴を出したから、館中の人たちが集まってきたよ。

 その悲鳴で、キールさんが意識を取り戻した。だけどオレはもう、だるくて眠くて、今にも眠ってしまいそうだ。プルちゃんはアイファ兄さんに言われたのか、(から)の魔石を幾つもばら撒いた。


「なっ? コウタ? えっ? 今日は野営じゃ……? キールさん、何があったの?」

 トロトロと瞼が下がっていくオレを抱きしめて、クライス兄さんが飛び起きた。キールさんは意識は戻ったけれど、ジロウからずり落ちて、ベットの下に寝転がった。身体を起こすのも辛そうだ。



「きゃぁあああ! コウちゃん、クマちゃんよ?! どうしたの? 可愛いわ! いえ、それよりもお風呂よね? お風呂よ! 起きて、コウちゃん」

 ドッコイを見て半狂乱になっているのはサーシャ様。ああ、オレ、戻ってきたんだ。よかった。


 くたりと兄さんに身体を預けたけれど、駄目だ! アイファ兄さんを迎えに行かなくちゃ!


「そうだ! プルちゃん! アイファ兄さんを迎えに行って! 急がないと、兄さんが危ない」


 ガバッと起き上がって叫んだ。プルちゃんはディック様に一枚のカードを渡すと、しゅんと転移して消えていった。


 プルプルプル

「わぁ、ジロウ! 僕のベッドで身体を振っちゃダメだよ。もう! 泥だらけだ」

「白いクマちゃんよ! 小熊よ小熊。 ああ、可愛いわ! コウちゃんの隣でお座りすると、ああ、キュートで私、どうにかなってしまいそう! メリルにも見せたいわ。あーん、残念ね」


 ドッコイを抱きしめたサーシャ様は、お顔がとろけているね。うふふ。いつもの通り。ああ、よかった。


 プルちゃんを見送ってホッとしたオレは、みんなの声を遠くに聞きながら、くったりと目を瞑って、深く深く眠った。



◾️◾️◾️◾️



 コウタ達を見送ったアイファは、ニコルと二人、赤い目の輩と対峙する。コウタの魔法のおかげか、赤い瞳が安定せず、チカチカと色を変える奴がいて、攻撃を仕掛けて切るまでには、もう少し時間がかかりそうだ。武器を持つ手も震えているのか、動きにキレがない。だが、満身創痍のアイファ達も大きく違わない。


「リーダー、先制するかい?」

 ニコルの瞳に、片側だけ口角を上げる。


「いくか? だが、恐らくキリがねぇ。だから俺は、中心に行こうと思う。後は任せっぞ?」

「はあ? ちょっと、そりゃ、気持ちは分かるけど、あー、ちょっとーーーー」


 ニコルの返答も聞かず、アイファは敵陣に斬り込んでいく。ニコルは任せられてもと独り言を言いながら、シュタと木々の間に消えた。



◾️◾️◾️◾️



 時は少し遡る。

 それはコウタが呑気に野営を楽しんでいた陽が暮れかけた時刻。


◾️◾️◾️◾️



「なっ、なぜ?! どうして?」

 

 レイリッチ は真っ青な顔で佇んだ。倒れそうな彼を支えるニット帽の男は、帽子を深く被り直して、チッと舌打ちをした。


 計画が狂った。


 レイリッチ が「先生」と慕う男は、彼の姉が伏してから、毎日、彼に剣術や学問を教えた。いや、叩き込んだ。スラムという最下層の身分で、様々な才に恵まれた少年を自らの手足にするために、あらゆることを教え込み、そして、スラムの少年として振る舞わせながら、機が熟すまで育てる予定だった。


 姉のためならと、脇目も振らず従順に鍛錬に打ち込む少年は、純粋で真っ直ぐで、男にとってはその幼さすら武器となった。偶然に出会ったコウタが姉の病を治してしまったことも誤算だったが、レイは分をわきまえ、今度こそ姉を幸せにしようと訓練に打ち込んだ。


 だが……。


 今、二人は、真っ赤に染まったレイリッチ の家で呆然と佇んでいた。戸口で倒れた首のない女の死体。扉にも部屋にも天井にも、あらゆる場所に飛び散った血痕に、女の無残な最期が偲ばれた。


 彼女は狙われた。隣人らの留守を狙った残忍な犯行であったのだから。


 少年の言葉にならない絶叫が響き渡る。「ネコ」と呼ばれる男は、ただ少年を抱きしめて、自身の敵の痕跡が無いかを冷たい瞳で探していた。




◾️◾️◾️◾️



 古い建物の地下で、男が一人、天井まで届くほどの巨大なガラス壺を見つめていた。壺の上部には太いパイプのようなものが付けられていて、天井に開けられた穴を通って、どこまでもどこまでも上に向かって伸びている。

 壺の中は黒い煙で満たされていて、最下部は不気味に黄色の粘りのある液体が揺れていた。


「やはり……。金の魔力を吸うと早く生み出される。面白いものだ。味はどうかな?」


 男は壺の下部につけられた蛇口を捻ると、ポトリ、ポトリ、ほんのひと匙ほどの液体がコップに落ちた。


 ゴクリ。


「ふふふふふ。ははははは。これは……良い」

 嬉しそうに笑った男は、天井から伸びるパイプを見つめ、豊かに生やした白髭を撫でた。


「思ったより上質の酒ができそうだ。まどろっこしく絶望や怒り、恨みなんぞを集めるよりも、金の魔力をいただいた方が早いということか? ならば…………」


 カツーーン。


 思い杖の音が、冷たい椅子畳みに響く。男が長い廊下を歩いていけば、左右にはたくさんの頭蓋骨(しゃれこうべ)や生臭い赤黒い液体で満たされた長壺が置かれていた。




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