151 森を救え!
どれくらい経ったのだろう。
ふと目を開けると、たくさんの動物と小さな魔物達が不安げにオレを見つめていた。
疲れた。気怠い。薄ぼんやりとした世界。
オレの手は真っ黒になって空間に溶け込んで、少し腫れ上がっている。痛みは感じない。どきどきと鼓動だけが高鳴っていた。
「大丈夫か?」
オレに気づいた兄さんが優しい声で問いかけた。
はっ?!
森は? みんなは、どうなっちゃった?
キョロキョロと見渡し、来た道を見つめた。
「ここがいつまで安全か、分からん。体感的に、あの草原からさほど進んじゃいない。少しずつだが、温かくなってきたし、息苦しさも出てきた。お前にしか頼れん。悪いが、もう少し、頑張れるか?」
そっと頬を撫で、気遣うような眼差しをするのはアイファ兄さんらしい。乱暴な口調で、それでいて、とびきりオレを甘やかす。でも、分かってる。今はそれどころじゃないんだ。
オレ達が落ちたぽっかりと空いた空間は、いつの間にか動物達でいっぱいになっている。
けれども、森の、他の、みんなは? 森にいたはずの命はこんなもんじゃない。みんなは、もう助けられないの?
兄さんの言葉を飲み込むことができないオレは、瞬きすらできずに悲しさと悔しさに包まれていた。
まだ何か方法があるはずだ。
うん、きっときっと。
考えるんだ。
そんなとき、泣いて怒って慌てふためく不思議な生き物、スカと目が合った。
「チビスケ! いや、主! お前、俺の主なんだから、助けろ! ピュンと飛んで、俺様達だけでも逃れさせろ! ちっこい生き物は、守られるもんだ」
「飛ぶ……? 守る? そうか、もしかしたら……」
駄目かもしれない。だけど、このままここにいたって、大丈夫だって保証はない。頑張れば、もう少しくらい進めるけど、じゃぁ安全なところまで掘れるかっていうと、きっと無理だ。
オレは一か八か、この思いつきに賭けることにした。空気の流れだ! 空気がなくなれば燃えない。だったら空気を周囲から集めちゃえばいいんだ。
「ソラ、ジロウ、戻るよ! 手伝って。もう遅いかもしれないけど、でも間に合うかも知れない。 煙も炎も凄いけど、木が全部燃えたとは限らない。
『だめ、コウタ! 危険よ』
『僕役に立つの? 頑張る。行こう』
「はぁ? テメエら正気か? 俺様はどうなる? 俺様を助ける方が大事じゃねーか?」
闇雲に怒るスカは放っておくことにして、ソラとジロウの返事をそのままに、オレは来た道を戻ろうと立ち上がった。だけど、兄さんたちが許してくれない。オレをぎゅっと掴み離さない。
「ごめん、兄さん! プルちゃん! お願い」
ーーーーシュルルルルルルル
プルちゃんは、オレの意を汲んで、ソラとジロウとオレを入り口近くまで転移させてくれた。
うわぁ、熱い! 本当に焼けちゃいそうだ。
『ほら、無茶よ、コウタ!』
瞬時にシールドで囲い、ソラはオレたちを熱から守ってくれた。
穴の中からそっと外を伺う。もうもうと黒煙が立ち込めて、燃え尽きた草たちがほんの少しだけ赤く発光している。
無茶でもいい。やるしかないんだ。
「ソラ、このままオレ達を乗せて上空へ! ごめん、無茶をさせるけど、お願い。これしか思いつかない」
『仕方がないわね。3分ともたないわよ』
呆れたような口ぶりに、オレはこくんと頷いた。ソラはグオンと虹色の鳥になり、ジロウとオレを乗せて羽ばたく。
「ジロウ、このまま! 最大出力で凍らせて!」
ソラと共に上昇しながら、ジロウは氷魔法で空気を凍らせていく。オレはジロウの氷柱を軸にして、熱風ごと風魔法で周囲の空気を集める。ぐるぐるぐるぐる。そう、竜巻にするんだ。
熱を帯びた空気、もうもうと煤をはらんだ煙達を、ジロウが一気に冷やし、オレが上空へと押し上げる。ジロウのおかげで、ソラを熱から守れるし、オレは氷柱を中心に風を巻き上げていく。
初めは小さな竜巻も、噴き上がる熱に後押しされて、ほら。自然の力でどんどん膨らんでいくよ。ビュンビュンと音を立てて。真っ直ぐに昇って、空に!
燃えてしまった森は仕方ない。だけど炎がオレたちの方に巻き上げられたことで、周囲への延焼は収まっていった。
ピキキ。
ソラのシールドが風圧と熱風で悲鳴を上げる。
でもまだ、まだまだ。
竜巻よ。
大きく大きく膨らんで!
炎ごと、炎ごと!
どんどん上昇するよ。
行って!
空の彼方へ!
上がれば上がるだけ空気は薄くなる。
ほら鎮火するよ。黒煙は雲になった。
ぽっ。
ぽつ、ぽつ。
ぴちゃん。
ザ、ザーーーーーーーーーー
大きな大きな竜巻が、持ち上げた熱をはらんだ空気が、上空でうんと冷やされ、湿気を含んだ黒雲になって、今、大きな雨粒を落とした。激しい雨。
草原を中心に集まった空気のおかげで、消えかけた炎の森に、恵みの雨が落ちてきた。
ジュッ、ジュッと音を立てて、煙を立ち昇らせながら、暴れていた赤い悪魔が消え去っていく。
ああよかった。きっともう大丈夫。
徐々に勢いを無くす竜巻が、熱い蒸気を再び吸い込み空に押し上げ、またそれらが雨になって激しさを増していった。オレ達は全身で雨を浴び、ホッと一息つこうとした。
駄目だ! 兄さん達は穴の中。雨が、大量の水が流れ込む。 まずい!!
4月になりました。新しい生活が始まる読者様も多いことでしょう。 どうかご無理をされませんように。
新しい毎日が、新鮮で楽しい喜びに包まれますように、願いを込めて。